「黒海封鎖」プーチンに経済制裁効かない? エコノミストが指摘「ロシアにはまだカネがある」「優秀でしたたかな、テクノクラートが救いだ」

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   ウクライナ侵攻から1年半。ロシアは世界の食糧危機を人質に、「黒海封鎖」という暴挙に出た。

   西側諸国の経済封鎖などまるで効いていないかのようだ。そのうえ、戦時中の国としては考えにくい大幅な利上げに踏み切った。

   プーチン大統領のこの自信たっぷりのふるまい。ロシア経済はどうなっているのか。エコノミストの分析を読み解くと――。

  • プーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)
    プーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)
  • プーチン大統領(ロシア大統領府公式サイトより)

「反ロシア」「親ウクライナ」一枚岩ではない欧州の事情

   ロシアの横暴が止まらない――。

   報道をまとめると、ロシアは7月17日、ウクライナ産穀物を黒海経由で輸出させる4者合意から離脱することを発表。さらに、ウクライナ南部の港湾都市オデーサを連日空爆したうえ、黒海経由でウクライナの港に向かう船舶は、軍事物資を運んでいる可能性があるとみなす、と警告した。

   いわば、「黒海封鎖」だ。狙いは、世界の穀物価格高騰を人質にとり、欧米の経済制裁解除を引き出すことだ。この狙いは、的を射ている。ウクライナ産穀物の陸路での輸出は、周辺国に歓迎されていないからだ。

   さっそく、ポーランドやハンガリーなど東欧5か国は7月19日、共同声明を発表し、9月15日が期限になっていたウクライナ産穀物の輸入規制措置を延長すると表明した。

   東欧5か国は陸路での輸出の経由地となっているが、そこに安価なウクライナ産穀物が滞留すると、穀物価格が下落し、5か国の農家に打撃を与える。そのため、ウクライナ産の小麦、トウモロコシなどの輸入を制限してきたが、ロシアの黒海封鎖によって再びウクライナ産穀物輸出の経由地になるのは困ると、牽制の声明を出したかたちだ。

   つまり、欧州は「反ロシア」「親ウクライナ」で一枚岩ではないわけだ。こうした事情もあり、ウクライナ産農産物の輸出を陸路に振り替えることは容易でない。

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モスクワの赤の広場。経済制裁は効いているのか

   そんななか、ロシア中央銀行は7月21日、政策金利を8.5%に引き上げた。利上げ幅は市場予想の0.5%を上回り、1.0%と大幅なもので、さらなる追加利上げも示唆している。ウクライナとの戦争を続けているロシアにとって、景気下振れのリスクを伴う「大幅な利上げ」は避けたいはずだ。

   それだけ自信があるということか。欧米の経済制裁は、ロシアに効いていないのか。今回の事態、エコノミストの分析はどうみているのか。

「プリゴジンの反乱」が終わりの始まり、と見るのは早計

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ロシアとウクライナはいつまで戦争をするのか(地球儀のイメージ)

   「ロシアにはまだ豊富な資金力がある、過小評価は禁物だ」と警鐘を鳴らすのは丸紅経済研究所所長代理の榎本裕洋氏だ。

   榎本氏は、経済評論サイト「世界経済評論IMPACT」に掲載したリポート「ロシアにはまだカネがある。侮るべからず」(7月17日付)の冒頭で、こう述べている。

「いわゆる『プリゴジンの反乱』を受けて『プーチン政権の終わりの始まり』といった論調が目立つ。これが西側にとって吉報なのか悲報なのか定かではないが、十分な情報が得られない環境下では保守的な分析、つまり分析対象を過小評価しないことが肝要であると考える。要するに『侮るべからず』ということだ」

   そのうえで、「最近気になっているのは、ロシア政府の財政赤字をもって『ロシア経済は苦境に陥った』とする論調だが、それは本当だろうか」として、こう指摘する。

「ロシア財務省が普通に機能しているという前提に立てば、財政赤字が確定したということは、その赤字分が借入などで無事埋め合わされたということでもある。もし、財政赤字分を埋め合わせることが出来なければ、その分の財政支出ができないので、そもそも財政赤字にすらならないはずである。
つまり、ロシアの経済的継戦能力をみるには、政府の借入や増税の原資となる企業・家計も含めたロシア全体の資金余剰・不足を観察する必要がある。太平洋戦争下で日本でも企業や家計の資源が総動員されたことを思い出してほしい。戦時は特別なのだ」
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ルーブル紙幣と硬貨

   その際に注目するのが「経常収支」だとして、ロシア中央銀行の統計を引き合いに榎本氏はこう続ける。

「ロシアの経常収支は、四半期ベースでは2022年4~6月期(プラス767億ドル)を直近ピークに、2023年1~3月期(プラス148億ドル)まで減少傾向が続いているがそれでも黒字だ。
注意したいのは、財政収支(赤字)を埋め合わせてなお経常黒字、つまり企業・家計に資金余剰(貯蓄余剰)があるということだ。フローで見る限りロシアにはまだカネがある」

   そして、こう結んでいる。

「経常黒字が減少傾向にあるとしたが、これを経済制裁、特に(欧米諸国が課した)原油価格の上限設定の効果とする見方にも疑問が残る。世界経済減速による油価下落がロシアの経常黒字を減らしている可能性もあるからだ。
実は、ロシアの月次ベースの経常収支を見ると、4月(プラス23億ドル)を底に、直近5月はプラス52億ドルと増加に転じている。単月の動きだが侮れない」

優秀なテクノクラートが、ロシア経済の唯一の救い?

