「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE34」では、「人事評価を聞く前に、振り返りしろなんて!モラハラでしょ?!」と訴えるベテラン部下への対応に悩むケースを取り上げます。
「ただ振り返って反省しろなんて、モラハラでしょ?!」
【A課長】人事部からの通達...期末の部下との1on1面談で、部下自身の「仕事の振り返り」で育成せよって...。これまた難しくて、頭痛いよな~。
【B課長(同期の同僚)】ああ...しかし悩んでいても仕方ないから、さっそく始めたよ。
【A課長】おっ! いつも君は「当たって砕けろ」で着手が早いな!
【B課長】この際だから、最初に、いちばん手ごわいベテランの年上部下と面談したんだ。
【A課長】あっ、この前、若手に「昭和おじさん」って言われて落ち込んでいた彼だな...。
【B課長】そう。「まず今期の仕事ぶりを自分自身で振り返って、思うことを何でも話してください」と頼んだ。そしたら「人事評価も聞いてないのに、ただ反省しろなんてモラハラでしょ?!」ってキレかけたんだ。
【A課長】おっと、それはまずい展開じゃないか! 大丈夫か?
【B課長】そこで彼の眼を見て、静かに言ったんだ。
「違います。目先の業績評価云々より、あなたの成長と活躍を心から信じ応援したいんですよ」って。そしたら本人「そ、そうだったんですか...」って目頭押さえてね。
【A課長】そうか! それなら、よかったじゃないか!
【B課長】ただ、あんまりしんみりして間が持たないもんだから、つい場を和ませようと「いえいえ。まあ、強いて言えば『ハラハラ』ですよ」って笑顔で言ったら、本人がまたムっとしてさ...。
【A課長】そりゃ君のギャグのほうがよほどハラハラだ!(1on1面談...やっぱ悩ましいな~)
PDCAサイクルのCとAに着目
部下の仕事の振り返りの支援は、PDCAサイクルのなかのC(確認)とA(改善)への対応にあたります。
PDCAサイクルのポイントと、P(計画)とD(実施)の支援については、本連載のCASE30(「今どきPDCAなんて古いですよ!」目標未達チームの改善に不平を言う部下...どう対応する?」)に詳しいので、必要に応じて参照してください。
今回は、後半のCとAに焦点を当てて考察していきます。
多くの職場のPDCAの実情を見ると、P(計画)を行ったまま、その後はD(実施)の連続。大事なC(確認)やA(改善)がしっかり行われず、いつの間にか次期のPが決められている場合が少なくありません。
しかし、世界規模で社会・経済状況が激変し、企業を取り巻く環境変化が著しい今日。従来通りの仕事を単に繰り返すばかりでは、生産性向上はもちろん、人材の成長すら望めません。
経営層のみならず、顧客接点にある現場の担い手一人ひとりが、自身の仕事(D)を振り返り、しっかり内省(リフレクション)し、業務改善や新たな創意工夫につなげる取り組みが不可欠です。
部下自らによる振り返りを促す
上司は、まず週次や月次の定例ミーティング等で、部下一人ひとりの業務進捗の確認と相談に乗ることが第一です。
そのうえで、3か月や6か月の節目ごとに育成面談を行い、部下自身による仕事の振り返りと自己評価を促し、上司からの評価もフィードバックしましょう。その結果を踏まえ今後の仕事を展望することで、本人の成長を促せるのです。
部下は、ミスや失敗へのマイナス評価を恐れ、自分の仕事の振り返りに消極的姿勢を示す場合があります。自分が責められるのを回避しようと問題解決を先送りし、自己防衛に陥りがちです。
しかし、安易な逃避を許してはいけません。上司は、本人のためにこそしっかり仕事を振り返らせ、課題にも正面から向き合わせることが大切なのです。
また、部下が上司に対し心理的な距離感を抱いている場合、一歩踏み込んだ指摘によって本人の内省を促すのは容易ではありません。昨今ではハラスメント意識の高まりから、上司の強い助言がパワハラと見なされる風潮もあります。
そこで、本人の育成が目的であることを明確にしながら、しっかり対話をしていきたいものです。
部下自身による振り返りを優先するのも、本人のためゆえです。
冒頭のCASEのように、上司からの評価やアドバイスもなく、責任追及のための場だと受け止められては不本意です。自ら振り返る力をつけることが、本人の成長のためであることをまず納得してもらうように努めましょう。
結果を振り返る習慣とは
部下が振り返る力を身につけるには、「結果を振り返る習慣」と「プロセスを振り返る習慣」の2つを常に心がけ、日ごろから磨いていくことが有効です。順番に見ていきましょう。
1つ目の「結果を振り返る習慣」とは、一つの仕事の結果について、かつての経験との共通性と違いを見出そうとする習慣です。
共通性を見出すとは、仕事の結果が良かった時に「以前と同様に、この押さえどころが良かったので成功した」と捉えること。複数の経験を比較し、共通の因果関係を認識できることで、成功の原理や方程式を引き出せるのです。
また、違いを見出すとは、仕事の結果が悪かった時に、良かった時との違いを振り返ること。「今回は、ここをこう間違ってしまったから失敗した」と捉えられることです。
この共通性と違いを認識する力が高まるほど、自分の経験はもちろん、他人の経験からも多くを学ぶことが可能になるのです。
プロセスを振り返る習慣とは
次に、2つ目の「プロセスを振り返る習慣」について。
これは、一つの仕事の準備を始めてから結果に至るまでの仕事ぶりを振り返る習慣です。仕事の進行過程の要所要所の状態について、良否とその要因を言語化し、経過を整理する作業が必要です。
失敗した時にはなぜそうなったのか。スタートまで立ち返って振り返るのです。また、成功した場合ならどのような準備や判断が良かったのか、振り返ります。
これは、他人の経験を取り入れる時も同様です。他者の仕事のプロセスの良い点を学び、吸収し、自分の今後の行動に活かすのです。「学ぶ」の語源ともいわれる、「真似ぶ」行動といえるでしょう。
自分が注目するロールモデルに共通する行動は何かを、日頃から意識して観察し、言語化します。また、優れた他者からのフィードバックやアドバイスはできるだけ取り入れ、自分の行動に活かすようにします。
さらに、本連載のCASE32(「今の仕事経験で成長できる気がしません」と訴える部下...どう育てる?)で触れた「意図的で効果的な行動の試み」を当初の計画(P)に取り入れることも有効です。この「質のよい経験」を後で振り返り(C)、よりよい改善行動や再発防止行動を定め直し、実行すること(A)で、さらに仕事の精度が向上します。
こうして部下の振り返る力が高まり、効果的な振り返りを自ら習慣化できれば、本人の成長につながるのです。
とはいえ、あらゆる仕事について、こうした緻密な計画と振り返りを行うのは困難です。部下にとって経験値につながる仕事に焦点をあてて、試みるとよいでしょう。キャリアの節目にあたる仕事をしっかり計画させ、振り返らせる支援から始めましょう。
それでは、部下の振り返りの支援には、さらにどのような留意点があるか。<「人事評価を聞く前に、振り返りしろなんて!モラハラでしょ?!」と訴えるベテラン部下...どう諭す?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE34後編)】(前川孝雄)>で解説していきましょう。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。