米国経済は「ハードランニング」に陥るのか、それとも「ソフトランディング」できるのか。世界の金融市場が注目する経済指標、米国8月雇用統計が2023年8月31日発表された。
この結果をもとにFRB(米連邦準備制度理事会)が9月19、20日に開く金融政策決定会合(FOMC)で、利上げに関してどんな判断を下すか。
コロナ後の米国経済指標によくあることだが、今回も労働需給に関して強弱マチマチな結果が出た。エコノミストが深読みすると――。
労働市場の底堅さと鈍化の両方を示す、マチマチの内容
米労働省が発表した8月雇用統計によると、農業分野以外の就業者は前月(7月)より18万7000人増加した。これは市場予想(約17万人の増加)を上回り、やや強めの結果となった。
一方、失業率は3.8%と、3か月ぶりに前月から0.3%上昇し、横這いを見込んだ市場予想を上回った。労働参加率も62.8%(前月62.6%)と、市場予想を0.2%上回った。また、労働者の平均時給は7月に比べて0.2%増加したが、賃金上昇はピーク時に比べ落ち着く傾向を見せた。
このように8月の雇用統計は、労働市場の底堅さと鈍化の両方を示すマチマチの内容となった。
なお、雇用者数の動向には、映画産業で続いている俳優組合約16万人のストライキや、大手陸運会社「イエロー・コーポレーション」の破綻に伴う約3万人の失業者発生など含まれており、統計分析のかく乱要因になったことも要注意だ。
緩やかに増える雇用者、小幅な上昇の失業率...米国は「適温経済」
今回の8月雇用統計の結果をエコノミストはどうみているのだろうか。
いよいよ米経済の「ソフトランディングング」(軟着陸)が見えてきたと歓迎するのは、第一生命経済研究所主席エコノミストの藤代宏一氏だ。
藤代氏はリポート「経済の舞台裏:適温の雇用統計 9月FOMCは様子見へ」(9月4日付)のなかで、米雇用者数の推移のグラフ【図表1】を示しながらこう指摘する。
「Fed(米連邦準備制度)の利上げ終了時期を予想するうえで、重要な判断材料となる8月米雇用統計は『適温』であった。緩やかに増加する雇用者数、小幅に上昇する失業率、下向きの曲線を描く平均時給、はっきりと上昇した労働参加率。ソフトランディングを『緩やかな景気減速とインフレ沈静化』と定義するならば、8月雇用統計はそれに合致する結果であり、今回の結果はFedに利上げ終了を促したと判断される」
そう明るい見通しを示した。
また、製造業の好景気・不景気を判断する8月ISM製造業景況指数も、同じく8月31日に発表された。こちらも、好不景気の分かれ目である「50」を下回ったものの、47.6へと前月より1.2ポイント改善し、底打ち感を強めた。
つまり、減速していた製造業がやや持ち直しており、ソフトランディングの可能性を高めているというわけだ。
こうした結果から藤代氏はこう結んでいる。
「(製造業の)1~3か月先の生産を読むうえで、有用な新規受注・在庫バランスは改善傾向を強め、生産活動の持ち直し持続を示唆。景気後退の回避をより明確に印象付けるという視点において安心感のある結果であった」
FRBがソフトランディングに自信を見せる理由は?
一方、3か月ぶりに上昇に転じた失業率をどう見るのか。
ニッセイ基礎研究所主任研究員の窪谷浩氏は、リポート「米雇用統計(23年8月)-失業率は3か月ぶりに上昇、賃金上昇圧力は緩和」(9月4日付)のなかで、第一生命経済研究所の藤代氏と同じく「ソフトランディングが見えてきた」としてこう説明する。
「失業率は3か月ぶりに上昇に転じたが、労働参加率の上昇にみられるように、職探しを再開して労働市場に再参入する人が大幅に増加した結果であり、労働供給の回復を反映している。このため、8月は労働供給の回復に伴い労働需給が緩和したことが示唆される」
米国ではコロナ禍の期間、50代以上の労働者がいわゆる「コロナ手当」をもらって大量に早期退職したため、深刻な人出不足に見舞われた。それが、現在の賃金インフレの主因になっているが、今回、プレイムエイジと呼ばれる働き盛り(25~54歳)の労働参加率が83.5%と、2002年以来の水準に上昇した【図表2】。
そのため失業率が上昇したが、それでも過去最低水準を維持している。というわけで、窪谷氏はこう指摘するのだ。
「このように、労働供給の回復、賃金上昇率の低下など、労働需給の緩和に伴う賃金上昇の伸び鈍化を確認する内容となっており、米国経済のソフトランディングを目指すFRBにとって良好な結果と言えよう」
FRBの利上げは終了間近だが、投資家のリスク選好姿勢は当面続く
野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏も、FRBの利上げ打ち止めが近いことを示す内容だったという見方だ。
石黒氏がリポート「米雇用統計はFRBの利上げ停止を示唆する内容」(9月4日付)のなかで、特に注目したのは米求人件数が減っているデータだ【図表3】。
求人件数が減れば、賃金上昇圧力が和らぎ、賃金インフレが落ち着いてくる。石黒氏はこう指摘する。
「求人検索サイトを運営するIndeedの8月18日時点のデータでも、米求人件数の減少基調が続いています【図表3】。今回の米労働参加率の上昇が示すように、労働市場に復帰する人が今後も増加すれば、米賃金上昇圧力の緩和を通じ米サービスインフレの鈍化に寄与しそうです」
ところで、今後の株式市場はどうなるのか。
「今回の米雇用統計を受けて、FF(フェデラルファンド)金利先物市場では年内の追加利上げ確率が40%以下にまで低下しました。市場ではFRBによる利上げ局面がようやく終了するとの見方が高まりつつあるといえ、投資家のリスク選好姿勢は当面続きそうです」
(福田和郎)