日本の株価が堅調だ。日経平均株価は足元で3万2000円台と、2022年12月末の2万6000円から6000円以上、22年度末(23年3月末)の2万8000円からでも4000円以上値上がりしている。
とくに23年4月以降、上昇ペースを加速させた大きなきっかけが、東証が3月末に、企業に対して株価純資産倍率(PBR)の改善を要請したことがあるというのが定説だ。
PBRとは何か、PBRを上げる意味はどこにあるのか、実際に引き上げるために何が必要なのか。
PBRとは、その企業の株式時価総額が、その企業の純資産の何倍かをみる指標
企業の経営を判断する材料は多く、売上高や利益がまず注目される。
株価に着目したとき、通常、多くの投資家が見るのは株価収益率(PER=Price Earnings Ratio)で、株価が「1株当たりの当期純利益の何倍か」を示す。利益と株価から、割安、割高を判断する。
PBRは「Price to Book-value Ratio」の頭文字で、株価が「1株当たりの純資産(Book-value)の何倍か」を示す。言い換えると、その企業の株式時価総額が、その企業の純資産の何倍かをみる指標。数式で示すと、「時価総額÷純資産」になる。
東証上場企業の半分程度は「PBR1倍」割れ 東証、資本コストや株価を意識した経営を求める
純資産は、資産と借金を相殺して残った分。仮に、今日事業をやめ、資産を売って借金を返して残る額という計算になり、企業の「解散価値」ともいう。
A社の純資産が10億円、株式時価総額が8億円だったとすると、A社のPBRは0.8倍。8億円でA社を買収し、企業を解散したら、差し引きで2億円儲かる計算になる。
PBRが1倍を割るということは、株価が解散価値を下回る――つまり、事業を続けるより解散した方がいい、という話だ。
実は、東証上場企業の半分程度は、PBRが1倍を割っており、長年、日本の企業の成長力の弱さの象徴とされてきた。そこで、東証がPBR引き上げを企業に求めたというわけだ。
東証の狙いは「資本のコストを意識したリターンを上げる経営に取り組め」ということ。解散価値を下回る株価ということは、株式で集めた資金を有効に使っていないということだから、効率を高め、利益を上げることにより株価も上げていく――そういう経営にしなさい、ということだ。
具体的に東証が3月末に上場企業に示したのは「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」だ。年に1回、資本コストや資本収益性、市場評価について取締役会で分析・評価し、改善に向けた計画を開示することなどを要請。
PBR引き上げだけを求めたものではないが、日本経済の弱さの象徴として、一番注目されることになった。
PBRを引き上げるには...企業の収益力を高める&企業の内部留保を減らす
PBRを引き上げるためには、どうすればいいのか。
第1は、言わずもがなだが、企業が収益力を高めることで株価を上げていくこと。新製品や新サービスの開発で売り上げや利益を高めるわけだ。
そのために、研究開発や設備投資、人への投資などが必要で、低収益や赤字の事業を切り離しやり撤退することも、時に必要になるかもしれない。
一方、PBRは株式時価総額と純資産の比率だから、分母の純資産を減らすことでPBRは上がる。特に、日本企業は近年、利益は上げているが、内部にため込んで純資産が膨らむばかりで、投資しないから成長しない、といわれている。
そのため込んだ分を吐き出して自社株買いをすれば、純資産は減り、PBRを引き上げる方向に働く。配当の増額も同様だ。自社株買い、増配とも、株価押し上げ要因でもあり、PBR計算式の分子(時価総額)を増やすという意味でもPBRアップの材料になる。
23年1~6月発表の「中期経営計画」で、PBRに言及する企業が激増 株主還元の行き過ぎには懸念も
実際に東証の要請を受け、企業側も動き出している。
調査会社のまとめでは、2023年1~6月上旬に発表された中期経営計画でPBRに言及する上場企業は55社と、22年通年(12社)の4.6倍と、激増している。
具体的には、東海東京調査センターによると、上場企業の自社株買い決議は23年1月~7月13日までに計5兆7561億円に達した。
日経新聞の集計では、24年3月期の上場企業の配当計画は計15兆2200億円と、過去最大だった23年3月期実績を1000億円ほど上回るという(23年6月5日朝刊)。
ただし、株主還元も行き過ぎを懸念する向きもある。
米国では株主の圧力が強く、有名企業でも、自社株買いや高配当を迫られ、マクドナルドのように債務超過の会社も珍しくない。もちろん、安定して黒字を稼ぎ出し続けているから問題にされない。
日本では米国とは違い、債務超過まで株主還元する企業はないが、海外ファンドの「物言う株主」からは、ゼネコンなどの低PBRの会社が、株主総会で株主還元の強化を迫られるケースが続出している。
いずれにせよ、株主還元だけでは一時しのぎでしかない。
ようは、ため込んだ利益を次の成長に向けて投資し、収益力を高めていくこと。東証の「脱・PBR1倍割れ」の要請が、企業の背中を押し、株式市場の期待を高め、株高を演出した間違いないところだ。
だが、これを持続させることができるか否か、それは企業自身の今後の取り組みにかかっている。(ジャーナリスト 白井俊郎)