近年、転職者が増加し、企業の中途採用比率も過去最高の37.6%(日本経済新聞2023年4月調査)となった。スキルを磨いて次の転職に備える若手が多くなり、会社は「定年まで勤め上げる場」ではなくなり、自分を育むステップの1つにすぎなくなったのだ。
そこで、就職・転職のジョブマーケット・プラットフォーム「OpenWork」を運営するオープンワーク(東京都渋谷区)が、会員ユーザーの口コミ投稿から調査した「退職者が選ぶ『辞めたけど良い企業ランキング』【外資日系別】」を、2023年8月22日に発表した。
いわば「卒業生」が後輩に贈る、元職場のオススメランキングだ。退職者から高い評価を得られた企業の特徴は「卒業前提」でキャリアを積める風土があることがわかった。
外資はコンサル、日系はリクルート中心...共通点は「卒業文化」
OpenWorkは、社会人の会員ユーザーが自分の勤め先の企業や官庁など職場の情報を投稿する国内最大規模のクチコミサイト。会員数は約580万人(2023年7月時点)という。OpenWorkでは、企業の評価を「待遇の満足度」「社員の士気」「風通しの良さ」「20代成長環境」など8つの項目を5段階で評価している。
今回の調査では、投稿された社員クチコミのうち「退職者」による評価に着目し、退職者からの評価が高い企業を集計した。日本と比べて転職が一般的な外資系企業では、文化や人材育成の仕組み・制度が大きく異なると考えられることから、外資系/日系企業で分けてランキングを作成した。
退職者にとって「良い会社だった」と感じる点にはどのような特徴があるのか、また外資系と日系企業で「退職」に対する文化や考え方に違いはあるのかを分析している。退職者からの評価が高い企業を集計した。
では、「辞めたけど良い会社だった」と退職者から評価される企業にはどんな特徴があるのだろうか。
調査の結果、外資系の1位は米国に本社を置く世界的大手コンサルティングのマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社、2位は情報通信の超大手グーグル合同会社、3位は米の世界最大一般消費財メーカーのP&Gジャパン合同会社、4位は米のコンサルティング大手、ボストン・コンサルティング・グループ合同会社、5位は米のコンサルティング大手のベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッドに【図表1】。
一方、日系の1位は日本のリクルートグループで企業内研修・人事コンサルを手掛けるリクルートマネジメントソリューションズ、2位は日本の官公庁である特許庁、3位日本の人材活用支援の最大手リクルート、4位はウェディングサービスのディアーズ・ブレイン、5位は大型物流倉庫、大空間建築など都市インフラ事業の日鉄エンジニアリングに【図表1】。
こうしてみると、外資系では、上位30社中8社がコンサルティング業、5社がシステムインテグレーション関連、4社が航空業界と、やや偏った傾向がみられる。一方、日系では半導体・インターネット・冠婚葬祭・食品飲料・証券・官公庁と、多種多様な業界がランクインしたのが特徴だ。
外資系1位のマッキンゼーは、「元社員」に著名な起業家や経営者、経済評論家、政治家が多いことでも知られ、政財界に「マッキンゼー・マフィア」として君臨する。日本国内でも、大前研一(経済評論家)、勝間和代(同)、川鍋一朗(日本交通会長)、南場智子(ディー・エヌ・エー会長)、西直史(マクロミル取締役)、保田朋哉(クックパッド執行役)、茂木敏充・自民党幹事長ら、そうそうたる顔ぶれがいる。
一方、日系では30位までに1位のリクルートマネジメントソリューションズ以下、リクルートグループから合計5社がランクインした。日系企業の「卒業文化」の先駆けとして、多くの起業家を輩出していることから、リクルート出身者は「元リク」と呼ばれている。
主な上場企業を起業した人だけを並べても、こんなに多い(以下敬称略、カッコ内は創業した会社)。
