「前川孝雄の『上司力(R)』トレーニング~ケーススタディで考える現場マネジメントのコツ」では、現場で起こるさまざまなケースを取り上げながら、「上司力を鍛える」テクニック、スキルについて解説していきます。
今回の「CASE33」では、「今さら昭和おじさんに学ぶことなんて、あるんですか?」と公言する若手部下の育成に悩むケースを取り上げます。
「価値観の押し付けが息苦しくて...今さら先輩に学ぶことなんて、あるんですか?!」
【A課長】こんど君の所に異動してきた若手の発言、社内でずいぶん話題になってるぞ! いったい何があったんだ?
【B課長(同期の同僚)】そうか? 実は、本人から相談があって面談をしたんだ。どうやら最古参のベテラン社員にアドバイスされたが、価値観や仕事への考え方に違和感を持ったらしい。
【A課長】なんだ...そんな世代間ギャップはよくある話だな。僕も若手の頃には何度も感じたよ。
【B課長】そうだろう。だから「世代の違う先輩やお客様とのやり取りで少々違和感があっても、すぐに心を閉じず、相手から素直に学ぶ姿勢も大切だ」と諭したんだ。
そうしたら「でも、いまは令和なのに昭和を押し付けられるようで息苦しいです。それに、だいたいこのVUCA(ブーカ)の時代。今さら昭和おじさんに学ぶことなんて、本当にあるんですか?!」と、つい本人も声高になってさ。近くで打ち合わせていた他部署のメンバーも驚いてた。それで、うわさが広がったんだろう。
【A課長】そうだったのか。ベテランの先輩のほうも凹んだだろう。面倒見のいい人だからな。それにしても、その若手ももう少し謙虚にならないといけないな...。
【B課長】そうそう。だからね、ひとつ宿題を出しといた。「ブーカ、ブーカと言うが、じゃあ君はブースカ知ってるのか?」ってね。そしたら驚いてキョトンとしてるから「温故知新だよ。君も知らないことがまだまだ多い。いろいろと先人からも学ぶといい!」とアドバイスしておいた。
【A課長】あーそれだ! 社内では君のこと「ブースカ課長」だって、大ごとになってるぞ~。
「人と情報に学ぶ力」に留意する
CASEのやりとりは、ややディフォルメが過ぎたかもしれませんが、何が正解かわからないVUCAの時代ゆえに、ますます多世代間を含め立場や価値観の異なるメンバー間での対話や学び合いが大切ですね。
連載前号(CASE32)では、「経験に学ぶ力」を取り上げました。今回はこれとも関連する「人と情報に学ぶ力」に着目します。
まず「人に学ぶ」ことは、経験に学ぶ一環と捉えてよいでしょう。職場の内外を問わず経験の多くは、人と接する経験や人と共に行う経験です。上司や先輩の支援を受けながら協力して仕事を進めたり、お客様に対処したりするなど、日々の経験の多くは「人に学ぶ」ことでもあります。
人との関係づくりの基本としては、伝わりやすい話し方や相手の話をしっかり聞く姿勢、傾聴力、適切な報連相などのコミュニケーション力が不可欠です。よって、これらを養うことがまず第一といえるでしょう。そのうえで、より成長するために、ぜひ「人に学ぶ力」を身に着け磨いてほしいものです。
また、いかに「情報に学ぶ」かは、情報が溢れる今日こそ留意したい点です。こと若手世代はデジタルネイティブとして、インターネット検索での高い情報収集能力をもっています。生成AIが作る知恵の領域にも親和性があるでしょう。
しかし、ネット上に溢れる膨大な情報の真偽を見極め、どのような情報源からいかに学ぶべきか見定めることは難しいものです。今日は、見たくない情報から遮断され、見たい情報しか見えなくなるフィルターバブルという状況に陥ることもあります。
そこで、「情報に学ぶ」ことと「経験や人に学ぶ」ことを関連付け、若手社員が情報の偏りや視野狭窄に陥らないようアドバイスすることも必要になります。「情報に学ぶ力」についても理解・共有する支援を進めましょう。
以下では、特に若手社員の育成を念頭に、「人に学ぶ力」を身に着けさせるうえでの支援のポイントを押さえていきましょう。
「居心地の悪さ」は学びの出発点であることを伝える
人は異質の価値観や世界観とぶつかることによって気づきが生まれ、新たに開眼することで成長していくものです。多様性の中に身を置くと、あちこちにゴツゴツとぶつかり居心地が悪いものですが、それが刺激となって気づきが生まれるのです。
ただし、ことに新入社員は、学生時代まで同一の価値観や同世代の仲間と過ごしてきた傾向があります。したがって、新しい職場に居ること自体居心地が悪く、異質とのぶつかり合いの連続だと感じているかもしれません。上司・先輩やお客様と向き合うと、自分の考え方や価値観が通用せず、違和感や居心地の悪さを感じることも多いでしょう。
しかし、その居心地の悪い状態こそが、実は学びの始まりでもあるのです。
人はどうしてもコンフォートゾーン(居心地のいい場所)に居たくなりますが、それでは成長できません。もちろん、ハラスメント被害に至る状態を我慢する必要はありませんが、居心地の悪い職場は、自分より社会経験のある「人に学ぶ」チャンスでもあるのです。
職場でのコミュニケーションに躊躇したり、悩んでいたりする若手社員に対しては、その状態自体が成長の兆しであることを伝えましょう。
人に関心を持てるように誘導する
人から学ぶためには、いかに相手に関心が持てるかが大事です。そして、上司や先輩に一歩踏み込み、「教えてください」と言えるかどうかです。
そこで、上司や先輩は、自分も含め職場の先輩たちの特性や耳より情報を新入社員に伝えることもよいでしょう。「〇〇さんは、〇〇の分野にとても詳しいよ」「〇〇さんは、〇〇の仕事に実績があって、何でもよく教えてくれるよ」といった内容です。さらに、インフォーマルな話題で趣味について紹介することもよいでしょう。
そのことで相手に興味・関心や親近感を持ち、「話を訊いてみよう」「教えてもらおう」と思えるように導くのです。先輩としても、後輩から敬意と熱意をもって「教えてください」と言われることで、悪い気はしません。自分の経験に対する承認にもつながり、決して迷惑ではないはずです。
では、効果的に人から学ぶためには、さらにどのようなポイントがあるのか。<「今さら昭和おじさんに学ぶことなんて、あるんですか?」と公言する若手部下...どう育てる?【上司力を鍛えるケーススタディ CASE33後編)】(前川孝雄)>で解説していきましょう。
※「上司力」マネジメントの考え方と実践手法についてより詳しく知りたい方は、拙著『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)をご参照ください。
※「上司力」は株式会社FeelWorksの登録商標です。
【プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお)
株式会社FeelWorks代表取締役
青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授
人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業FeelWorksを創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ パワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、一般社団法人 企業研究会 研究協力委員、一般社団法人 ウーマンエンパワー協会 理事なども兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『コロナ氷河期』(扶桑社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、『本物の上司力~「役割」に徹すればマネジメントはうまくいく』(大和出版)、『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks)、『50歳からの人生が変わる 痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所)等30冊以上。最新刊は『部下全員が活躍する上司力 5つのステップ』(FeelWorks、2023年3月)。