人を育て上げられたことが最大の財産
このエピソードからの学びを、3点挙げましょう。
第1に、上司の大島さんが、一人の未経験人材を一人前のリーダーへと立派に育て上げられたことが、会社の業績向上以上に成功であり誇りだと明言していることです。
A社は創業から飛躍成長し株式上場しています。こうした企業では、往々にして上司の日々のマネジメントは数値的な業績目標や短期的成果を追いがちです。人の成長を待てないため、即戦力人材を求めがちです。
しかし大島さんは、人を育てることこそが組織の価値を高めるのだというゆるぎない信念を持っていました。まったく右も左も分からない素人の部下が、仕事を通してゼロから学び、歯を食いしばり成長できたこと。そして、見事に修羅場を乗り越え、管理職にまでなったこと。それこそが組織の大きな財産だと考えているのです。
しっかり育った部下がバトンを受け継ぎ、さらに次世代と組織をより成長させる存在になることこそ、企業の持続的な成長につながると考えているのです。まさに、人的資本経営時代にふさわしい、人材育成重視の経営と言えるでしょう。
第2に、部下に仕事を任せることが大事とはいえ、決して丸投げにしないことです。私は、常々「3割ストレッチ」と表現しています。これは、常に部下が本人の力量より少し高い目標に向けて努力できるように、仕事を任せることが大切です。あまりに高い目標では息切れし潰れてしまうし、簡単すぎる目標では本人の成長につながりません。
上司の大橋さんは木村さんの成長に合わせて、その都度高い目標を与えながら、徐々に成長を促している点が優れています。部下の負けず嫌いな性格を踏まえ、修羅場経験によって大きな成長を促しているところが見事です。部下の持ち味や成長ポイントの深い理解こそが、人材育成の要なのです。
第3に、部下に任せたとはいえ、仕事自体は組織としての真剣勝負。部下に委ねた仕事が重責になるほど、失敗した場合、企業としてのリスクも大きくなります。そこで、部下が完遂できない場合も想定し、上司が完璧にフォローしたというエピソードも重要です。
部下と組織を育てるためにこそ、自らも常に自分磨きを忘れず、時代に遅れず学び続ける。そうした上司が、いま求められているのです。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。