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「採用面接に落ちまくり!」中国の若者を襲う「超就職難」 失業率20%超で「フルタイム子ども」という職業を選ぶ大卒エリートが増えている!?(井津川倫子)

   新型コロナウイルスを封じ込めることを狙った「ゼロコロナ対策」の終了とともに、景気回復を推し進めている中国で、若者の失業率が急速に悪化しています。それにより、都市部の高学歴エリートを中心に「大学を出たけれど職がない」現象が起きています。

   先日、中国国家統計局が公開した統計によると、2023年5月の都市部の若年層(16~24歳)失業率は、過去最高の20.8%に! 2カ月連続で20%を上回る状況に、「full time children」(専業子ども)という「新しい職業」の出現が話題になっています。

   工場勤務などのブルーカラー職は「人手不足」が続くなか、「ブルーワーカーになるよりは『子ども』のままでいたい」のでしょうか。「full time children」について追ってみました。

週6日、朝の9時から夜の9時まで働く「996」より「子ども」に戻りたい!

   世界大恐慌の影響を受けて、大学卒業者の就職率がわずか30%という不況下の昭和初期。大学を卒業しても職にありつけない状況をコメディタッチで描いた故小津安二郎監督の名作『大学は出たけれど』が、まるで100年近い時を経て舞い戻ってきたかのような現象です。

   中国で、都市部若者の失業率が悪化するなか、大学や大学院を出ても就職できない高学歴エリートが急増。さらに、ようやくありついた仕事も、激務続きでストレスを抱える若者が増えていると報じられています。

   そんななか、実家に戻って「専業の子ども」になる「full time children」の存在が、新しい中国国内の「職業」として、海外メディアの注目を集めています。

'Full time children' is a growing trend in China
(「専業子ども」は、中国の新しいトレンドだ:南アフリカメディア)

Burnt out or jobless - meet China's 'full-time children'
(燃え尽き?それとも失業?中国の「専業子ども」とは:英BBC放送)

   「Full time children」(専業子ども)は新しい造語ですが、「Full time」(専業)で子どもになる、という意味のようです。前述のように、大卒者の5人に1人は「就職できない」状況下で、卒業後は就職をせずに「親と暮らす」ことを選択する若者が増えていることは間違いないようです。

   もっとも、「Full time children」(専業子ども)の特徴は、「子ども業」に専念することで親から「給料」をもらっている人が多いことでしょう。両親のために食事を作ったり、皿洗いや掃除などの家事を請け負ったりすることで「給料」を受け取る仕組みのようですが、「平均賃金」は日本円で10万円前後といったところのようです。

   親から受け取るお金が、「お小遣い」なのか「給料」なのか。そもそも「子ども業」は「職業」なのか、それとも単なる「すねかじり」なのか...。中国国内でも見解が分かれていて、熱い議論が展開されていると報じられています。

   また、新卒時の就活が上手くいかず、大学卒業と同時に「専業子ども」になることを余儀なくされる若者もいれば、激務に疲れ果て、せっかくみつけた「full-time job」(フルタイムの定職)を捨てて「子ども」に戻る選択をする人が多いことも、「専業子ども」の増加に拍車をかけているようです。

   多くのメディアが指摘していますが、中国では20代30代の若手ビジネスパーソンを中心に「burnt out」(燃え尽き症候群)が広がっています。もともと、若手の職場環境が厳しいことで知られていましたが、コロナ禍前には「朝の9時から夜の9時まで週6日働く」、いわゆる「996問題」が社会問題化したこともありました。

   IT企業のプログラマーたちが、「1日12時間労働、休みは週1日」という劣悪な環境を告発する自主サイトを立ち上げたところ、中国を代表するカリスマ経営者たちが「若いうちは、がむしゃらに仕事に打ち込むことも必要だ」といった「996擁護論」を語り、批判が殺到して「炎上」したのです。

   コロナ禍を経て、「がむしゃらに働いて成功する」ことを目指した旧世代の「成功モデル」を受け入れない若者が増えていることが、「専業子ども」現象を後押ししていることは間違いありません。

