岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の柱の1つは、個人の金融資産2000兆円を投資につなげ、家計の勤労所得に加え、金融資産所得を増やしていくことだ。だが、投資にはリスクが伴う。
本書「『新しい資本主義』の教科書」(日東書院)は、自分の生活や資産を守り、できれば幾分増やす。そのための方法をオーソドックスな理論で解説した本だ。
「『新しい資本主義』の教科書」(池田健三郎)日東書院
著者の池田健三郎さんは、経済評論家・政策アナリスト、関西学院大学大学院経営戦略研究科客員教授。日本銀行と民間シンクタンク勤務を経て現職。岸田政権誕生まで広報戦略アドバイザリー・チームの責任者を務めた。著書に「金融政策プロセス論」「『郵政』亡国論」などがある。
池田さんは「家計の安全保障」について、「自分や家族の経済活動や生活に対するリスクを最小化し、持続可能で豊かな生活のための資金戦略を考え、行動すること」と定義する。
インフレや世界情勢について説明したあと、いよいよ「シン・インフレ時代にできる投資」について論を進める。
資産の「4分法」とは?
まず提唱しているのが、資産の「4分法」だ。資産を元本保証されているもの、保証されていないもの、の2つに振り分ける。そして、それぞれ円建てのもの、外貨建てのものを保有してリスク分散を図るという手法である。
「元本保証ありで円建て」には、普通預金や定期預金、生命保険(海外資産に連動していないもの)などがある。インフレに向かう局面では利回りの多くが相殺され、逆にリスクをはらむ可能性がある。
少しチャレンジングでリスクも伴う「元本保証なしで円建て」の代表は、日本株への投資だ。ただし、長期的な株価上昇を見込んだ値上がり益(キャピタルゲイン)と、配当金(インカムゲイン)や株主優待などの両面を目的とした長期保有が前提だ。
「元本保証あり外貨建て」には、外貨預金や外国債などがある。ただし、外貨を持つだけで為替変動リスクやカントリーリスクがあるので、実質は「元本保証なし」に近い性質を持っているという。「元本保証なし外貨建て」には、外国株や投資信託、FX(外国為替証拠金取引)などがある。
それぞれのカテゴリーで、さらにハイリスク・ハイリターンを承知した上で投資するもの、失っても構わないギャンブルや遊びに近いものなど、細分化して管理することを勧めている。
日本円だけで持つことのリスク
日本円だけで持っていることのリスクを強調している。日本円しか保有していないと、将来のインフレを見据えて大きなリスクを抱え込むことになるからだ。
著者は、個人的には「資産の50%はその時点で一番安全かつ、高利回りの通貨で保有すべき」と思っているので、現在であればドルでの保有を勧めている。
仮にこれから、日本が米国並みのインフレ率(8%)になっても、日銀が利上げする可能性は低いという。しかし、もし日銀が自身の債務超過リスクもお構いなし、と利上げに踏み切ったらどうなるか?
大きな打撃を受ける代表は、「変動金利で住宅ローンを組んでいる人たち」だという。月々の返済額が増えたとしても上限1.25倍というルールがあるが、ローン返済期間は伸ばすことができない。
したがって、金融機関は、毎月の返済額に増えた利息分を上乗せしていく。つまり、月々の返済額はあまり変わらなくても、その中の金利分の割合が半年ごとに増えていく可能性があるという。
35年の満期を迎えても、返し切れていない分は、最終段階で「一括返済」を迫られる。退職金すべてを返済に充てなければならないというケースも想定される。
さて資産運用だが、「本業をしっかりやること」が、大前提だと説いている。
サラリーマンは「売上の保証された自営業」のことだと、著者は考えている。本業のビジネスが自分にとっての強みであり、収益源であることを忘れてはいけない。だから、これからやろうとする資産運用は、あくまで長期的な展望に立つべきだとしている。
たとえば、FXでポジション(決裁していない約定)を取っている場合、真夜中でもFX取引会社からスマホにアラートが届く。常時、スマホで為替相場を注視するような生活では、本業にも悪影響を及ぼしかねない。
今の40~50代は70代まで働くことが避けられないと予測している。60歳を過ぎたときに自分はどうしていたいのかをイメージすることが重要だという。自分の将来の可能性について真剣に考え、受け身ではなく、積極的に行動することが大切だ。
投資のメリットは、社会の動きに強い関心を持つようになること
具体的にさまざまな投資についてポイントを挙げている。
国内株式は、繰り返しになるが短期売買ではなく、長期保有が前提だ。まずは「自分が魅力的に感じる会社であるかどうか」で決めればいいという。
生活防衛の視点では、デパート株を勧めている。たとえば、三越伊勢丹HDを100株以上保有していると優待カードが発行され、買い物には10割引が適用される。
自分が住む沿線の私鉄株も候補だ。さまざまな優待制度がある。今後インフレで物価が上がってくると配当金よりもそうした優待による実需を求めるのも、一つの生活防衛になる。
このほか、外国株式、投資信託、国債などの債券、FX、外貨建てMMF(マネー・マーケット・ファンド)、暗号資産、コモディティ(金などの商品)について、メリット、デメリットを詳しく説明している。
意外なのは、「NISA(少額投資非課税制度)利用に引っ張られないようにしよう」と注意していることだ。自分のやりたいと思う戦略を定めた結果、NISAの対象商品が見つかるかどうかで選択すべきだという。「NISAがあるからこれをやるべき」は間違いだとも。
最後に著者は「どのような形であれ、投資に関わることでこれまであまり興味がなかった社会の動きなどにも強い関心を持つようになるものです。そして多くの物事が他人事から自分事へと変わるのです」と書いている。
「楽しい人生を送るためにも、今すぐに投資を始め、日本の政治、経済、そして未来にコミットしていきましょう」という提言は、しごく真っ当なものだろう。(渡辺淳悦)
「『新しい資本主義』の教科書」
池田健三郎著
日東書院
1760円(税込)