働く人を取り巻く経済社会環境が大きく変わり、会社員であること自体が人生のリスクとなる時代になりつつある。
本書「キャリア弱者の成長戦略」(新潮新書)は、派遣社員からコンサルタント、大学教員にまでなった著者が、キャリア形成において何らかのチャレンジをしたいと考えている人に向けて書いた実践の書だ。
「キャリア弱者の成長戦略」(間中健介)新潮新書
キャリア弱者だからこそ、得られたものがある
著者の間中健介さんの職歴がユニークだ。少し長くなるが紹介しよう。1997年に大学を卒業し、国会議員の政策スタッフをしながら編集プロダクションで働いていた。体調を壊し、派遣で短時間労働をしながら、金融の勉強を続け、28歳で米系コンサルティング会社の契約社員となり、2005年には愛知万博の広報スタッフとして働いた。
その後、博報堂の契約社員を経て電通子会社の正社員、2013年には関西学院大学非常勤講師となり、翌年に内閣官房日本経済再生総合事務局に転じた。
現在は、実務家教員として茨城大学と慶応義塾大学大学院で活動しつつ、各地でベンチャーや社会的企業の手伝いをしている。
就職先を常に探し求める「キャリア弱者」だからこそ、得られたものがあるという。間中さんは、会社員と公務員、大企業と中小企業、正社員と非正社員、取締役とヒラ社員という区別をしない。あらゆる働き手が将来の不安に直面しており、あらゆる働き手に成長のチャンスがあるからだ。
いまの会社で会社員を続けるのであれば、(1)専門性の高いスペシャリストを目指すか、(2)チームを支えるバックオフィススタッフとして存在価値を高めるか、(3)経営幹部を目指すか――この3つから、自分が望む働き方を決めなければならないと指摘している。
だが、必ずしもどれか1つを選んで貫徹する必要はなく、転職や出戻りをしてもいいという。間中さんも30代前半のサラリーマン時代に無償で政治家の政策スタッフをした経験が、脱サラ以降の活動に役立っているそうだ。
個人にも必要な「資本蓄積」とは?
個人にも「資本蓄積」だという考え方が新鮮だ。これは、経済学の父アダム・スミスを参考に、
「個人の成長率=アイデアや技術の進歩+資本の変化率+就業時間の変化率」
という式を掲げている。
就業時間と資本が増えないのであれば、アイデアや技術の進歩の増加が必要だ。そのため、「キャリア資産のバランスシート」という表をつくり、検討している。
意外なのは、学歴や肩書を「負債」と定義していることだ。
ミドル世代では、肩書や学歴を使って実際にどんな成果を挙げてきたのか。および、今後どのような成果が挙げられる可能性があるのかが問われる。「もはや名刺が表示しているのは負債であって資産ではないという意識を持つべき」と書いている。
肩書を通して何をやってきたのか、肩書を得る過程で何を成しえたのか、についての回答があなたの「資産」だという。
後半は、いよいよ具体的な成長戦略を示している。その根幹は、自分の壁を壊すことにあるという。「23の成長戦略」の中から、いくつか紹介しよう。
〇お金とデジタルの「壁」を壊す
・「ふるさと納税」をする...必要な確定申告などの手続きをすることで税の知識が身に付く
・ねんきん定期便に目を通す...年金受給見込み額を知ることで長期計画を立てる
・10万円、預金から有価証券投資に変える...投資に振り向けて資産を育てる
・サブスク強者になる...雑誌のオンライン購読のメリットを知る
〇「敵」を知る
・ライバル企業の顧客になる...自分の手法が時代遅れになっていないか確認する
・新規上場会社を分析する...どのような新しい産業が生まれているのかを把握する
・上司ではなく、社内を見渡す...部署横断的な新規事業プロジェクトにエントリーする
〇健康資産を増やす
・睡眠時間を基本に1日のスケジュールを組む...まず就寝時間を設定する
・運動で老化を遅らせる...運動によって身体面の老化が防止され、タイムマネジメントも
〇変化するために動く
・職場以外で役員になる...組織の看板なしに何ができるかを知る
・「1日5アポ」をやってみる...自分自身に外的ショックを与える
・資格・肩書を断捨離する...資格へのこだわりがキャリアの可能性を狭めることもある
・未来を考える10分間を持つ...自分が思い描くキャリアプランやビジネス構想を考える
「40代でも間に合う。挑戦するミドル世代に未来がある」
間中さんは、社会人生活の初期に病気で仕事を辞めたことと、それによって同世代よりキャリア形成が遅れたことがコンプレックスとなり、どんな組織で働くにしても個人として独自の存在感を確立しなければならないという焦りを持ったまま、今に至っているという。
最終章で、間中さんは「21世紀の日本の三種の神器は、保険、ヘルスケア、セキュリティ」だと考えているという。キーワードは「個人の企業化」だ。
企業が流動化し、公的社会保障も縮減が避けられない以上、個人が個人をマネジメントしなければならないからだ。
「40代でも間に合う。挑戦するミドル世代に未来がある」という言葉は大きな励ましになるだろう。(渡辺淳悦)
「キャリア弱者の成長戦略」
間中健介著
新潮新書
836円(税込)