宇野康秀・鎌田和彦・島田亨(インテリジェンス=現パーソルキャリア)、安川秀俊(ゴールドクレスト)、小笹芳央(リンクアンドモチベーション)、七村守(セプテーニ・ホールディングス)、有本隆浩(MS-Japan)、安川秀俊(ゴールドクレスト)、廣岡哲也(フージャースホールディングス)、経沢香保子(トレンダーズ/キッズライン)、杉本哲哉(マクロミル/グライダーアソシエイツ)......といった案配だ。
「次のステップに」「起業・独立のため」という前向きの退職
それにしても、会社を高く評価しているにもかかわらず、なぜ辞めるのだろうか。
ランクインしたコンサルティング企業と、リクルートグループ各社に寄せられた元社員クチコミから「退職検討理由」をみると、「次のステップに進むため」「起業・独立のため」と、前向きな退職であることがうかがえる。「いつかは退職をする」というマインドセットとともに入社した人が多い。
マッキンゼー・アンド・カンパニー「他にやりたいことができたために退職をした。ただこの会社で時間を過ごしたことには一切後悔していない」(コンサルタント、男性)
ボストン・コンサルティング「2年半ほど在籍し、当初の目標であった起業をやってみたいという思いが強くなったので。会社自体には何の不満もなかったし、今でもアルムナイ(卒業生)の集まりなどには顔を出させてもらっている」(コンサルタント、男性)
ローランド・ベルガー「この先パートナーを目指しコンサルタントを極めるか、かねてからの夢である自分の事業を運営するかの二択を検討し、後者に惹かれたためです」(コンサルタント、男性)
リクルートマネジメントソリューションズ「これまでの法人営業・営業企画の能力が最大限活かせると思ったため。新しい環境でチャレンジしたいという前向きな転職で、不満があって辞めたわけではない」(営業、女性)
リクルート「30代までにスキルを身につけて起業、転職することが前提の若手中心のベンチャー企業体質。社員も40代以上になると激減し、50代は全体の1%程度。私もそろそろ次のステップに進む時期だと感じて、30代半ばで転職をした」(営業事務、女性)
リクルート「独立のため。そもそも将来独立を視野に入れていた。ここでの経験が独立に生きると考えていた。実際その通りになった」(求人広告、男性)
外資系「失敗を絶対責めないから、のびのびチャレンジできる」
外資系・日系企業別のトップ30社を、計8項目の評価スコア平均で比較分析すると面白いことがわかった【図表2】。
「総合評価点」「社員の士気」「20代成長環境」のスコアは両者で差が少ない結果となった。外資・日系共通で、若手のうちから成長ができ、社員に士気が感じられる傾向がある。
また、外資系企業は日系企業と比較し、「風通しの良さ」「人事評価の適正感」「法令順守意識」のスコアが高かった。社員クチコミからも、成果主義でフラットな文化を称える声は多くあがっていた。
その一方で、人材流動性の高さや社内環境変化の速さを踏まえ「入社時点で長く働くことを前提としていない」といった声が多く、「卒業文化」が外資系企業の特徴のひとつといえそうだ。社員クチコミからみると――。
グーグル「外資特有の風通しのよい企業です。基本的にテレワークでしたが、チームメンバー全員がいつでも相談して欲しいと、オープンで仕事がしやすかったです。ただし、徹底した成果主義なため、インプットもアウトプットも、自分から能動的に動いて物事を進めていける人でないと厳しいと思います」(営業、男性)
日本ナショナルインスツルメンツ「自由ではあるが、成果などがしっかり求められている。個人的な裁量で仕事を進められる」(エンジニア、男性)
ゴールドマン・サックス証券「実力主義。女性も男性も関係なく活躍できます。外国籍社員も多いため、日本文化を通じてお互いを知り合うといったような、部門や国籍が違ってもお互いを知り合えるような、そんなイベントも多々あります」(機関投資家営業、女性)
