就職先や転職先、投資先を選ぶとき、会社の業績だけでなく従業員数や給与の増減も気になりませんか?
上場企業の財務諸表から社員の給与情報などをさぐる「のぞき見! となりの会社」。今回取り上げるのは、2023年3月28日に東証グロースに上場したArent(アレント)です。
Arentは2012年、現代表取締役副社長の佐海文隆氏を中心に、静岡県浜松市にソフトウェア受託開発会社として設立されました。2018年に現代表取締役社長の鴨林広軌氏が経営に参画し、複数代表制に。翌2019年には、鴨林氏が代表を務めていた会社を吸収合併します。
その後、2020年、千代田化工建設(東証スタンダード)と産業プラントの空間自動設計システムを開発する合弁会社(持分法適用会社)を設立。2021年には、日清紡ホールディングス(東証プライム)との共同出資でDX推進会社(連結子会社)を設立しています。
今期業績予想を上方修正 最終黒字を回復見込み
それではまず、Arentの近年の業績の推移を見てみましょう(2020年6月期以前は単体)。
Arentの売上高は2020年6月期に急増していますが、これは前述した千代田化工建設の案件の影響と見られます。2021年6月期の売上高は横ばいでしたが、日清紡HDの案件もあって2022年6月期には10億円の大台に乗せ、営業利益率24.0%を確保しています。
しかし営業外費用が嵩み、当期純損失は赤字となっています。最も大きい項目は「持分法による投資損失」で、2021年6月期は9798万円、2022年6月期は2億4269万円にまで膨れ上がっています。
なお、持分法による投資損失が計上されるのは、持分法適用関連会社の最終損益が赤字の場合です。
2023年6月期の第3四半期決算は、売上高が14億2406万円、営業利益が4億9989万円、営業利益率が35.1%。持分法による投資損失は1億9323万円ありますが、四半期純利益は1億8209万円出ています。
ちなみに、2023年6月期の業績予想は、売上高が19億8800万円、営業利益が6億7400万円、営業利益率が33.9%。当期純利益は2億6200万円となる見込み。3月28日公表の通期予想を早くも5月11日に上方修正しています。
「巨大な建設業界」における「デジタル事業」に集中
Arentのビジネスは、顧客企業と「DXにおけるパートナー」としての継続的な協同関係を通じ て、課題発見からプロダクトを共創開発します。さらには、事業化までを行い、開発した共創プロダクトについて、パートナー企業などを通じて販売するものです。
メイン事業の「プロダクト共創開発」は、コンサルティング・システム開発のビジネスです。たとえば、建設業界の大手企業等に対し、DX支援のためのコンサルティング・システム開発(主に準委任契約)を行い、Arentの売上高のほぼすべて(96.4%)を占めています。
プロダクト共創開発の初期リリースの後は、顧客の要望する追加機能の開発などを行い、さらに成果の商品化・外販を行いますが、これが2つめの「共創プロダクト販売」。千代田化工建設の案件が、このフェーズです。
2021年4月にリリースした「PlantStream」は、プラント設計における膨大な配管作業を、各配管の間隔等の諸条件をクリアしながら、自動的に行うツール。1分間に1000本もの配管を行い、 手作業が一般的であった従来工数の削減を可能にします。
Arentは、事業領域を「巨大な建設業界」における「デジタル事業」に絞り、「ニッチ領域をBIM/SaaS化」という特徴を打ち出していくとしています。
なお、BIMとはBuilding Information Modelingの略で、コンピューター上に現実と同じ建物の立体モデルを再現し、よりよい建物づくりに活用していく仕組みとされています。BIM上には図面以外にも、素材や組み立て時間などさまざまなデータを盛り込むことができます。
一方、SaaSとは「Software as a Service」の略で、インターネット経由でクラウド上のソフトを利用できるサービスのこと。つまり同社では、顧客に密着して、「共創」によって構築したソリューションを、パッケージ化して外販することを想定していると考えられます。
平均年齢37.8歳、平均年収641.3万円
Arentの従業員数(連結)は、2018年6月期にはゼロでした。取締役のみで社員(従業員)がいない状態だったと見られます。それが2019年6月期以降は5人→16人→32人→42人と増加の一途をたどり、2023年1月末時点では56人になっています。
2023年1月末時点での従業員の平均年齢は37.8歳、平均勤続年数は1.6年。平均年間給与は641.3万円でした。
Arentの採用サイトでは、エンジニア職とビジネス職で幅広い職種での募集が行われています。
エンジニア職では「CADエンジニア」「アルゴリズムエンジニア」「フロントエンドエンジニア」「バックエンドエンジニア」「ブリッジSE」「DevOpsエンジニア」「QAエンジニア」「AWSインフラ構築エンジニア」「プロジェクトマネージャー」。
ビジネス職では「広報」「マーケティング責任者」「UIデザイナー」「UXデザイナー」「法人営業」「プロダクトセールスマネージャー」「インサイドセールス」といった職種です。
例えば「シニアバックエンドエンジニア(大手企業とDX開発案件推進/新規事業開発。大手プラントメーカーJV実績有)」の場合、想定年収は1000~1200万円(45時間/月までの残業代含む。賞与別)。リモートワーク可能とのことです。
社名の由来は「ハンナ・アーレント」
2023年3月28日に東証グロース市場に上場したArentの株価は、公開価格を25%上回る1802円の初値をつけ、その後も右肩上がりに上昇しています。6月6日は7540円の高値をつけ、現在は7000円前後を推移しています。
Arentは「暗黙知を民主化する。」をミッションに掲げ、建設DXを領域として事業を行うとしています。
建設業界大手は、人口減少による内需縮小、就業者の高齢化、人手不足など、深刻な問題を抱えてきました。しかし、大企業特有の変化を嫌う風土のほか、細分化された多重下請け構造などもあり、全社横断的なDXの取り組みが先送りされてきました。
それが、コロナ禍による業績悪化やそれに伴う中期経営計画の大幅未達などを前に、追い込まれたかたちで改革に着手せざるを得なくなっている会社が増えています。
とはいえ、自社単独では問題を解決することもできず、SIerに高額な費用を支払ってシステム開発を外注することもできず、特定の問題の解決策を持っているベンチャー企業と「共創」関係を作ってシステムを作り、あわよくば外販してコストを回収したいという会社が見られるようになりました。
一時は「基幹システムの刷新」でお茶を濁していたDX界隈も、飛躍的な生産性の向上のみならず、新しい顧客価値の創造を実現すべく、あらためて「本来型のDX」を提案し直しています。Arentもそのような成長市場の一角を担っているといえそうです。
なお、社名のArentは、「エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告」などの著書で知られるドイツ出身の女性思想家ハンナ・アーレント(アレント)の名前にちなんでいるそうです。会社の求人情報には『「労働」に塗りつぶされるな、人間の本質は創造的な「仕事」と「活動」にある』という彼女の言葉が引用されています。(こたつ経営研究所)