商談を「科学する」ことは可能か? 「Front Agent」開発秘話
その後、VRのベンチャーを経て、経営の経験も積む。そして、母校の電気通信大学から出資を受け、ついにUmee Techonologiesを設立する。同社設立後はまず特許を押さえ、その後で製品化していくという方法で会社の基礎を作ったという。
新納さん 会社は令和の初日、2019年5月1日に設立しました。大学に話を持ち掛けたところ、快く引き受けてくださいました。最初のうちはこれといった技術はありませんでしたが、AIに関する論文を読み漁って知見を積み重ねました。
――そもそも、商談アシスタントAIを作成しようと考えたきっかけは?
新納さん 自分も経験があるのですが、「商談」の世界って、感覚的なところがありますよね。いろんな人に「商談ってどうやっていますか?」と聞いて回りましたし、「商談って、科学できると思いますか?」と聞いても、「いや、難しいからムリだよ」なんて即答されました。
――そんなご経験があるんですね。そこから、商談アシスタントAIの発想に?
新納さん だからこそ、いけると思ったんです。なぜならば、とくに深く考えずに「できない」と即答したということは、つまり、商談をどう進めればよいか、ロジック分解できていないということだと考えたんです。しかし、自分としては「商談のロジック分解は可能である」と感じていたので、これはビジネスとして穴場ではないかと判断し、ソリューション開発を進めました。
――そういうことだったんですね。その結果、音声を分析して要素を抽出して商談をアシストする「Front Agent」が誕生したということですね。
新納さん 実は、商談アシスタントAIはもう1つの方面からの気づきもまた、開発の原動力になりました。それは、人は、会議の録音があっても全く聞かない、ということです(苦笑)。それは、昔から気になっていました。
――と、いいますと?
新納さん 録音や録画を共有しても全く使われないのです。「ここがポイントだ」と分数を指定してもです(笑)。だからこそ、録音の重要な部分を取り出す、すなわち要素を抽出する作業をAIにさせようと考えました。そして、抽出した要素を分析すれば、商談の分析に使えるな、と。
――何だか、勉強にも応用できそうですね。
新納さん そうですね。商談と勉強に共通する「何かを感覚的にやろう」というスタンスの部分を言語化していくという点は同じですから、勉強にも使えると思います。
そして、それ以外のジャンルにも応用していけるでしょう。さらに言うなら、私はこのような「感覚的にやってきたことを言語化する」という分析作業が、次のデジタル化だと思っています。
今までのデジタル化は「定量的」に測りやすいものを扱ってきましたが、これからのデジタル化は「定性的」なものを、いかに定量化できるかという点が重要になっていくと考えています。
――思えば、「記事を書く」という作業もまた、定量化しづらい、つまりはマニュアル化しづらい作業ですね。今後は記事作成も定量化され、AIがやっていくことになるんでしょうね。ChatGPTは一部、もうそのようなことをやっていますから。
新納さん ただ、ChatGPTは統計的な処理で文章を作成しているので、「自社の特色をアピールする文章」といった一般的ではない文章を書かせようとしても、あまりうまくいかなかったりします。ようは、記者が「感性」で書いているところを、いかに言語化していくかというところがポイントになるわけです。
これに対して、そういった「感性」をすくい上げられる機能が「Front Agent」には搭載されています。「会話ヒートマップ」という機能です。これは、各発言の文字起こしはもちろん、「共感度が上がっている」「早口になっている」といった要素まで分析し、それをPCの画面に表示します。これがあると、会話を定量的に分析することができるので、「どの発言が商談成立に有効だったか」といった点が分かるのです。
――そうすることで、会話を「可視化」できるというわけですね。
新納さん さしずめ、「話術を視覚的にインストールする」とでも言えばいいでしょうか(笑)。
――たとえとしていいかわかりませんが、まるで映画『マトリックス』とか『攻殻機動隊』の世界観ですね! ところで、6月末には「Zoom Phone」とのコラボが始まりましたが、今後の改良点は何でしょうか?
新納さん たくさんありますね。たとえば、会話の解析の切り口を増やしていくのはもちろん、「次に何を言うか」を指示してくれるレコメンド機能も、より向上させていきたいと考えています。あたかも隣に助言者がいるような感覚で使えるようになるレベルにしたいと思っており、その道筋は立っています。