高額な報酬にもかかわらず、なぜカルロス・ゴーンは危ない橋を渡ったか?

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   日産自動車の経営を立て直した天才経営者と持ち上げられたカルロス・ゴーンは、逮捕され、日本から逃亡した。

   本書「カリスマCEOから落ち武者になった男」(ハーパーコリンズ・ジャパン)は、その事件の真相に迫ったノンフィクションである。

「カリスマCEOから落ち武者になった男」(ニック・コストフ、ショーン・マクレイン著)ハーパーコリンズ・ジャパン

   著者のニック・コストフ氏はウォール・ストリート・ジャーナル、パリ支局記者。もう1人のショーン・マクレイン氏は、同東京支局記者として日産自動車などを担当。現在はアメリカ在住。

   本書は、3部構成となっている。第1部は、ゴーンの生い立ちから、日産とルノーのアライアンスの成立、日産の再建まで、つまり事件の「前史」について。

   第2部は、過剰報酬や資金ルートがいかにしてつくられたかという事件の経緯を扱う。第3部は、逮捕から保釈、日本からの逃亡作戦、そしてレバノンでの近況、と事件のその後を追っている。

   「まえがき」で著者は、カルロス・ゴーンの複雑な人間性が浮かび上がった、と書いている。「カリスマ性と内向性、大げさな態度と自制、大胆さと慎重さ、壮大な計画と些細な執着、優れた分析と非合理的な行動など、さまざまな面が混在する人間像が見えてきた」。

レバノンとブラジルのルーツ

   人間性がどう形成されたのか、生い立ちに注目している。

   そのファミリー・ヒストリーは実に興味深いものである。祖父がレバノンからブラジル・アマゾンの奥地に来たのは1910年のことだった。読み書きもできず無一文のまま、まずアメリカに渡り、露天商として雑貨を売って生計を立てた。そこで覚えた商売の基本を活かすべく、ゴムブームに沸くアマゾンで雑貨店を始めた。

   商才はあった。雨季に大量の商品を仕入れ、川の水が減って船が通りにくくなる乾季に、他の店が品切れを起こせば、商品に割高な値段をつけた。総レンガ造り2階建ての店舗を構えるほど成功を収めた。

   アマゾンの小さな町にはまともな教育機関がなかったので、子どもたちは母親と一緒にレバノンに住んでいた。

   ゴーンの父は学校を卒業すると、20代前半でブラジルに戻り、1954年、第2子となるゴーンが生まれた。しょっちゅう体調を崩すゴーンの健康を理由に、翌年一家はレバノンに戻った。

   レバノンとブラジルを行き来し、輸出入業を手掛ける父は、正業のかたわら、闇事業も行っていた。ダイヤモンドや金、通貨の密輸である。

   だが、トラブルから相棒が亡くなり、殺害容疑で逮捕された。有罪判決を受け、死刑を宣告されたが、殺害までは意図していなかったとして、その後、15年の重労働刑へと減刑された。

   その頃、ゴーンはイエズス会士が運営する名門一貫校に在籍していた。成績は優秀だったが、年配の神父には反抗的だった。

   卒業を前に退学処分となり、ゴーンはフランスの有名進学校に移った。そして二度目の受験で、名門エコール・ポリテクニークに合格した。

   軍に所属する理工系大学だが、3人の大統領、3人のノーベル賞受賞者を輩出した登竜門だ。優秀な学生の多くが公務員を目指す中で、ゴーンはビジネスの世界に入りたいと考えた。フランス国民ではないから、国の主要なポストには就けないだろうと判断したのだ。

   タイヤメーカー、ミシュランに入社後の活躍ぶりは、これまでも数々語られてきた。27歳で工場長になり、ブラジルの現地法人の経営を立て直し、創業家の社長の目に留まった。ミシュランが買収したアメリカメーカーをどう立て直すか。工場閉鎖、従業員の大幅削減を実行し、認められた。

   アメリカの自動車業界の大物とも付き合うようになり、自分の報酬が少ないことに気がついた。ミシュランでは、ガラスの天井に突き当たろうとしていることにも。そこにルノーからスカウトの話が持ち込まれた。

   ルノー入社後、日産とのアライアンス、日産の再建、両社から1800万ドルを超える高額な年収を手にしていたことなどは、さまざま報じられてきた。本書を読み、事件の背景には実は、「火の車」だったゴーンの懐事情があったことを知った。

円建ての給与が生んだ損失の付け替えが発端

   日産と最初に結んだ契約でゴーンは、ドルでの給与支払いを要求したが認められず、支払いは価値の変動が激しい円で行われていた。その給与をドルに換えるため、スワップ取引とも呼ばれる通貨防衛契約を新生銀行と結んでいた。

   しかし、リーマンショックによる金融危機で、円高ドル安が急激に進み、その為替差損を埋め合わせなければならなかった。さらに担保としていた日産株が急落したため、銀行は追加担保を要求した。いまやこの取引での評価損は2000万ドルに上がっていた。

   ゴーンが選んだのは、この損失を日産に付け替えることだった。一時しのぎにはなったが、問題あるスワップ契約が証券取引等監視委員会の目に入った。次の手段として、オマーンとサウジアラビアの大富豪に接触した。

「しかし彼らは日産のパートナーという立場にあったため、この依頼は会社とも結びつきができてしまった。結局ゴーンは利益相反取引からまた別の利益相反取引へと飛び移ったのだ」

   16億円近い年収への批判を避けるため、8億9000万円へ形式的に減額し、残りは「繰り延べ報酬」とした工作、ヴェルサイユ宮殿での不明朗な支出を伴うパーティーなど、タガが外れたような散財についても容赦なく追及している。

   監査役の1人が気付いた不正の端緒から、どうやって日産側が「会長」の犯罪を突き止めていったのか、またルノーとの統合を食い止めたのか、小説顔負けのスリリングな展開が続く。

   さらに逮捕、保釈、日本からの逃亡劇のディテールが書き込まれている。レバノンでのゴーン本人とのインタビューも収めている。いまも逃亡はそれだけの価値があったと思っていますか、との質問にこう答えている。

「ああ。日本にいたら死んでただろう。それで終わっていた」

日仏ともに司法当局は行き詰まり...事件は「半永久的に保留扱い」

   日本での裁判は中断したままだが、オランダの裁判所はゴーンに対し、日産と三菱が共同出資して設立されたオランダの法人に500万ユーロ近くの給与を返済するよう命じた。

   ゴーンは控訴するつもりだと言い、逆に不当解雇だとして、1500万ユーロの支払いを求めている。

   フランスではゴーンがルノーの資金を流用した疑いがあるとして、フランスの検察が国際逮捕状を発布した。ゴーンは否認し、フランスで裁判に臨みたかったが、当局にパスポートを取り上げられているためレバノンから出られない、としている。

   日本でもフランスでも、司法当局は行き詰っている。事件は「半永久的に保留扱い」となり、「ゴーンは当分、贅沢だが自由のない金色の檻から出ることはないだろう」と結んでいる。

   「当人に知らせないまま報道しない」というウォール・ストリート・ジャーナルの基本ルールに従い、本書に登場するすべての重要人物には、ここで明かされる事実についてコメントする機会を提供したという。したがって、ゴーン本人の反論コメントも随所に載っている。

   徹底した取材に感嘆した。行き過ぎたグローバリズムを諌める書として、長く歴史に残るだろう。(文中、一部敬称略)(渡辺淳悦)

「カリスマCEOから落ち武者になった男」
ニック・コストフ、ショーン・マクレイン著、長尾莉紗、黒河杏奈訳
ハーパーコリンズ・ジャパン
2640円(税込)

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