従来のマーケティング本は、用語を中心にした解説だったり、読み物として抽象的な内容だったりするものが少なくなかった。そのため、いざ自社で導入するにあたって、現場と乖離した内容のものが多く実践的ではなかった。ところが今回紹介する一冊は、かなり本格的なマーケティング書である。
『実施する順に解説!「マーケティング」実践講座』(弓削徹著)日本実業出版社
ガムはなぜ買われなくなった?
たとえば、国内のガム売上高は、2005年からの10年ほどで、半分以下に落ち込んだ。なぜ、これほど急速に市場規模が縮小してしまったのか? この傾向は、米国もあまり変わらなかった。ガムのライバル商品のグミは微増しているが、その影響は希少である。コロナが流行する前には半減していたので、マスクのせいとも言いきれない。著者の弓削さんは、次のように答える。
「正解は『スマホの普及でヒマつぶしの必要がなくなり、ガムが買われなくなった』ことが主原因と言われています。そのほかにも包み紙のゴミが出ること、ニオイケアをする喫煙者が減ったことなど複合的な要因はあります。しかしライバルが食品ではないことは意外ではないでしょうか」(弓削さん)
「このように、マーケティングは知識の積み上げでは解答が見つからなかったり、思いもよらない競合が現れる分野です。経験や幸運が必要だともいわれます。しかし、体系的な理論という土台も大切です。継続的な戦略なくしては実効性も生まれませんし周囲の説得もできません。企業内で進むビジネスプロセスは多岐に渡ります」(同)
先人の知恵である学術的な礎石のゲタを履かせてもらい、そのうえに経験や事例、データを乗せることで実践的なノウハウとすべきなのだと、弓削さんは続ける。
「あなたの会社にはこんな問題はないでしょうか。商品が売れていない/販路開拓ができていない/商品のウリがあやふや/キャッチコピーが定まらない。SNSを活用したい/新商品がどれくらい売れるか知りたい/ブランドをつくりたい......こうした『等身大の課題』を具体的に解決するツールとならないマーケティングなら不要です」(弓削さん)
「ハリウッドスターのフレッド・アステアは、新しく高価な服を買ったときは、まず服を壁にたたきつけ、誰が主人かを教え込んでからソデを通したそうです。そうしなければ高価な服に負けしてしまい、着こなせないことを彼は知っていました。マーケティングも同じです。まずは壁にたたきつけて、誰が主人かをはっきりさせなくてはいけません」(同)
常識と考えずに、柔軟に考える
筆者である私が、あるコンサル会社に勤務していたときのエピソードになる。当時、あるプロジェクトを進めていた。簡単に言えば、ピアノの販路開拓プロジェクト。日本のピアノ市場は、ヤマハとカワイで9割のシェアを占めている。しかし、それ以外にも日本には多くのピアノメーカーがあって、その多くが静岡県に集中していた。
その後、県から予算をつけてもらい、販路開拓プロジェクトを進めることとなった。想定された販売チャネルは、ホームセンター、通信販売、音楽大学等での実演販売、百貨店の4種類。しかし、実際に担当者と話をしていくと、当初想定されたチャネルは全滅となった。価格的な問題と、ピアノの大きさがクリアできないのである。
なんとか別のチャネルがないものか検討した結果、1つの可能性が浮かび上がる。それは、ショールーム販売。当時、大きなショールームを所有し、ピアノを置くことができて、価格的な問題をクリアできる場所は日本に1箇所しかなかった。数年前に経営権を巡る父娘の騒動で有名になったあの家具メーカーである。
さっそく電話をしたところ、前社長(当時は経営企画室長)とコンタクトが取れ、幸運にもすぐに社長(父親)と面会することができた。出された条件は、「ショールームを引き立てるデザインのピアノであればOK」というもの。さらに、ヤマハ、カワイといったメジャーよりも、特異なピアノに興味を持っていただいた。
おかげさまで、結果的に、新たなチャネル開拓の成功例として、社内外でも話題になった。マーケティングの理論を踏まえれば、成熟市場において大きくかさばるピアノの販路開拓など不可能に近かった。だが、それを常識と考えずに、柔軟に考えることでヒントが浮かんでくるのである。
本書はこのような実践的なヒントを導き出したい人にとって役立つことだろう。(尾藤克之)