コロナ禍も明けて、企業の採用意欲が高まっている。大卒求人倍率も、コロナ禍前の水準に戻ってきた。
就活生にはチャンスで企業を選びやすい状況だが、こと企業にとっては頭を抱える事態になっているらしい。
「今年は大卒求人倍率が高いのに、応募者数は少ない――人が集まらない、という課題を抱える企業が増えている」
そう話すのは、採用コンサルタントとして活躍する、シナリオ・プランニング株式会社・代表取締役の大塚教平(おおつか・きょうへい)さんだ。
では、採用に苦戦するなか、どうしたら「いい人材」を採用できるのか? 大塚さんに話を聞いた。
「省エネ就活」がトレンドに 情報収集はSNS、口コミで
――大塚さんは、採用コンサルタントとして15年近く、業種や規模を問わず200社以上の企業の採用支援に携わってきました。今年(2023年)はコロナ禍も明けましたが、あらためて企業と新卒採用を取り巻く状況について教えてください。
大塚教平さん 今年、つまり2024年卒就活生の傾向として、たとえばリクルートの調べでは大卒・大学院生対象の大卒求人倍率が1.71倍と、明確な売り手市場でした。就活生にとっては、企業選びで選択肢が増え、メリットが大きかったと思います。
一方で、私が採用支援に携わるなかで、企業側からは例年と比べて大幅に応募者数が少ない――人が集まらない、という声がよく聞かれました。肌感として、これほど集まらないのは、私がこの仕事にかかわって始めてのことでした(ちなみに、中途採用でも人が集まらない、という話をよく聞きます)。
――それは、なぜでしょうか。就職活動の仕方にも変化があったのでしょうか。
大塚さん 状況を整理すると、学生(就活生)数は前年とほぼ変わらないなかで、採用したい企業数は増えているが、企業への応募が減っている......このことから、就活生は応募の段階で、選考を進めたい企業をかなり絞り込んでいる、といえると思います。
しかも、最近は「省エネ就活」がトレンド。「省エネ就活」とはどちらかといえば仕事への意欲が薄く、就活も早く終わらせたい。そのため、ネット検索で済ませ、リアルな企業情報はあまり調べない――そんな就活の進め方です。
――そのあたりの事情について、詳しく教えてください。
大塚さん たとえば少し前...そうですね、5~10年前くらいでしたら、興味を持った企業は、企業説明会だけでも参加して、少なくとも30社くらいは見てまわってから、選考に臨むことが多かったように思います。ところが「省エネ就活」では、企業説明会への参加も少なく、15社くらいしかエントリーしない、とも言われていますね。
――ムダなことは極力しない...それで「省エネ就活」なのですね。
大塚さん 「省エネ就活」では、ムダを減らすために、ネット上の口コミが重視され、企業のSNSなどもよくチェックされる傾向があります。それは、おそらくコロナ禍によって、人と会うことが制限されたことが影響したかもしれません。現地に足を運ぶことがなかなかできず、ネットで検索することが当たり前になってしまった。家にいてもいまや、スマホひとつで情報収集できますから。
――世代的にも、デジタルネイティブです。
大塚さん ええ。会社選びにおいても口コミから判断して、「この会社は大丈夫そうだから(極端なことを言ってしまうと、ブラック企業ではなさそうだから)、エントリーしよう」となる。すると、選考中に「あわない会社だ」と気づいて方針転換するという、"ムダ"はなくなるでしょう。また、口コミのいい会社は多くの場合、対外的に「いい会社」であることに間違いはなく、企業選びとして失敗ではないだろうと思います。
ところが、はたしてその会社は、本人にとって「いい会社」なのでしょうか?
御社は、「選ばれる会社」ですか? どんな「働き方」を大事にしていますか?
――「省エネ就活」のあまり、進みたい業界の会社を比較したり、やってみたい仕事をそれほどよく調べたりしなかったり......。自分にとって「いい会社」なのかをよく考えなければ、口コミによる表面的な見方をしてしまいそうです。
大塚さん そうなんです。しかも、そうして入社した場合、早期の離職にもつながりやすい、という問題も生じています。「この会社がいい」というものがなく入社してしまうので、「何か思っていたのと違うな」とすぐに辞めてしまう。これはいま、採用にかかわる関係者の悩みの種となっています。
先日のパーソルキャリアの発表によると、転職サイトの「doda」に登録した入社直後の新社会人が、調査を始めた2011年以降で過去最多を更新した。2011年比では約30倍にまで増加したと話題になっていました。こうした事象もまた、口コミを重視した「省エネ就活」によって起きている、ととらえられるかもしれませんね。
――「3年で辞める若者」と言われたのも、いまや昔という......。
大塚さん 就職する会社に対して、帰属意識を持っていないことが問題です。では、なぜ持てないのか――。それは、企業側に責任があると思います。真の意味で「選ばれる会社」になっていないからではないでしょうか。
就活サイトには数万社の求人があり、業種を絞ったとしても、大手から中小まで数千社がひしめいています。似たような会社がたくさんあるとも言えるなかで、就活生が入社したい1社になるには、やはり「選ばれる理由」が大事だと、私は考えています。
――では、「選ばれる企業」になるには、どうしたらいいでしょうか。
大塚さん まずは、会社として大切にしたい価値観=存在意義をあらためて明確にする。とくに「働き方」の観点で、どんな会社でありたいか、ビジョンをよく考えていただきたいと思います。それにリンクする社内の施策(制度)を整えるべきでしょう。
そして、会社のビジョンのもと、なぜその制度が存在するのかというストーリーを描いて伝えられると、ベストですね。就活生から「共感」が得られて、「選ばれる会社」になっていくと思います。
――たしかに、Z世代にとって「共感」はキーワードです。
大塚さん まだまだ伝えきれていない会社は多いと思います。そして、こうしたビジョンや、それにリンクする制度を整えていくには、自社を「客観視」することが大事。しかしながら、企業も人も、なかなか客観視できないものです。
そこで私のような採用コンサルタントが、企業目線、就活生目線の双方の見方から、両者をつなげるにはどうしたらいいか、というお話をさせていただくんですけれども...と、ちゃっかりアピールになってしまいましたね(笑)。
「日本一社員を甘やかす会社」を目指して いろんな福利厚生・制度が160個以上!
