「自治体にはお金がないので、新しいことはなかなかできない」ということをよく聞く。自治体の財政が苦しいのはなぜなのか?
本書「水族館のアシカはいくらで買える?」(合同フォレスト)の副題は、「3ステップでわかる 教養としての地方財政」。自治体のサイフの現状、問題点、解決策をわかりやすく解説している。
「水族館のアシカはいくらで買える?」(野崎敏彦著)合同フォレスト
著者の野崎敏彦さんは、地方財政コンサルタント。一般社団法人日本行政マネジメントセンター代表理事。沖電気工業、コンサルティングファームなどを経て現職。全国の自治体、その外郭団体など約50団体と業務契約を結んでいる。
アシカも、市が保有する立派な固定資産!
野崎さんは愛知県蒲郡市の財政業務支援の仕事をしている時、同市が運営する竹島水族館の資産管理に携わった。水族館のアシカの購入価格は1頭200万円だったという。
アシカも市が保有する立派な資産(固定資産)で、会計上は、耐用年数8年で減価償却されるそうだ。風変わりな本書のタイトルは、自治体は土地や建物、道路や水道などのほかに、動物や植物といった意外な資産を持っていることを知ってもらうために、付けたようだ。
第1章「知ってびっくり! まちのお金の七不思議」のはじめに、「自治体には『固定資産台帳』がなかった」と書いているので、驚いた。民間企業では、経営上不可欠なものであり、固定資産台帳がないということはあり得ない。その理由を3つ挙げている。
・一元化されたデータベースがなかった...土地と建物以外のインフラは各部署の台帳に
・不正確な情報が登録されていた...価値があるのに0円で登録されているものも
・会計上、必要な処理ができていなかった...除去、売却が反映されない例も
国(総務省)は自治体に対し、2017年度末までに固定資産台帳を整備することを要請、大半の自治体は大変な労力をかけて整備に着手したという。
野崎さんは、「台帳は作成するだけではダメ、必ず活用すべし」として、資産管理だけでなく、ほかの業務に活用している例を紹介している。たとえば、滋賀県近江八幡市では、未利用地カルテをつくり、有効活用を図ろうとしている。
毎年、3月になると道路工事が急に増えるのは、予算の使い切りが一つの要因だと指摘している。だが、大幅な税収増が見込めない今、予算の使い切りの姿勢を改める必要がある。
実は、自治体には、予算が余ったら、そのお金を基金(貯金)として積み立てることができる制度がある。それなのに、手続きが面倒で活用されていないのが現状だ。先進的な取り組みを紹介している。
たとえば、福岡市では、予算の使い切りを止め、決算剰余金を確保するための「節約インセンティブ」という制度を設けているそうだ。また、三重県庁では、予算を削減すれば、その半分を当該部局に予算査定なしで翌年度に与える制度をつくった。その予算はどのように使っても構わない。
なぜ、まちにはお金がないのか?
第2章では、自治体の収入と支出について説明している。
「自治体にお金がない」と言われることの本質は、「自由に使えるお金がない」ことだという。多くが事業を継続していくための経常的経費に使われてしまい、新たな政策を実行するための政策的経費が増やせないのだ。その理由を以下のように説明する。
・人件費を減らせない...法律上、給与水準の保障が定められている
・扶助費が減らせない...社会保障制度は国が設計しており、自治体が決めることができない
・地方債など借金返済にお金がかかる
・経常的経費を減らせない...事業が増え続け、その継続に多くの費用がかかる
新たな社会課題解決のために必要な政策的経費を増やすには、経常的経費の削減、つまり、今行っている事業の見直しが求められる。その手段として、「行政評価」が有効だという。どの行政サービスを縮小または廃止するか、職員の意識改革と事業目的の再確認が必要だ。
地方財政の危機は、直接的にはバブル崩壊後の税収減によるが、1990年代に国の方針に従った公共事業投資によるところも大きいと指摘している。地方債を抑制するため、世代間のバランスを考慮して、公共施設の整備を行うべきだと提言している。
扶助費の増大の背景には、高齢者の生活保護費受給が増えていることがある。高齢者が働く場の創設のほか、団塊世代による地域貢献に期待している。「老老介護」ならぬ「老老支援」だ。
ようやく企業並みの財務書類を作った
地方財政を立て直すために、総務省は民間企業並みの財務書類(財務4表)を作ることを要請、全国のほとんどの自治体が新しい財務書類を作り、ホームページで公表している。
これまで単式簿記・現金主義会計には、財政全体が見えない、コスト情報に不備がある、将来予測ができないなどの問題があった。複式簿記・発生主義会計による新しい会計制度によりわかったのは、公共施設の著しい老朽化だ。
最終章では、先進的な取り組みを紹介している。
政治家は投票に行かない若い世代よりも、投票に行く世代を優先した政治を行う傾向がある。福井市は、若者の政治参加を促すため商業施設や大学に期日前投票初を設置し、若年層の投票率向上に成果を上げている。
長野県白馬村は、クラウドファンディング型ふるさと納税によって、地域にある白馬高校が廃校になるのを食い止めたという。
東京都町田市は、「新地方公会計制度」(複式簿記による財務書類の作成)とその応用に関して、最先端をいっている自治体の1つだという。高校生を含む誰もが事業評価に参加、「まちの誰もが仕分人」という仕組みを作った。
行政だけでは公共サービスに限界があるため、住民、企業、NPOなどの団体が活動主体となる「新しい公共」という概念が国(内閣府)から発信された。自分たちの暮らしをよくするためには、自治体だけに任せてはいけないことを痛感するだろう。(渡辺淳悦)
「水族館のアシカはいくらで買える?」
野崎敏彦著
合同フォレスト
1650円(税込)