人、文化、芸術、情報が飛び交う「有楽町」で、次々に新しい事業が生まれるのはなぜか?【後編】/三菱地所の会員制ワーキングコミュニティ「SAAI」マネージャー・牧亮平さん

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   リアルな場の熱量は、そこに集う人から生まれる――。三菱地所が仕掛ける、有楽町の会員性ワーキングコミュニティ「有楽町『SAAI』 Wonder Working Community」(以下、SAAI)から次々に事業が創出されている。

   2020年2月、コロナ禍のオープンから会員数は右肩上がりに増加し、3年強で約400名に。この場所から熱を伝播させ、大手の飲料、電機メーカー、製薬会社などの大企業新規事業担当者およびスタートアップ、個人事業主などの「異能」同士の出会い、コラボレーションを送り出してきた。

   いま都心部にはワーカー向けオフィスや施設が数多くある中で、これほど勢いよく成長を描いてこられたのはなぜか。

   SAAIを運営する三菱地所 プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャーの牧亮平(まき・りょうへい)さんに、約3年半にわたる取り組みと今後描く姿を詳しく聞いた。

  • 三菱地所 プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャーの牧亮平さん
    三菱地所 プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャーの牧亮平さん
  • 三菱地所 プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャーの牧亮平さん

働く場なのにBar、畳、リメイク家具...SAAIが人にフォーカスする理由

   <次々に新しい事業が立ち上がる「場」は、いかにして生まれたか?【前編】/三菱地所の会員制ワーキングコミュニティ「SAAI」マネージャー・牧亮平さん>の続きです。

――前回を振り返ると、SAAIというリアルな場の熱量を高めるにあたり、人を起点としてコミュニティ形成をしているということでした。三菱地所は大手町・丸の内でもワーカー向けの施設を運営していますが、それらとSAAIとの違いについても教えてください。

牧亮平さん 三菱地所のインキュベーション施設は、1つのブランドで展開するのではなく、それぞれの場所にあわせて、1ヶ所ずつコンセプトを作り込んでいるのが特徴です。

ではSAAIはどんなコンセプトかというと、法人ではなく個人×ビジネス寄りの施設です。法人×ビジネス(フィンテック)をテーマにした「FINOLAB」(フィノラボ)や、個人×社会課題寄りの施設としては、大手町の「3×3 Lab Future」(さんさんラボ フューチャー)などその他多くの直営施設があります。SAAIはビジネス寄りで人にフォーカスしていて、個人単位で会員になれるのが特徴です。
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SAAIの内観。取材の実施日は開館からまもなくして賑わっていた
牧さん 人にフォーカスしているのは、有楽町という街だからでもあります。なぜなら、有楽町は日比谷や銀座ともほど近く、商業、歴史、文化などの結節点であり、人と情報が行き交う場所。人が中心の街にふさわしい施設としてSAAIがあります。

先にも申し上げた通り(前編参照)、そもそもSAAIの上流プロジェクトである「有楽町『Micro STARs Dev.』」(マイクロスターズディベロップメント。以下、MSD)の副題は「街の輝きは人がつくる」ですから。

だからこそ今は起業しておらず、これから事業を考えたいという思いがあれば会員になれますし、そうした方を対象としたプログラムもあります。たとえば、MSDとして提供している「Wonder Working Studio」は「仕事以外でつながる もう一つの社会」と題して、仕事とは別のライフワークのきっかけとなるコースを用意しています。現在は「次世代まちづくりプロデューサー育成」という軸で、不動産ビジネスを考えるコースや、宮古島の新しいビジネスを考えるコースが展開中です。
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SAAIで開催された「有楽町 Wonder Working Studio」の様子。多様な業種の人が参加し、MSD総合プロデューサーの古田秘馬さんとゲストの講義を受ける

――SAAIは内装もユニークですよね。まちづくり、場づくりにはハード・ソフトの両面があります。ソフト面のコアである人を一番にフォーカスしたうえで、それぞれどんな意図でつくられているのでしょうか?

牧さん ハード面で特徴的なのは、施設の中心に「Bar変態」を置いていることです。インパクトが強い言葉かと思いますが、「変態」とは、ギリシャ語を語源とするドイツ語のメタモルフォーゼ(「変化」・「変身」の意)の意味です。この場所から「異能」と出会い、新しいことにチャレンジしていって欲しいという思いが込められています。ここでは、十数名のボランティアが日替わりで「チーママ・チーパパ」を務め、会員らの交流を促します。
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いまやSAAIの象徴にもなっている「Bar変態」。この場でも多くの人がつながり、ビジネスが生まれてきた
牧さん 「Bar変態」のチーママ・チーパパはそのコミュニティの核となり、会員同士をつなぎ、ネットワークをつくる役割を担います。みなさんのバックグラウンドも多種多様。俳優がいたり、会計士がいたり、ベンチャー社長や大企業のマーケティング担当がいたり...。チーママ・チーパパは、定期的に入れ替えが行われます。

和室や、階段状のプレゼンスペースなどもユニークです。構想段階で「畳ってどうなの?」という声もありましたが、フタを開けてみたら「靴を脱ぐだけでもディスカッションの気分が変わる」といって、よく使われています。
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人気の畳スペース。この日もディスカッションの場として利用されていた

