東京電力福島第一原子力発電所(福島県)の放射能汚染水を浄化した処理水の海洋放出が2023年8月24日に始まった。
地元漁業者らに根強い反発を押しての開始は、中国による日本の水産品の全面禁輸を呼び、中国政府に煽られる形で中国国内からの抗議や嫌がらせの「電凸」が、東電、福島県内自治体のほか、無関係の公共施設などにも及んでいる。
感情的になりがちな問題が、そんななかだからこそ、冷静に、海洋放出自体の問題点、意味、今後のあるべき対応などを論ずるべきだろう。
大手紙を中心に新聞の論調を比較しながら考えよう。
新聞各紙の世論調査 賛成が反対を上回るも、政府・東電の説明「不十分」の声多く
福島第一原発1~3号機で、溶け出した燃料を冷却するため日々発生する高濃度の放射性物質を含む「汚染水」を多核種除去設備「ALPS(アルプス)」で処理(放射性物質除去)したのが「処理水」だ。
毎日新聞が26、27日実施した世論調査で、放出を「評価する」が49%、「評価しない」29%、「わからない」22%と、放出賛成が多い一方、政府と東電の説明が「不十分だ」が60%で、「十分だ」の26%を大幅に上回った。「不十分だ」は7月の前回調査の53%から増えている。
朝日新聞社調査(8月19、20日)でも、放出に「賛成」53%、「反対」41%、政府の取り組みが「十分だ」14%、「十分ではない」75%など。この国民の反応は、この間の他紙の調査でも概ね同傾向だ。
ただ、「賛成が過半数」が直ちに放出OKということにはならないし、説明が不十分なためもあって、逆に半数近くの人は反対、または判断がつかないということでもある。
◆過去のトラブル、情報公開の遅れなど...東電への不信感
「処理水」にはどうしても除去できない放射性物質「トリチウム」が含まれる。
環境基準を大幅に下回るレベルに薄めて放出するから安全だ、というのが政府の説明だ。だが、それがすんなり受け入れられない根底には、過去に汚染水の漏出などのトラブルをたびたび起こし、情報公開の遅れなども繰り返し批判されてきた東電への不信感があるのは間違いない。同時に、政府の対応への信頼が決定的に不足していることもある。
専門家の委員会は「無害と判断」したが... 政府の「説明する」という「上から目線」に不信も
そもそも、政府が「安全」というのも、あくまで但し書き付きのはずだが、「安全は証明されているのだから、反対するのは非科学的」と言わんばかりに事を進めているようにみえる。
たしかに政府は専門家の委員会を設け、トリチウムの安全性を議論し、最終的に2020年2月、生体への影響はないと結論づけ、国際原子力機関(IAEA)も同様の考えだ。
ただし、科学的立場からの異論もあるし、なにより、農産物の残留農薬などと同様、「無害」ということではなく、権威ある動物実験や疫学研究などから「無害と判断した」ということだ。
中国が科学的な議論を拒んで、外交カードとして「核廃水」などと批判することには、文字通り科学的なデータで議論していくのは当然として、国内に向けて丁寧な情報発信が必要。だが、この点で、安全であると「説明する」という政府の姿勢も、不信増幅の一因といわれる。
処理水放出を進めてきた更田豊志・前原子力規制委員長(現・規制委参事)さえ、「『説明』という言葉には『十分に説明すれば相手は理解するはず』との過信や『理解していない人に理解を与える』という、なんとなく上から目線のニュアンスがあります」と苦言を呈しているほどだ(毎日新聞23年8月31日朝刊)。
廃炉作業の見通し、全く立たず...23年度内のデブリ取り出し、51年の廃炉完了は厳しいか
「廃炉作業を進めるためには、これ以上、原発敷地内にタンクを増設できないから海洋放出が必要」というのが、政府の基本的な説明だ。もっとも、肝心の廃炉作業の見通しが全く立たないことも、処理水放出への不信の根っこにある問題の一つだ。
政府は2023年度後半にも、溶け落ちたデブリの取り出しを試験的に始め、最終的に2041~51年の廃炉を目指している。
しかし、実際はロボットによる内部撮影映像が公開される程度で、23年度内デブリ取り出しは「ロボットで微量採種して『取り出し開始』とでもいうつもりなのだろうか」(反原発運動関係者)と皮肉られるほどで、実質的には不可能とみられる。51年廃炉完了を信じる人は政府内にも見当たらないといわれ、「100年かかる」との声も出る。
