戸籍上は男性だが、女性として暮すトランスジェンダーの経済産業省の職員が、省内の女性トイレの使用を制限されていた問題で、最高裁は2023年7月11日、国の制限は違法だとする画期的な判決を言い渡した。
この判決で、官公庁はもちろん、民間企業でも性的マイノリティーの人々の働きやすさ促進が注目されることは間違いない。職場ではどう対応したらよいのか。
こうしたなか、マーケティングリサーチの「アスマーク」(東京都渋谷区)と、性的マイノリティーをはじめ、働きづらさを感じている人々が「明るく、自分らしく働ける」ための応援をする会社「アカルク」(大阪市北区)が2023年7月5日、「職場におけるLGBTQ+実態調査」を発表した。就労者の約10人に1人が性的マイノリティー(LGBTQ+)に該当するという。
パワハラにあたる「SOGIハラ」と「アウティング」
まず、言葉の説明から入ろう。「LGBTQ+(プラス)」とは、性的マイノリティーの総称のひとつだ。
以下の頭文字から取られている。L(レズビアン、女性同性愛者)、G(ゲイ、男性同性愛者)、B(両性愛者、バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー、出生時の性と性自認が異なる)、Q(クイア、クエスチョニング、自分の性について特定の枠に属さない人、自分でも分からない人)、+(その他多様な性的マイノリティー)。
また、異性愛者も含め、皆が持っている性的指向や性自認のことを「SOGI」(ソジ、ソギ)と呼ぶ。これは性的指向(どの性を好きになるか、Sexual Orientation)と、性自認(自身の性をどう認識しているか、Gender Identity)の頭文字をとったものだ。
職場で問題になるのは、「SOGIハラスメント」(通称SOGIハラ、ソジハラ)だ。性的指向・性自認に関連した差別的な言動・嫌がらせ行為を指す。たとえば、「ホモ、おかま、おなべ」などのからかいや、「男の癖に」「女の癖に」といった決めつけが当事者たちを傷つける。
もう1つ問題になるのが、「アウティング」(outing)だ。本人の同意なく、性的指向や性自認を周囲に暴露することだ。この「SOGIハラ」と「アウティング」は、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の指針の中でも、パワハラ(精神的な攻撃、個の侵害)にあたると明記されている。
職場の「SOGIハラ」「アウティング」、6割超が「だれにも相談していない」
全国の20歳~64歳の就労している男女1万人を対象にした今回の調査では、まず、セクシャリティについて聞いた。「出生時の性」(男性、あるいは女性)と、性自認(自分が認識している性)が一致する異性愛者を「シスヘテロ」と呼ぶ。
たとえば、生まれた時は男の赤ちゃんで、現在も「自分は男だ」と思っており、恋愛の対象は女性だという人は「シスヘテロ男性」になる。そして、「シスヘテロ」に該当しない人を広く「LGBTQ+」(性的マイノリティー)とした。
すると、全体の86.8%が「シスヘテロ」で、13.2%が「LGBTQ+」だった【図表1】。約10人に1人以上という結果だが、調査元によると、単純に日本全体がこうだとあてはめられないという。まだ、自分の心の中でも表面化されず、認識できていない人もいるし、また、悩みを抱えてアンケートに答えられない人もいるからだ。
続いて、職場で「SOGIハラ」や「アウティング」を受けたことがあるか、また、自分は被害にあわなくても、見聞きしたことがあるかと聞いた。すると、現在、過去を合わせると8.2%が「SOGIハラ」の被害を受けたことがあると回答。特に、トランスジェンダーの人の被害経験率は25.9%と突出して多く、全体を大きく上回っている【図表2】。
「アウティング」についても、現在・過去を合わせ4.4%が被害を受けている。「SOGIハラ」と同様にトランスジェンダーの人が17.3%と、一番被害経験が高い傾向となった【再び図表2】。
一方、14.2%が職場で「SOGIハラ」を見聞きしたことがあると答えた。ここでもトランスジェンダーの人の見聞きした経験は27.3%と一番高い。「アウティング」の見聞きでも、全体では8.4%だが、トランスジェンダーの人は2倍の17.3%に達している【再び図表2】。
職場で「SOGIハラ」や「アウティング」をされた時、だれかに被害の相談をしているのだろうか。約6割(60.5%)が「だれにも相談していない」と答えた。特に、トランスジェンダーの人では、外部の相談窓口や労働組合への相談率が全体と比べて高いのが特徴だ。ただし、全体的に上司への相談率が低く、友人や家族に相談する傾向がみられる【図表3】。
加害者は誰? 同僚、先輩、直属の上司...それぞれ3割強の結果に
こうしたデリケートな問題では、上司はあまりあてにならないということだろうか。その謎は、次の質問項目をみると解けてくるようだ。
職場で「SOGIハラ」や「アウティング」があった時、「加害者はだれか」と聞くと、同僚(35.4%)、先輩(35.3%)、直属の上司(30.9%)など社内でもっとも近しい存在からの被害が多く、いずれも3割を超える【図表4】。
特に、トランスジェンダーの人では、直属の上司からの被害が4割(44.2%)を超え、シスヘテロの人やLGBの人たちと比べて10ポイント以上も高い結果となっている【再び図表4】。これでは、上司に訴えるのは難しいだろう。
では、実際に「SOGIハラ」や「アウティング」をされるときは、どんな内容なのだろうか。被害にあったり、見聞きしたりした内容を聞くと(複数選択可)、「女らしさ・男らしさを要求する発言」(54.9%)が最も多く、次いで「容姿や外見に言及する発言」(41.9%)、「性的な冗談」(32.7%)までが3割を超えた。
LGBの人では「同性愛やトランスジェンダーをネタにした冗談、からかい」(22.6%)が多く、トランスジェンダーの人では「自分の性のあり方やパートナー関係についてからかわれたり、侮辱的な発言されたり」(27.9%)がずば抜けて多かった。
フリーコメントで被害を聞くと、こんなケースが寄せられた。
「下ネタを強要される」
「女は素直に自分の言うことを聞くべき、といわんばかりの態度」
「母親のくせに、母親なのだから、と言われた」
「生理についてバカにした発言をされた」
「男らしくないと言われた」
こういった案配だ。
職場での対策...トランスジェンダーの人の期待に「採用面」「服装規定や髪型」など
では、こうしたハラスメントを防ぐために、職場でどんな対策をとったらよいだろうか(複数選択可)。
「差別禁止の明文化」(25.4%)、「相談窓口の設置」(24.2%)、「トイレや更衣室など施設利用上の配慮」(24.0%)、「研修の実施」(20.4%)が希望する4本柱で2割を超えた【図表5】。
興味深いのは、トランスジェンダーの人では、これらの取り組みへの期待は低く、むしろも「採用面における配慮」(18.0%)、「服装規定や髪型についての配慮」(18.7%)、「福利厚生での同性パートナーの配偶者扱い」(15.8%)といった取り組みに対するスコアが高かったことだ。
いつもこうしたことで、厳しい差別の現実に直面しているからだろうか。
調査は、2023年4月18日~24日、全国の20歳~64歳の就労する男女1万人からインターネットを通じてアンケートを行なった。(福田和郎)