「植田ショック」は「口先引締め」か? 株安・債権安・円高トリプルショック効果、エコノミストが分析「政府と日銀の口先介入は、今後も続く」

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   「植田ショック」が週明けの東京市場をパニックに陥れた。2023年9月11日(月曜)、ドル円レートは、先週末の1ドル147円80銭台から一時145円台まで2円程度円高に押し戻された。

   また、国債市場でも10年国債利回りが0.7%台まで上昇。9年8か月ぶりの高水準に達した。株式市場では日経平均の終値が前営業日比139円安と、大幅に下落した。

   それもこれも先週末の9月9日(土曜)、植田和男・日本銀行総裁が読売新聞のインタビューで「政策修正」を示唆する発言をしたからだった。どんな発言なのか。また、エコノミストはどう見ているのか。

  • 日本銀行の植田和男総裁(日本銀行YouTubeチャンネルより)
    日本銀行の植田和男総裁(日本銀行YouTubeチャンネルより)
  • 日本銀行の植田和男総裁(日本銀行YouTubeチャンネルより)

「植田サプライズ」の発端は、読売新聞インタビュー

   「植田サプライズ」のきっかけは、読売新聞オンライン版(9月9日付)「マイナス金利解除『物価上昇に確信持てれば選択肢』...植田日銀総裁インタビュー」という、植田総裁の単独インタビュー記事だった。植田氏が今年4月に就任して以来、報道機関の単独取材に応じるのは初めてだった。

   同紙によると、植田氏の発言のポイントは次のとおりだ。

(1)物価目標実現のよい「芽」は育ちつつある。過去の物価見通しは実体を過小評価している。
(2)物価上昇に確信を持った段階で、マイナス金利の解除も選択肢に入る。
(3)賃金と物価の好循環が自律的に回っていくかどうか、年末までに判断するデータがそろう可能性もゼロではない。
(4)長期金利の上限見直しは、市場金利が上昇し、政策を意図せず放棄するリスクがゼロではなかったため。

   全体としては、「目標にはまだ距離がある。粘り強い金融緩和を続ける」という従来の金融緩和を続けるというトーンだったが、市場が激しく注目したのは、3つ目の「年末までにデータがそろう可能性がゼロではない」という箇所だった。

   「年末をめどに金融緩和政策の転換が視野に入った」との受け止め方が市場に広がり、債券安(金利上昇)、株安、円高の動きが一気に拡大した。

日銀は市場との会話に積極的になった。段階的金融緩和への地ならし

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日本経済はどうなる?(写真はイメージ)

   今回の植田発言と市場の反応、エコノミストはどう見ているのか。

   日本経済新聞オンライン版(9月11日付)「長期金利、一時0.7%に上昇 2014年1月以来の高水準」という記事につくThink欄の「ひとくち解説」コーナーでは、ドイツ証券調査部長・チーフエコノミスト小山賢太郎氏が、

「YCC(イールドカーブ・コントロール)を厳格に守る必要があるもとでは、先行きの政策正常化を示唆した瞬間に、日銀は金融市場からのYCCアタックを受けます。このため、日銀が先行きの政策正常化を示唆することは難しい状況でした。
しかしながら、7月のYCCの上限の事実上の撤廃によって、『先行きの政策正常化を、事前に金融市場に織り込ませる』という当たり前のことが、日銀にも可能になっている可能性があります。週末の植田総裁のインタビュー記事は、その兆候と捉えることも可能でしょう」

   と説明した。

   同欄では、ニッセイ基礎研究所主席研究員の井出真吾氏も、

「日銀は市場との対話に前向きになったようで、大いに歓迎したいと思います。マイナス金利解除など金融緩和の縮小は、総じて景気にマイナスに作用するので、サプライズ実施は大迷惑。少しずつ市場や企業活動、住宅ローンはじめ個々人の生活に織り込ませていくのが望ましいと考えます」

   と、今回の植田発言を市場への「配慮」として評価した。

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日本銀行本店

   ヤフーニュースコメント欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏も、

「今回の総裁発言は、将来的に条件が整ったときに、いきなり金融政策を変更すれば金融市場へのインパクトが大きくなるため、金融引き締めを市場に徐々に織り込ませておいて、それに追随する形で政策修正に踏み切るための地ならししと考えられます。このため、長い期間を中心に、金利が上昇しやすい展開がしばらく続きそうです。
一方、金利の先高観は円安の歯止めに有効であり、輸入物価の上昇圧力を和らげる効果もあります。円の下落に対して口先介入を続けていた政府にとっても一息つけそうです」