廃炉日程と密接に関係する処理水の海洋放出も、「30年程度かけて」という見通し通りに進む保証はない。
「原発推進」の日経、読売、産経も「丁寧に説明」「万全の風評被害対策」など要望
こうした問題点を踏まえて、新聞の社説をみてみよう。原発推進・脱原発という基本スタンスの違いで論調が割れるが、その違いを超えて、政府の重い責任を指摘する点では共通するのが、今回の特徴だ。
日経新聞(8月23日)は「科学的な安全性や必要性から、海洋放出は妥当だと国際的に支持されていた。漁業者の反対はあるが、福島の復興や廃炉を進めるには政治決断が必要だった。岸田文雄首相の判断を評価したい」と明快に支持。読売新聞(8月23日)も「放出に向けた環境はすでに整っていた。放出を引き延ばす意味は薄く、迅速に対応したのは適切である」と評価する。
同じ原発推進の産経新聞(8月23日)は、珍しく「評価」「妥当」といった単語は使わず、「科学的な根拠がない主張や虚偽の情報には、風評被害を防ぐ観点からも毅然(きぜん)と対処してほしい」と、「中国嫌い」の産経らしく語気を強めつつも、「岸田首相は国内外に向けて安全性を丁寧に説明し、万全の風評被害対策を講じなければならない」などと、政府に説明や対策の着実な実行を求めることに重点を置いた書きぶりだ。
日経、読売も、風評被害を起こさないように、情報発信に努めることなどを政府に強く求めている。
「脱原発」の朝日、毎日、東京は「関係者の理解なしに放出しない約束に反する」と批判 「(今後の)道筋を内外に示す責任がある」
一方、脱原発の朝日新聞(8月23日)、毎日新聞(8月23日)、東京新聞(8月23日)は、関係者の理解なしに放出しないという漁業者らへの約束に反すると批判。
「結論と日程ありきの手順が不信感を高めたのではないか」(朝日)
「国民の声に耳を傾け、丁寧に合意形成を図るのが、政治の役割だ。しかし、放出決定に至る過程では、不誠実さが目に付いた。......むしろ、放出の決定を巡り、漁業関係者に『踏み絵』を迫るような構図が続いてきた」(毎日)
「約束を反故にしての放出開始。いくら首相が『責任を持つ』と繰り返しても、にわかに信じられるものではないだろう。海洋放出の実施については、まだまだ説明と検討が必要だということだ」(東京)
このような厳しい言葉が並ぶ。ちなみに、毎日が指摘する「踏み絵」とは、海洋放出に反対すると廃炉が遅れる、という論法のことだろう。
首相がこの間、述べてきた風評被害対策などの「約束」の実行を迫るのは原発推進3紙と同じだが、廃炉への道筋が定まらないことにも批判の目を向ける。
毎日は「処理水の放出は、『廃炉』というさらに大がかりな事業のプロセスの一つに過ぎない」として、「処理水の放出を、被災地の復興にどのようにつなげるのか。世界最悪レベルの原発事故を起こした国のトップとして、道筋を内外に示す責任がある」とくぎを刺している。
苦悩の福島地元紙...放出に理解示すも、見切り発車的開始に懸念、万全の対策求める
全国の地方紙も社説、論説などで取り上げているが、ほぼ放出を批判する論調がほとんどだ。そのなかで、福島の地元紙をみておこう。
福島民報の「論説」(8月24日)、福島民友の社説(8月23日、24日)は、「放出は今後の廃炉作業を安全かつ効率的に進めるのに必要な対策だ」(8月23日民友)など、復興のためには廃炉が必要、廃炉を進めるために海洋放出が必要という論理に、基本的に理解を示す。
ただし、「国民の理解も十分に深まっているとは言い難い。漁業をはじめ観光など幅広い分野への影響を懸念する声が上がるのは当然だ」(民友)と、見切り発車的な放出への懸念も示し、風評被害防止、対策の徹底などを強く求める。
両紙の論調には、「漁業者への支援を、放出開始にこぎ着けるための甘言に終わらせることがあってはならない」(民友24日)、「被災地への苦痛や負担の上積みは許されない」(民報)など、地元の、政府・東電への不信感が込められている。
特に「民友」は読売新聞系列で、読売の書きぶりと比べても、微妙な言い回しであることは、福島県民の苦渋の思いを反映しているのだろう。(ジャーナリスト 岸井雄作)