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ロシアの国旗

   ロシア中央銀行が戦争中にもかかわらず、景気下振れリスクが恐れずに大幅な利上げに踏み切った背景に何があるのだろうか。

   ロシアの優秀なテクノクラート(経済・技術系官僚群)の存在がある、と指摘するのは、第一生命経済研究所の主席エコノミストの西濱徹氏だ。

   西濱氏はリポート「ロシア中銀、戦争中にも拘らずインフレを警戒して大幅利上げを決断~機能するテクノクラートが唯一の救いか、一方でウクライナ情勢は一段の長期化も念頭に置く必要~」(7月24日付)のなかで、実質GDP(国内総生産)と成長率のグラフ【図表1】を示した。

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(図表1)ロシアの実質GDPと成長率の推移(第一生命経済研究所の作成)

   そして、ウクライナ侵攻直後は欧米の経済制裁を受け、深刻な景気悪化に見舞われたが、現在は回復途中にあり、1年後には進行前の水準に戻る見通しだとして、こう説明する。

「軍事費増大や、さまざまなバラ撒き政策の動きが景気を下支えするとともに、欧米などの経済制裁強化にもかかわらず、世界的なエネルギー需要の堅調さを追い風に輸出は底堅く推移する一方、輸入の減少が景気下振れを喰い止めることに繋がった。
また、中国やインドをはじめとする新興国がロシア産原油の輸入を拡大させたことで輸出が下支えされる一方、中国やトルコ、中央アジア、モルディブなどからの迂回輸入や並行輸入を拡大させるなど、経済制裁の『抜け穴』となる動きも顕在化している。
大きく下振れした景気は一転底入れしており、こうした状況を勘案すれば、景気を巡る最悪期は過ぎつつあるととらえることが出来る」

   経済制裁の「抜け穴」を大いに活用したのだった。一方、インフレはどうか。西濱氏はインフレ率の推移グラフ【図表2】を示しながら、こう説明する。

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(図表2)インフレ率の推移(第一生命経済研究所の作成)
「欧米などからの輸入減少に伴う物資不足なども重なり、インフレ率は一時20%近くまで加速したものの、その後は一転して頭打ちの動きを強めている。足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標(4%)を下回る推移が続いており、この動きだけをみればインフレは鎮静化しているととらえられる」

   それなのに、なぜ市場予想(0.5%)を上回る1.5%もの大幅な利上げに踏み切ったのか。

   それは、中国との経済関係が深まるなか、ルーブル相場が人民元との連動性を高めたため、ルーブル安の傾向にあり、物価上昇の動きが見られるからだった。西濱氏はこう結んでいる。

「(ロシア中央銀行が)タカ派姿勢を強めている様子がうかがえる。同国の財政運営を巡っては、軍事費増大が圧迫要因となるなかで、国民福祉基金を取り崩して対応するなどの対応みられるが、金融政策についても慎重な対応が続いている。その意味では、テクノクラートがきちんと機能していることが、同国経済にとっての唯一の救いととらえることができる」

撤退するには8年も、欧米企業を逃がさないしたたかさ

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ウクライナの首都キーウの街並み

   ロシアのウクライナ侵攻直後、欧米企業のロシアからの相次ぐ撤退がニュースになった。しかし実は、こうしたロシア・テクノクラートのしたたかさによって、撤退はなかなか進んでいないようだ。

   ジェトロ(日本貿易振興機構)調査部欧州課のリポート「外国企業撤退にさまざまな思惑が交錯(ロシア)現状と背景を探る」(7月6日付)によると、全体像は定かではないが、2022年2月から2023年5月までの間に、外国企業が200社以上ロシアから撤退した一方で、2022年11月下旬時点で、ロシアに進出済みのEU・G7企業の9割がロシアに残留しているとの調査結果もあるという。

   なぜ、残っているのか。企業自身が、将来を見据えて足場を残す例も少なくない。また、自動車など戦略的に重要な産業では、ロシア政府が直接関与して事業の継続を図る例が目立つ。

   たとえば、フランスのルノーは保有していたロシア最大の自動車メーカー、アフトワズの株式をロシア政府の自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI)に売却した。トヨタと日産も同様に工場をNAMIに売却している。

   モスクワ市政府に売却したルノーの旧モスクワ工場では、すでに中国車のノックダウン生産が始まっており、産業商務省が主導し、中国メーカーとの協業が進められているという。つまり、撤退した欧州や日本の自動車メーカーの代わりをロシアや中国メーカーが担っているわけだ。

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黒海のダーダネルス海峡を航行するフェリー

   もう1つ、ロシアから撤退を表明した企業は、撤退までに長い時間を要する羽目になっている。

   事業譲渡にあたっての株式売却など、撤退に関連する実務を進めるためはロシア政府の小委員会の承認が必要だが、2023年3月時点で約2000の企業が小委員会の承認待ちだ。

   しかし、小委員会の開催は月3回にとどまり、1回あたり最大7社の案件だけしか審査できないとする報道がある。つまり、毎月審議されるのは21社だけで、2000社全部が済むのは約8年先ということになる。

   リポートは、こう結んでいる。

「どの順序で審査されるかは、ロシア政府にとっての案件の重要度によって『小委員会』が決定するという話も耳にする。売却価格が適正かどうかも懸念材料だ。
平均の売却価格は算定市場価格から70%を割り引いた額だったという。カナダのキンロス・ゴールド(金採掘)、米国のアーコニック(アルミ生産)、フィンランドのノキアンタイヤ、米国のブンゲ(食用油製造)など、いずれも売却価格は算定市場価格を大幅に下回ったとされる。事業価値に対しての大幅な割引をよしとせず、事業売却ができなかった例もある。
撤退しにくくなるよう外資に働きかけるロシア政府の政策誘導も垣間見える。それらが複雑に交錯しているというのが実情だろう」

(福田和郎)

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