   「full times stressful」(常にストレスいっぱい)で働いて成功するよりも、実家に帰って子どもに戻る方が人間らしい生活ができるのでしょうか。英BBCは、1日に16時間勤務をしていた北京でのゲームクリエイター職を捨てて、「子ども」に戻る選択をした29歳女性のことを紹介しています。

   「walking corpse」(歩く死骸)のように働いていた都会のエリート職よりも、田舎で両親のために食事を作ったり、掃除をしたり、買い物をしたりする生き方の方が、より人間らしいのかもしれません。

   でも、報道を見る限り、年金暮らしの両親が「わずかばかりのお給料」を払ったり、なかには「お給料」を受け取らずに「無給」で「子ども業」に専念したりと、「専業子ども」は決して優雅な「職業」ではないようです。

   それでも、ストレスを抱えて働くより、「すねかじり」と非難されても親と一緒に豊かな気持ちで生きる道を選ぶとは...。チャイナドリームの価値観が大きく変わっていることが伝わってきます。

「子ども業」をしながら就活 海外メディアが指摘する「世の中そんなに甘くない」?

   英BBCによると、現在「専業子ども」を選択している若者の多くは、「stay at home only temporarily」(一時的に実家にいるだけ)と捉えているようです。

   就活中の新卒者や、職を辞めた人がより良い職を見つけるまでの「リラックス期間」であって、天職として「子ども業」を選んでいる人は少ないと伝える一方で、「世の中そんなに甘くない」と厳しい現実を指摘しています。

   背景にあるのは、急激に悪化している雇用状況です。高学歴の若者の就活が厳しくなっているのは、景気後退による一時的な現象というよりも、中国政府の政策が産んだ構造的な問題だと多くのメディアが指摘しています。

   1つ目の要因は、政府が推進した高学歴化で大学卒業生らが増えていることです。大学などの高等教育機関の卒業者は、2022年に初めて1000万人を超えて1076万人となりましたが、2023年はさらに増えて史上最多となる1158万人になる見込みだと報じられています。

   コロナ前の19年は820万人程度でしたから、わずか4年で約4割も増えることになります。高学歴者が増えることでエリートの価値が下がってしまったのでしょう。

   2つ目の要因は、IT業界、教育、不動産といった、大卒エリートの受け皿になっていた業種が政府の規制強化で業績が悪化。採用拡大どころか採用人数を減らす動きにつながり、需要と供給のバランスが崩れて完全な「買い手市場」になっています。

   中国といえば、過酷な受験競争を勝ち抜いた「エリート集団」が国家や経済を支えているイメージが強烈です。とりわけ「一人っ子政策」を推進するなかで、学歴を身につけて官庁や有名企業に就職することが、チャイナドリームの根底だったはずです。

   メディアでは、幼少期から常にトップの成績で、超難関の一流大学を卒業したエリートでさえ、「採用面接に落ちまくっている」という現実を伝えています。

   「学歴社会」の批判を浴びながらも、徹底した「実力主義」で急速な発展を遂げてきた中国。「学歴社会」を勝ち抜いてきたはずの「勝者」が「専業子ども」にならざるを得ないという新しい社会現象が、どういった未来をもたらすのでしょうか。

   14億人を超える世界最大国で生まれた現象は、前例のない新しい世界の幕開けになるのかもしれません。

   それでは、「今週のニュースな英語」「full time」(フルタイム)を使ったワードをご紹介します。逆の意味を表す「part time」(パートタイム:非常勤)とセットで覚えておくと便利です。

I have a full-time job
(私は正社員として働いている)

She has a part-time job
(彼女は、パートで働いている)

I am a full-time professor
(私は常勤の教員です)

I am a part-time professor
(私は非常勤の教員です)

   米国や英国でも、景気悪化に伴い若手エリートの就職活動が厳しくなっていると報じられていますが(ぜひ前回記事もご覧ください)、中国の場合は「構造的」な現象であることが事態をより深刻にしています。

   今後は、高学歴ブルーワーカーが増えるのか、それとも「フルタイム子ども」が新たなポジションを確立するのでしょうか。「買い手市場」の波が広がるなか、新しい価値観とのせめぎあいはしばらく続きそうです。(井津川倫子)