KLMオランダ航空「失敗を絶対責めないポリシーがあり、誰もがのびのびチャレンジして成長していけた。自分の意見を忌憚なく発言でき、話し合いも建設的」(客室乗務員、女性)
KPMG FAS「習得したいスキルを一通り経験できたので、今後のキャリアとして違う業界に挑戦したいと思ったから(アドバイザリー、男性)
日本マイクロソフト「転職したいから。外資にいれば転職をするのが普通。転職を重ねることによりキャリアを作るのが外資でのやりかた」(事務、男性)
ナイキジャパン「もともと定年までいられる会社ではないので、自分の目標の『20年在籍』が達成できたことで、ステップアップのために転職を考えていたら、会社のほうから希望退職者募集があったので、ちょうどいい機会だと思い、転職を決心しました」(スーパーバイザー、男性)
シスコシステムズ「大きなプロジェクトがひと段落ついたタイミングで、ヘッドハンティングがあり、次のステージを考え始めたから。よい会社なのでそれがなければまだ働いていたと思う」(アカウントマネージャー、男性)
特許庁「若手が数年で圧倒的に成長ができる、充実した教育研修制度」
これに対して日系企業は、「待遇面の満足度」「社員の相互尊重」「人材の長期育成」のスコアが高い結果となった。リクルートグループを除くと、「卒業前提」といったワードをあげる声は少なく、実際に「人材の長期育成」に対する評価スコアは外資と比べ高い結果となっている。
また、昨今、若手の成長機会が乏しい職場を指す「ゆるい職場」というキーワードが注目されているが、元社員のクチコミからは、その逆である「ゆるくない職場」だったという評価がうかがえる。日系企業のクチコミをみると――。
特許庁「若手は数年で圧倒的成長ができる教育研修制度があります。勉強は大変でしたが、同期メンバーで協力して乗り切りました。良かった経験でした」(審査官、男性)
日鉄エンジニアリング「社会のインフラを支えている意識があり、その点では非常にやり甲斐がある。また、そう言った意識を持つ社員が揃っており働く環境としては申し分ない」(DXC、男性)
商船三井「若手に多くの裁量が任されるので、多くの経験を積むことができ成長が期待できる。ジョブローテーションを厳密に実施している点は人材育成に力を入れている証。上司が部下を育てる意識も非常に強い」(営業、男性)
大和證券グループ「新卒で入社するにはいい会社だと思います。サラリーマンとして基本的な技能は身につきますし、今後事業会社に転職したとしても、身につけた基本スキル・金融知識は無駄になりません」(営業、男性)
キーエンス「若手を育てる文化がある。研修等はかなり充実している。営業であれば、テレアポから社長クラスの方との折衝力を1年目から高めることができる」(営業、男性)
味の素「営業や事業管理の実務から、事業・プロジェクト・組織のマネジメントまで、それも国内外で経験できたことは本当に自分の糧になった。良い上司や先輩にも恵まれたうえ、優秀な同僚と部下との協働は自分を鍛えてくれた」(事業マネジメント、男性)
第一三共「とてもよい会社でした。目標やビジョンも明確ですし、ここで働くためのプライドを意識させるような仕組みもたくさんありました。例えば年収も国内ナンバーワンを目指すに相応しい設計をしています」(MR、女性)
卒業する人も気持ちよく会社を去り、それを承知で企業も温かく育てる。「いい会社」と社員を成長させ、自らも成長していく経営をするものだろう。
昨今では、退職者を再雇用する「アルムナイ(卒業生)採用」を活用する動きもあり、退職者とのつながりを重視する企業が増えている。自社で培った経験を糧に他社でも活躍できる人材を育成し、送り出すことができる企業文化を構築することは、長い目で見れば自社にとってプラスになるはずだ。
調査は、2020年以降に退職者からの投稿が10件以上ある4085社(30万7458件)のクチコミを対象データとした。(福田和郎)