「孫子」の兵法は、世界のビジネスパーソンに読まれている!

   世界的企業の経営戦略、経営者たちの理念に共通するものは、「孫子」の兵法だという。本書「ビジネスの兵法 孫子に学ぶ経営の真髄」(早川書房)は、ポッドキャスト「Business Wars」を運営する人気ジャーナリストが、豊富な事例をもとに解説した本である。

「ビジネスの兵法 孫子に学ぶ経営の真髄」(デイヴィッド・ブラウン著、月沢李歌子訳)早川書房

   著者のデイヴィッド・ブラウンさんは、米国のビジネスジャーナリスト。主宰するポッドキャスト「Business Wars」は、月に400万ダウンロードがあり、リスナーのなかには、世界的な企業の経営者や学者、起業家たちがいるという。

   「孫子」は英語圏で「The Art of War(兵法)」と呼ばれ、読まれているそうだ。その助言の多くは、今も大きなものを賭けた競争に適用できると評価している。

ブロックバスター対Netflixの場合 敵の領域を漁るという戦略

「孫子は平均的なマッキンゼーのコンサルタントやハーバード・ビジネス・スクールの教授に負けず劣らずの助言をくれるのだ」

   ブラウンさんのポッドキャストは、象徴的な企業同士の戦いを取り上げる形式になっており、本書も踏襲している。その中からいくつか紹介しよう。

〇「戦場に参入する ブロックバスター対Netflix」

   レンタルビデオ店を展開していたブロックバスターは、2004年のピーク時には世界中に店舗を広げていたが、すでにDVDという新たな敵が登場していた。Netflixの創業者らはDVDを郵送で届けるというアイデアを思いつき、似たような形状のCDを送る実験をした。ディスクは無事に届いた。

   1997年にNetflixは創業されたが、当初、そのサイトにあまり客は集まらなかった。99年のある晩、倉庫で何十万枚のDVDに囲まれながら、思いついた。「ここで保管しなくちゃいけないのかな?」「利用者に好きな期間だけ保管してもらうのはどうだろうか」

   延滞料を取らず、手ごろな月額料金を払うだけで、見たいだけ見ることができるNetflixは、ブロックバスターにとって深刻な脅威となりはじめた。

   この両者の戦いについて、「孫子」(作戦篇)の「敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当たる」を引用して、こう書いている。

「荷車一台分の食料を自分の陣地から運んでくるのは莫大なコストがかかる。同様に、より良いものを提供して既存の顧客基盤を奪うほうが、まったく新しい商品やサービスを人々に売り込むよりずっと容易だ」

   敵の領域を漁るという戦略で、Netflixは何のリスクも負わずに市場を拡大した、と説明している。

   さらに映画をインターネットで見る時代がくることを予見し、ダウンロード事業に投資しはじめ、今日のストリーミング事業につなげた。

ネットスケープ対マイクロソフトの場合 リーダーのビジョンが大切

〇「勝利のための戦略 ネットスケープ対マイクロソフト」

   ブラウザの競争において、ネットスケープは大きく先行していた。ウェブユーザーの圧倒的多数はすでにネットスケープを使っていた。マイクロソフトのビル・ゲイツは、新しいパソコンすべてにIE(インターネットエクスプローラー)があらかじめインストールされるなら、ユーザーがネットスケープを使う必要はなくなる、と考え、実際そう動いた。

   マイクロソフトのウィンドウズをプレインストールしているすべてのコンピューター・メーカーに、IEをデフォルト・ブラウザとして抱き合わせで売るように通告した。その結果、新たにパソコンを買ったユーザーは、IEを使うしかなかった。

   最初はあらゆる点でネットスケープに劣っていたIEだが、巨額の収益をもとに改良を続け、品質差がなくなるようにした。

   マイクロソフトの戦術は、反トラスト法に違反していたが、米国政府の腰は重かった。その後の訴訟も乗り切った。「結局、ゲイツが攻撃的な戦術の結果として失ったのは、評判だけだった」と、回顧している。

   ここでは、「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するのは善の善なる者なり」という「孫子」諜攻篇から引用している。

   勝つためにはリーダーのビジョンが大切だというのだ。

iPhone対ブラックベリーの場合 ポジショニングの重要性

〇「ポケットというポジション iPhone対ブラックベリー」

   アップルのiPhoneが登場する以前、RIM社のブラックベリーは、スマートフォンの主役だった。フルキーボードがついていて、安定したEメールの送受信ができた。

   一方、iPhoneにキーボードがないことは強みだったという。ガラスのタッチスクリーンは、すべてのアプリに応じられるよう、ユーザーインターフェースをカスタマイズできるということだった。

   iPhoneがブラックベリーに勝利した要因の1つは、ブラックベリーがモバイルデータ通信の速度の発達に対応できなかったことだという。iPhoneの利用者は、音楽、Eメール、地図、天気予報、メッセージ、電話など、使いたいものがすべて境目なく統合されていることに満足感を得た。「iPhoneがあればすべて手のひらのうえで使えるからだ」。ポジショニングの重要性を説いている。

   RIMには2人のCEOがいて、内輪の小競り合いをしたこともアップルには幸いだったという。

   日本の企業で取り上げられているのは、任天堂である。「レジリエンス」(=回復力)という第9章に登場。花札から始まった同社の道のりを記述し、新しいアイデアに繰り返し賭けるという、独創的な取り組みを高く評価している。

   「夫(そ)れ兵の形は水に象(かたど)る」(「孫子」虚実篇)

   不況やパンデミックなど危機を乗り越えるには、レジリエンスのある組織とリーダーが必要だ、と解説している。

   日本の経営者の間で、「孫子の兵法」が読まれているとは聞いていたが、世界的にも読まれているというのは驚きだった。ライバルの攻防という形式で書かれているので、わかりやすいし、面白い。ほかにもIBM対ユニバック、H&M対Zaraなど有名企業の対決を取り上げている。(渡辺淳悦)

   「ビジネスの兵法 孫子に学ぶ経営の真髄」
デイヴィッド・ブラウン著、月沢李歌子訳
早川書房
2750円(税込)

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