   と、市場への地ならしと同時に、円安ストップ効果も狙った一石二鳥の発言だと説明した。

植田総裁の「超タカ派」にビックリ、金融緩和は早まる

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東京証券取引所

   植田和男総裁の「意外なタカ派ぶり」に驚いたと強調するには、第一生命経済研究所主席エコノミストの藤代宏一氏だ。

   藤代氏はリポート「経済の舞台裏:『口先引き締め』に動いた植田総裁 マイナス金利撤廃は『年内』?」(9月11日付)のなかでこう述べている。

「インタビュー全体としては、粘り強く金融緩和を続ける、というこれまでの見解が維持されたが、マイナス金利撤廃に関して『年末』という具体的時期に言及したことは驚きであった。
利上げ時期の文脈における『年末』というのは、最タカ派で知られる田村(直樹)政策審議委員が8月30日に示した時期(来年の1~3月頃)よりも早い」

   そして、こう続ける。

「もちろん、今回のインタビューは為替市場に向けた『口先引き締め』の意図を有していた面もあるだろう。確信犯的に、市場参加者の過剰反応を狙うために敢えて『年末』に言及した可能性はある。ただし、それでもわずか3か月後に迫っている年末に、マイナス金利撤廃の議論が俎上に上ることに含みを持たせた意味は大きいと筆者(=藤代氏)は考える。
植田総裁以下、中枢メンバーは既にマイナス金利撤廃に向けた準備を進めている可能性があるだろう。筆者は2024年後半としていたマイナス金利撤廃時期を2024年前半に変更した」

   その際、焦点になるのは日本銀行が最重要視する賃金だ。直近の毎月勤労統計(7月)によると、賃金は2%程度の伸びに留まっており、依然として物価上昇率に負けている。

「(しかし)マイナス金利+YCCという強力な金融緩和を解除するには、十分な伸びとみることもできる。今回の結果は、日銀にマイナス金利撤廃に向けた議論を促したとみられる」

   藤代氏はそう結んでいる。

政府と連携した「口先介入」、その最初の痛烈な一発?

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円安ドル高を牽制?(写真はイメージ)

   植田発言は、円安阻止の政府と連携した「口先介入」の可能性がある、と指摘するのは、村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   木内氏は「日銀利上げ観測で長期国債利回りが上昇、円安には歯止め」(9月11日付)の中で、「発言全体を見れば、従来とは異なるトーンで利上げに前向きな発言をした、とまでは言えない」と強調。そのうえで、こう指摘する。

「(植田発言は)円安のけん制を多少意識したものであった可能性はある。黒田東彦前総裁のもとでは、YCCの厳格な運営にこだわる黒田総裁と、その結果進む円安を強く警戒する政府との間で軋轢が強まり、最終的に政府は円買いドル売りの為替介入に踏み切った。
植田総裁の下での日本銀行の政策姿勢はより柔軟であり、政府との関係もより良好だ。7月のYCCの運営柔軟化も為替を意識した決定であることを植田総裁は認めている。
そのもとで、今や長期国債利回りの上昇を1.0%までは容認することができる。利回り上昇を容認することで、ドル円レートに大きな影響を与える日米長期利回り格差を縮小させ、円安を抑えることが可能となる。YCCの柔軟化によって、日本銀行は円安をけん制する手段を手に入れたのである」
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異次元金融緩和はいつ修正される?(写真はイメージ)

   そして、こう説明する。

「長期国債利回りの上昇を促す手段として、政策修正の可能性を仄めかす口先介入がある。さらに、長期国債買い入れ額を減少させることで長期国債利回りの上昇を促すことも可能である。
植田総裁の就任、YCCの柔軟化の2つによって、政府と日本銀行がより協力しながら円安をけん制することができるようになった。昨年のように、政府の為替介入しか円安を止める手段がない状況ではない。
この点から、昨年のような幅で円安が進むリスクは小さく、また、昨年の円安のピークである1ドル152円台前まで進むかどうかは、依然不確実である」

   つまり、政府と日本銀行が互いに「口先介入」など、さまざまな手段を協力し合って、円安阻止に動ける状況になったというわけだ。今回の「植田発言」はその先制パンチということか。(福田和郎)

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