かつてはプラスチック製品のメーカーとして知られていたアイリスオーヤマが、いつの間にか家電のヒット商品を連発するようになっていた。
本書「アイリスオーヤマ 強さを生み出す5つの力」(日経BP)は、その秘密を日本経済新聞の担当記者が解き明かした本である。文句なしに面白い企業インサイドストーリーだ。
「アイリスオーヤマ 強さを生み出す5つの力」(村松進著)日経BP
アイリスオーヤマの大山健太郎会長は、1964年に大阪のプラスチック加工の町工場を引き継いだ。当時の従業員は5人。
その後、本社は宮城県の仙台市に移り、現在の従業員は6000人を超え、家電製品なども製造し、2022年12月期のグループ全体の売上高は7900億円、経常利益が365億円の大企業に成長した。
著者の村松進さんは、1994年に日本経済新聞社に入社、現在は日経産業新聞副編集長。2015年から日本経済新聞の仙台支局と東京本社でアイリスオーヤマを取材してきた。大山会長は自社を「仕組みで運営している会社」だと表現しているという。
村松さんは、仕組みの背景には「5つの力」があると考え、本書で順を追って解説している。
「運」を排除する仕組みで、社員を評価
1つ目は「人事の力」だ。それは「運」を排除する評価の仕組みだという。いったいどういうことか。
一般的に企業の人事考課は、社員が獲得した注文や担当する事業の売上高、研究開発の成功事例などの実績で決まる。
だが、同社ではその割合は、全体の3分の1にとどまる。残る3分の2は、上司や同僚など多くの社員がさまざまな視点で人材の価値を見極める「360度評価」。それと、事前に与えられた課題に沿って書く論文と、そのプレゼンテーションで決まるというのだ。
だから、同社の役員は2月、長期出張などの予定をほとんど入れることができないという。2週間にわたって部下が書いた「論文」を読み、人事考課をしなければならないからだ。
なぜ論文を重視するのか。大山会長は、「業績や実績だけで社員を評価してはいけない。そこには幸運や不運の要素もある」と社内で説いているという。
この考えに賛同するビジネスパーソンは多いだろう。ある拠点で勤める社員の営業成績が良かったとしても、その年に大きな取引があったことが原因かもしれない。他の場所にいれば成績は低かった可能性もある。いわゆる「配属ガチャ」だ。
そこで運の要素を排除して大山会長が編み出した評価手法が、「実績とプレゼンテーション、360度評価の合算」だ。
論文のテーマは、「事業計画を達成するために自分の部署は何をすべきか」といった具体的な内容から、「部下を育てるには何が必要か」など幅広い。各人の考え方のレベルを見極めるのが目的だ。そのプレゼンは役員や同僚の前で行う。「聴衆」である同僚たちも点数を付けるというから面白い。
評価結果が出れば、同じ役職の中で何位だったか、本人だけに伝達する。成績が下位10%の幹部社員には内密に「気づきカード」を出し、指導役の社員を付けて1対1で改善の手法を考えさせる。2年連続でカードが出れば降格となる。だが、翌年の考課が高ければ、再び昇格できる。