「年収1億円」といえば一般社員にとって羨望の的だが、「役員報酬1億円」という額は日本企業の実力を考えると、多いのか、少ないのか?
上場企業で1億円以上の報酬を得ている役員が717人(316社)いることが、東京商工リサーチが2023年7月3日に発表した「2023年3月期決算 上場企業『役員報酬1億円以上開示企業』調査」で明らかになった。
調査を始めた2010年以降で最多を記録したが、欧米の役員報酬額に比べると、情けないほど少ない。2021年には米アップル社のクックCEOが「825億円のボーナス」を全額寄付して話題になった。ニッポン企業トップの報酬事情を探ると――。
トヨタ豊田章男氏9億9900万円、惜しくも10億の大台に届かず
東京商工リサーチによると、6月30日までに2023年3月決算の有価証券報告書を提出した上場企業は2342社だった。このうち、役員報酬1億円以上の開示は316社(前年289社)、人数は717人(同667人)で、社数・人数とも有価証券報告書での開示が義務付けられた2010年3月期以降で最多を記録した。
コロナ禍から経済活動が本格的に動き出し、円安も追い風となり、輸出企業を中心とした好業績を反映したかたちだ。また、役員報酬が業績連動だけでなく、株式報酬などの報酬体系も定着し高額化が進んだ。
役員報酬トップは、Zホールディングスの慎ジュンホ社長の48億6700万円で、前年に続き2年連続でトップを維持した。慎ジュンホ氏は連結子会社LINEの取締役も務めており、LINEからのストックオプション44億9900万円など45億6700万円に加え、Zホールディングスから2億400万円、LINE Plus Corporationから9600万円を得た【図表1】。
2位にソニーグループの吉田憲一郎会長の20億8300万円、3位に武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長の17億2300万円、4位にグローバルに展開するヘルスケア企業、PHCホールディングスのジョン・マロッタ元取締役の16億5400万円、5位に電気機器メーカー、東京エレクトロンの河合利樹社長の14億2000万円がランクインした【再び図表1】。
報酬額10億円以上は7人で、8位のトヨタ自動車の豊田章男会長は9億9900万円と、惜しくも大台に届かなかった。
また、個別企業では開示人数の最多は日立製作所の20人(前年18人)で、歴代5番目の多さ。開示人数が20人以上は2019年の三菱電機(21人)以来4年ぶりだ【図表2】。
次いで、伊藤忠商事14人(同6人)、三菱重工業10人(同2人)と、上位は大幅に開示人数が増えた。伊藤忠商事は、前年は取締役6人だったが、2023年は取締役6人のほか、執行役員8人も開示対象となった。三菱重工業も前年は取締役2人だったが、2023年は取締役4人のほか、執行役員6人が開示対象となった。
このほか、9人は三菱UFJファイナンシャル・グループ(同13人)、三井物産(同9人)、野村ホールディングス(同7人)の3社。8人は三井不動産(同8人)、ソニーグループ(同6人)の2社。上位には総合商社、金融、電機メーカーなどが並んだ【図表2】。
米国経営者の報酬は日本の14倍、英・独・仏も4.8倍
ところで、日本企業の経営トップ層の報酬額は欧米に比べると格段に低い。
たとえば、世界最大級の会計会社「デロイト トーマツ グループ」が2022年6月に発表した「2021年度 日・米・欧の社長・CEO報酬水準比較」によると、日本のTOPIX100銘柄で、かつ売上1兆円以上のトップ企業17社の社長・CEOの報酬総額の中央値は、1.3億円だった。
これに対して、米国の売上1兆円以上のトップ企業284社の中央値は17.9億円で、日本の約14倍だ。欧州と比べても、英国の同43社は5.5億円(日本の4.2倍)、ドイツの同30社は7.0億円(日本の5.4倍)、フランスの同34社は6.3億円(日本の4.8倍)となり、欧州3か国平均と日本の格差は4.8倍に及んだ。【図表3】
日本の役員は報酬額が少ないだけではない。【図表3】を見るとわかるが、「固定報酬」の割合が高く53%も占めている。しかし、英国、ドイツ、フランスでは20~30%台だ。米国に至ってはわずか8%。残りは出来高払いの成功報酬(短期・中長期インセンティブ)だ。「成果」を上げないと、トンデモない収入減につながるばかりか、株主から追い出される厳しい世界なのだ。
日本企業トップの3大特徴「生え抜き」「ジイサン」「ニッポン人」
こうしたことから政府内に、「ぬるま湯」的な経営陣に「カツ」を入れ、日本経済を活性化させるために、企業トップの報酬を思い切って引き上げ、欧米のように「成果」に応じた「変動制」を導入すべきだという意見が起こっている。
2021年8月、当時の西村康稔経済財政再生相が、ベンチャー企業の経営者ら私的なブレーンを集めて「企業組織の変革に関する研究会」を立ち上げた。
その動きを、J-CAST 会社ウォッチ編集部では2021年8月24日付で、「『生え抜き』『ジイサン』『ニッポン人』...日本企業トップの恥ずかしい現実を政府報告書が暴露した狙いは?」という記事で紹介した。
西村氏らの「研究会」はその後、内閣府の公式サイトに「プライム市場時代の新しい企業組織の創出に向けて~生え抜き主義からダイバーシティ登用主義への変革~」という報告書を公開している。
報告書では、ニッポン企業トップの3大特徴を「生え抜き」「高齢者(ジイサン)」「ニッポン人」ととらえて、次のように分析した。
「日本企業の失敗事例を見ると、ほとんどは経営者の『無能力』が原因であり、経営者は圧倒的に生え抜きの男性が多く、多様性が乏しい。一度でも転職すると経営者になれないし、経営経験が乏しく、スキルもない人物が社内の政治力学によってトップについている。
成果が出ない場合は任期が到来していなくても辞めればよいのに、辞めさせられない。(欧米のようにあちこちの企業を渡り歩く)『プロの経営者』を活用すべきだ」
そして、こう提案している。
(1)単年度主義ではなく、長期の業績との関係をしっかり見る。そのためには経営者の情報をすべてオープンに開示する。成果をあげられない経営者はすぐに退場させ、成果をあげている経営者には長く続けてもらってもよい。
(2)本人の努力による業績向上か、それ以外の要因によるものか、業績を客観的に把握する指標や数式をつくる。
(3)たとえば、株価をいくら増加させたかではなく、同業他社と比較してどれだけ増加させたかなど、客観的に比較・検証できる評価制度が必要だ。
経営者に対する厳しい目が必要だ、強調したのだった。(福田和郎)