トヨタ自動車が全固体電池を用いた次世代のバッテリー電気自動車(BEV)の市販を目指す新たな戦略を発表し、業界に波紋を広げている。
BEV開発でトヨタは、テスラはじめ米欧中の自動車メーカーに出遅れていると言われて久しい。だが、そのトヨタがライバルに先駆けて全固体電池を実用化すれば、世界でBEVのゲームチェンジャーとなる可能性がある。
かつてハイブリッドカー(HEV)で世界をリードしたような主導権を再びトヨタが握ることができるのか。
航続距離が飛躍的に伸びる「次世代電池」 トヨタ、2027~28年、BEVへの搭載目指す
トヨタは2023年6月13日、全固体電池BEVの発表をした。これに呼応するように、経済産業省は16日、トヨタのBEV用電池の開発と生産に最大約1200億円の補助金を出すと発表した。
トヨタの技術革新への期待は官民ともに大きく、経産省と「阿吽の呼吸」での発表とみていいだろう。
全固体電池は電解質に液体ではなく、固体物質を使う次世代電池だ。世界の自動車・電池メーカーが開発を急いでいる。特徴として、現行のリチウムイオン電池と比べて充電時間が短く、BEVの航続距離が飛躍的に伸びると期待されている。
しかし、耐久性(電池の寿命)やコストなど克服すべき課題が多く、実用化が容易でないのは間違いない。
トヨタは2020年8月から全固体電池を搭載した試作車で公道試験を行っており、これまでは「2020年代前半にHEVに採用する」と表明していた。これは全固体電池の耐久性に問題があるためで、BEVより容量の少ないHEVを先行発売し、BEV用に改良していく方針だった。
ところが今回、トヨタは「現在、量産に向けた工法を開発中で、2027~28年の実用化にチェレンジする」と、HEVではなく、BEVに搭載する方針を明らかにした。
「課題であった電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見したため、従来のHEVへの導入を見直し、期待の高まるBEV用電池として開発を加速する」という。
しかも、10分以下の急速充電で、1000キロ以上の航続距離を目指すというから、実現すればBEVの弱点を克服したゲームチェンジャーとなるのは間違いない。
各社が取り組む「全固体電池」 28年投入目指す日産 海外勢も開発を急ぐが、具体的な時期は未定
今回のトヨタの発表に、ライバルの自動車メーカーが大きな関心をもっているのは間違いない。
国内では日産自動車が2021年11月、「社内で全固体電池の開発に取り組んでおり、28年の市場投入を目指す。24年には横浜工場内にパイロット生産ラインを導入する」と表明している。トヨタが全固体電池を「27~28年に実用化」と発表したのは、もちろん日産を意識してのことだろう。
海外を見渡すと、独フォルクスワーゲン(VW)は「25年以降に搭載車を市販する」、仏伊米のステランティスは「全固体電池を26年までに開発する」などと表明しているが、実態としては具体的な時期は見通せない状況とみられる。
全固体電池はVWやステランティスだけでなく、独BMW、米フォード・モーターなども開発を進めている。もっとも、いずれも自社の技術だけでは対応できず、全固体電池のスタートアップと組み、共同開発しているのが実状だ。
そんな国内外のライバルとの開発競争の中で、トヨタが具体的に全固体電池の市販目標を明らかにした意味は大きい。トヨタはこれまで、全固体電池をめぐり1000以上の特許を取得するなど技術的優位性を誇示してきた。だが、BEVの市販時期まで言及したのは今回が初めてだ。
水素エンジンなど、トヨタの「全方位の脱炭素戦略」は変わらず
果たして、トヨタの全固体電池は本当に実現するのか。
大手メディアの報道を見ると、「トヨタ、27年にも全固体電池EV投入 充電10分1200キロ」(日本経済新聞6月13日電子版)などの見出しが目を引く。ところがトヨタの発表文を冷静に読むと、全固体電池は「実用化にチャレンジ」との表現にとどまっている。
今回の戦略を発表した技術説明会で、トヨタ幹部は「競合他社に打ち勝つスピードで商品を投入する」などと意気込みを語った。
注目の全固体電池の他にも、リン酸鉄系のリチウムイオン電池や水素エンジンなど、トヨタが得意とする「全方位の脱炭素戦略」を明らかにした。
もちろん、その中で最大の注目ポイントは全固体電池だが、「ここまで幅広く手の内を明かすのは危機感の裏返し」(業界関係者)との指摘もある。今回発表した最先端技術の実現に向け、トヨタの戦略の真価が問われる。(ジャーナリスト 岩城諒)