面白い人が集まるのは「きれいな空間」より「有楽町のガード下」

――スペースごとに特色が異なっていますが、一体感がありますよね。今座っている一人がけのヴィンンテージの茶色いソファも「Bar変態」と調和がとれています。

牧さん この椅子やソファ、シャンデリア、消火栓もそうなのですが、ハード面の多くは、この区画を以前使っていたテナントさんから譲り受けたものです。ここは築50年のビル。単にスクラップアンドビルドで新しいものを購入するのではなく、もとあるものを生かしてわくわくする空間をつくろう、という意図があります。

もっと「きれい」な空間をつくろうと思えば、いくらでもつくれると思います。ただし、SAAIは面白いコミュニティをつくるのが狙い。面白い人は「きれい」なところには集まりにくい。それよりは、有楽町のガード下のような雑多な場所に集まる気がしませんか。あの雰囲気を残しながら、きちんと仕事ができて、ミーティングもできるようにと、機能性と「怪しさ」のバランスを取りながら設計されています。

というものの、コミュニティ運営やこうした新しいプロジェクトはやってみないとわからないのが常です。今思えば、こうしたコミュニティ機能が強いラウンジスペースと、PC作業などに集中できる執務スペースの割合は再考の余地がありました。コロナ禍でオンラインMTGができるスペースも求められるようになったこともあり、執務スペースはもう少し必要ですね。
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空間にマッチした茶色いソファ。窓際の背もたれのない椅子に座りMTGを行う人も多い

――ソフト面ではほかにどんな施策がありますか?

牧さん まずご紹介したいのは、SAAI独自のビジネスコンテスト「01Start」です。現在6期目が選考中ですが、社会を変えるようなビジネスを生み出すために、半年に1回広く募集をかけています。採択されると1年間無料でSAAIをご利用いただけます。

事業サポートも特徴です。SAAIの運営には、ゼロワンブースターという事業創造を専門に扱うコンサルティング会社があたっています。SAAIを本社として使っていただいているのですが、「01Start」の採択者はゼロワンブースターさんの伴走支援などの特典が受けられます。

ただし、ゼロワンブースターの50名弱の社員はみんなネックタグをつけていて、「01Start」の採択者でなくとも、「SAAI会員はゼロワンブースターの社員にいつでも話しかけていい」というルールにしてあります。一般的にインキュベーション施設というと、コミュニティマネジャーがいても2~3人ですが、SAAIは「50人全員がコミュニティマネジャー」。いつ何時でも事業創造のプロと壁打ちができる環境になっています。

それから今年も8月に開催予定の「01 Community Conference」というイベントも、私たちが旗振り役となって開催しています。狙いは、普段スタンドアローンになりがちな国内外のインキュベーション施設をつなぎ、各地で活動しているコミュニティマネジャーのノウハウや経験を共有したり、事業創造におけるコミュニティの重要さを再確認すること。
コロナ禍の2020年より年1回のペースで開催し、オンラインとリアルで1000人規模が参加しています。インキュベーション施設を担当する大手デベロッパーの担当者が横並びで討論するなど、なかなかないことです。昨年は「ボーダーレス」をテーマに、個がつながる意義について議論しました。

――最後に、有楽町再構築プロジェクトのビジョン実現に向けた、SAAIの今後の展望についておしえてください。

牧さん このビル(新有楽町ビル)が年内で閉館するため、SAAIは2つ隣の新東京ビルに移転することが決定しています。移転は10月の予定です。それに伴い、コミュニティスペースと執務スペースの割合も見直しています。

これまでは間仕切りがなく、オープンスペースが特徴でした。コミュニティを活性化させたいという狙いからですが、新SAAIでは少しばかり個室も用意する予定です。というのも、会員のみなさんの成長速度が非常に早く、SAAIに入って、半年ぐらいで「メンバーが増えたので、もっと大きい施設に移ります」ということがよくあるんです。メンバーが4人ぐらいになると、密なコミュニケーションが必要になるのか、個室が欲しくなるようなんです。

これは、企業の成長に貢献できたという意味では嬉しい反面、運営側としては心が痛い(笑)。なので、新SAAIは、メンバー間でミーティングができる秘匿性の高い空間と、オープンなラウンジが同居する施設を考えています。成長して羽ばたいていこうとする人たちも受けいれられる余地を、もう少し増やしたいですね。ゆくゆくは事業創造コミュニティとして、「事業創造といえば有楽町」といってもらえるような街、施設にしていきたいです。

もちろん三菱地所としては、MSDおよび有楽町のまちづくりという上位概念があります。「街の輝きは人がつくる」ということで、これからも人にフォーカスする施策を打ち続け、有楽町を盛り上げていきます。

――ありがとうございました。



【プロフィール】
牧 亮平(まき・りょうへい)

三菱地所株式会社
プロジェクト開発部 有楽町街づくり推進室 マネージャー

新卒で東急不動産株式会社へ入社。社内新規事業として会員制サテライトオフィス事業「Business-Airport」の立ち上げを行う。同社退職後、一年間の海外修行を経て、SAYU MILANO S.R.L. 取締役(現地代表)へ就任。イタリアミラノで日本をコンセプトとした複合商業施設「TENOHA MILANO」の開発、運営を行う。2020年2月に帰国し、三菱地所株式会社へ入社。現在、有楽町の再開発を担当し、会員制インキュベーションオフィス「SAAI」や複合商業施設「micro」を起点としたソフト面からの街づくりを行っている。座右の銘は「すべては人から始まる」でハードやシステムよりもそこにいるリアルな「人」を大事にしたい。

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