就職先や転職先、投資先を選ぶとき、会社の業績だけでなく従業員数や給与の増減も気になりませんか?
上場企業の財務諸表から社員の給与情報などをさぐる「のぞき見! となりの会社」。今回取り上げるのは、鉄鋼製品メーカーの大谷工業です。
大谷工業といえば、名前に「大谷」とついていることから、二刀流メジャーリーガーの大谷翔平選手の活躍にあわせて株価が上昇する会社、と聞いたことがある人もいるでしょう。
しかし、この会社が実はあの有名企業の子会社であることや、いまどんなピンチに直面しているかについては、知らない人がほとんどかもしれません。
親会社は「ホテルニューオータニ」
大谷工業は1946年、現在の富山県射水市に大谷重工業の富山支社小杉製作所として設立。翌年に株式会社大谷工業小杉製作所として独立し、1954年に現在の社名に改称しました。
創業者の大谷米太郎氏は、大相撲力士から酒屋を経て、1919年に大谷製鋼所を設立。関東大震災の復興に伴う鉄鋼需要で成長し、1939年に大谷製鐵を設立、1940年には自らが経営する3社を合併して大谷重工業とします。
大谷重工業は戦後朝鮮特需で事業を拡大し、米太郎氏は一時「日本の三大億万長者」と呼ばれるまでに。東京オリンピックを2年後に控えた1962年には、政府から外国人受け入れ施設の建設を打診され、1964年にホテルニューオータニを開業します。
その後、大谷工業は1988年に日本証券業協会に株式を店頭公開し、2004年にジャスダック証券取引所に上場。2022年に東証スタンダード市場に移行しています。
このような経緯により、大谷工業の大株主には大谷姓の人物が並んでいます。ニュー・オータニは筆頭株主で、大谷工業の発行株式の27.82%を所有する親会社です(2023年3月末現在)。
なお大谷重工業は、ホテルニューオータニの開業直後に経営不振となり、米太郎氏は1965年に社長を退任して1968年に86歳で亡くなりました。大谷重工業は1977年に大阪製鐵と合併し合同製鐵(現東証プライム)となり、2007年に日本製鉄のグループ会社入りをしています。
売上高は安定しているものの、利益率は低い
それではここで、大谷工業の近年の業績の推移を見てみましょう。
大谷工業の売上高は2014年3月期の約55億円以降、ゆるやかな増加傾向が続いていました。コロナ禍でも大きな減少はなく、60億円強で推移。それが直近では、2022年3月期には64億円、2023年3月期は72億円弱まで急増しています。
一方、営業利益率は低水準で推移しており、2014年3月期の5.4%から、2019年3月期には3.9%まで悪化。その後、若干の改善はありましたが、2022年3月期には2.7%まで低下。2023年3月期にはなんとか3.5%にこぎつけています。
営業利益率の低さが気になりますが、大谷工業の事業は公共インフラに関わるものが多く(後述します)、利益伸長を追求するのが難しい構造なのかもしれません。
2024年3月期の業績予想は、売上高が76.29億円、営業利益が2.20億円、営業利益率が2.9%、当期純利益が1.50億円の増収減益となる見込みです。
製品は架線金物や鉄塔、建材など
大谷工業のセグメントは「電力通信部門」と「建材部門」の2つ。電力会社、通信会社、建設会社を主な顧客とし、製品はインフラや各種建物の建築資材として用いられています。
電力通信部門は、架線金物、鉄塔・鉄構の製造および販売、建材部門は、建築用資材の製造、販売および施行付きスタッド販売を主な事業としています。なお、スタッドとは内装工事で使用する、壁や天井の下地となる軽量鉄骨(LGS)のことです。
2023年3月期の売上高は、「電力通信部門」が39.85億円で、「建材部門」が32.03億円。セグメント利益は、前者が5.16億円、後者が1.15億円でした。
主な顧客は、2022年3月期は北陸電力送配電が9.40億円、岩渕が7.41億円。2023年3月期は北陸電力送配電が7.67億円でした。
平均年齢41歳、平均年収506万円
大谷工業の従業員数は、2019年3月期から178人、174人、171人と微減していましたが、2022年3月期から181人、184人と増加しています。
平均年間給与は減少傾向にあり、2023年3月期には506万円にまで下がりました。平均年齢は41.4歳、平均勤続年数は17.9年です。
大谷工業の採用サイトには、富山工場の社内システムエンジニア職の求人が掲載されています。給与は大学卒で21.3万円(住宅手当を含む)。退職金制度、財形貯蓄制度、従業員持株会制度、社員旅行、社員親睦会等があるようです。
大谷工業の株価は近年大きく上昇した局面が2回ありました。1度目は2019年で、8月6日に3630円だった株価は、12月17日には1万8310円まで上昇。台風の被害により日本列島各地で大規模停電が発生し、巨額のインフラ整備費がつぎこまれたためでした。
2度目は今年2023年で、1月5日には4120円だった株価が、3月16日には16050円にまで上昇。このときは、3月3日に原子力規制委員会が「北陸電力志賀原発2号機の下を走る断層は活断層ではない」と認定したことがきっかけとみられています。
「上場維持基準」に適合しない状況に
しかし、3月9日にワールド・ベースボール・クラシックの日本戦が始まると、大谷工業の株価はさらに上昇し、連日ストップ高に。この理由について、AIによる株式の自動売買ツールがニュース内に頻出する「オオタニ」という言葉に反応し、買いを入れたのでは、と推測する人もいます。
このような「バブル状態」にもかかわらず、大谷工業はいまピンチを迎えています。それは3月31日時点において、東証スタンダード市場における「上場維持基準」に適合しない状況となってしまったことです。
適合していないのは「流通株式数(1836単位。基準は2000単位以上)」と「流通株式時価総額(9.9億円。同10億円)」「流通株式比率(23.5%。同25%以上)」の3つ。この基準を2025年3月末までにクリアしないと、大谷工業は上場廃止になってしまいます。
これを受けて大谷工業は6月20日に「上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示。この中で、会社は「政策保有株式の縮小による株式流通性の向上」と「中期経営計画の策定」を行うとしています。
最も大きな問題は「流通株式比率」が23.5%しかないこと。76.5%は親会社のニュー・オータニや大谷家の親族などによる「政策保有株式」であり、株式市場に流通していないということです。
計画書の開示を受けて、株価は6000円台から1万2000円台に急上昇。現在は9000円台に落ち着いています。この上昇で流通株式時価総額は基準をクリアしましたが、流通株式数と流通株式比率は未達のまま。会社は2025年3月末を目途に、基準のクリアを目指すとのことです。(こたつ経営研究所)