――実は、自社らしい「働き方」にポリシーを持ち、そのための制度も整えられているのが、大塚さん率いるシナリオ・プランニングです。ユニークな仕組みがあるそうで、ぜひ教えてください。
大塚さん 社内制度として、ビュッフェ形式で自分が好きな「福利厚生や制度」を選んで利用できるようにしています。その数なんと、160個以上。今後もどんどん増やしたいと思っています。
――えっ、160個以上も! そうした制度設計にしたきっかけや理由とは?
大塚さん これは言うまでもなく、いろんな社員が在籍していて、それぞれに個性がありますよね。「働き方」に関しても、プレッシャーのある環境の方が頑張れる人もいれば、反対に、できればプレッシャーはない方がいいという人もいます。
であれば、福利厚生の本質を考えたとき、会社としては社員のみなさんがパフォーマンスを発揮するのをフォローすればいいのではないか、と発想を変えました。そこで、好きなモノを選んでもらって、自分でパフォーマンスを発揮できる環境をつくる、ということにしたのです。
――柔軟な考え方をされていますね。
大塚さん まわりからは社員を甘やかしすぎと言われているので、いっそのこと、それをキャッチコピーにしてしまおうと、当社では「日本一社員を甘やかす会社」を掲げました。一見甘やかされているけども、社員が活躍する合理的な仕組みがあり、高い生産性を実現している組織だと自負しています。怠けていそうなのに仕事ができるなんて、カッコいいと思いませんか(笑)。
――さきほどおっしゃっていた、会社として目指したい「働き方」にあわせた制度設計を実践されているわけですね。
大塚さん 僭越ながら、今年はじめて新卒採用の募集をかけ、就職サイトに掲載したところ(これまでは経験者採用が中心でした)、PVのランキングが上位で手ごたえを感じました。今後も「選ばれる会社」でありたいですし、社員のみなさんが気持ちよくパフォーマンスを発揮し、生産性が上がるよう、サポートしていきたいと思います。
――ところで、たとえばどんな福利厚生や制度があるのでしょうか。
大塚さん 複数のカテゴリーから構成されています。(1)女性活躍推進制度の「Lプラ(lady planning)パッケージ」、(2)生産性向上/スキルアップ支援の「SプラLab」、(3)休暇制度の「Sプラ休暇」......まだまだあって長くなってしまうので、ここまでとしておきましょう(笑)。それぞれのカテゴリーにはいくつもの手当てなどを設けています。
たとえば、働きやすさを追求するものが多数ある「Lプラ」には、モチベーションアップのための「Lプラネイル補助制度」(3000円補助/上限月1回)などがあります。女性はキレイな爪でモチベーションが変わってくるもの。"あがる"環境下で働いてもらって、パフォーマンスを発揮してほしい、というわけです。
――また、シナリオ・プランニングでは、「女性活躍」にはとくに力を入れています。
大塚さん 「女性活躍」は、今後の労働人口が減少するトレンドを考えたら、重要なカギだと思います。しかし、産休・育休を経て、キャリアコースからはずれてしまう「マミートラック」は根強い課題です。
仕事復帰後、周囲の同期が役職についていたりすると、少なからず人と比べて「差」を感じてしまいますし、役職という「席」ももうないし...と仕事への意欲にも影響してしまいます。
そこで当社では、仕事復帰後、自動的に昇給する仕組みも取り入れました。これはぜひ多くの企業で導入してもらいたいですね。企業は復帰後の女性に対してウェルカムである、という風潮にならなければ、「女性活躍」はままならないと思います。
――こうしたモチベーションを刺激する制度があれば、仕事の生産性も高まりそうです。
大塚さん まさに、おっしゃるとおりです。ですので、このビュッフェ形式の福利厚生や制度によって生産性の高い組織を実現させて、そのモデルケースとなったらうれしい。真似る会社が出てきて、世の中のワークスタイルの常識が変わったらいいですね。
日本のGDP(国内総生産)はマイナス成長で、生産性の低さは言われ続けています。この先の労働人口の減少を思えば、仕事の生産性向上は欠かせないテーマ。働き方が変わることで、企業が、ひいては日本が変わっていくはずだ、と私は信じています。そのきっかけをつくれたら、という思いがあります。
――すばらしいですね。
大塚さん ちなみに、私の夢としては、自社の福利厚生や制度の数を増やすばかりでなく、それを管理する担当役員(執行役員)も任命できたらと考えています。
どんな仕事をするかというと、食べ物にたとえながら説明しましょうか。担当役員が『あなたはこのスイーツ(=福利厚生・制度)ばかりとっているから、たまにはこっちの野菜(=別の福利厚生・制度)もとって、健康管理(=パフォーマンス管理)をしましょう』みたいな会話をしてですね、社員を気遣うコンシェルジュ役となるのです。このアイデア、どうでしょう? 会社を大きくして、ぜひとも実現させたいですね。
――「求人に応募が集まらない」という話題に始まって、採用に関する課題、それから「選ばれる会社づくり」など、多岐にわたるお話をありがとうございました。