本書「HELP! 『人生をなんとかしたい』あなたのための現実的な提案」(河出書房新社)は、タイトルを見ると、よくある自己啓発本と思われるかもしれない。しかし、実際は自己啓発では変われない人に向けた、「反・自己啓発」的な提案である。
「HELP! 『人生をなんとかしたい』あなたのための現実的な提案」(オリバー・バークマン著、下隆全訳)河出書房新社
著者のオリバー・バークマン氏は1975年生まれ。英国の全国紙「ガーディアン」記者。英国で最も権威ある報道賞・オーウェル賞・ノミネート。著書に「限りある時間の使い方」「ネガティブ思考こそ最高のスキル」などがある。
仕事で活用したい、究極の「やること(TO DO)リスト」
ジャーナリストとして、多くの自己啓発の大家に会い、自己啓発の本を読み、やる気を起こすCDやワークショップなどを体験した著者に寄せられた質問は「本当に今までより幸せになれたか?」、「生産性は向上したか?」、「より多くの成功を体験できたか?」というものだったという。
これに対して著者は、「できた、と思っている」と書いている。
ただし、「幸せについて何か大きな原則」を発見した、というものではなく、数々のこまごまとした事柄やテクニックに気づいた、というのだ。
したがって、自己啓発界における、玉石混交のアイデアの中から良質なものだけを抽出したレポートになっている。いくつか、ビジネスパーソンの参考になりそうなものを紹介しよう。
まずは、究極の「やること(TO DO)リスト」だ。気持ちよく作成し、活用するためのポイントを3つあげている。
1 1つのリストを複数目的で利用しないこと 仕事の手順書としては使わない
2 「やることリスト」と「やりたいことリスト」を区別する やり遂げる自信のあるものを選ぶ
3 デイリーリストは自己完結型にすること 新しい仕事を付け加えない
こうすることで、「やることリスト」のとおりに仕事が完了せず、挫折感を味わうこともなくなるという。
また、日常生活の記録を取ることを勧めている。
記録を取る行為そのものが、さまざまな心理学的効果を生むからだ。それにより、無意識の行動を徐々に意識化させるという。これは、仏教の「気付き」と共鳴するところがあるという。
著者は自己啓発には否定的だが、いわゆる「ライフハック」には肯定的だ。いかにして日常生活をシンプルにするかという考え方に共鳴している。
その中に、「台所タイマーを使った仕事術」という面白いものがある。
ある生産性の専門家の方法を取り上げている。「手ごわい仕事なら5分という時間に限って『集中攻撃』する」というものだ。
5分というわずかな時間なら怖がることもない。仕事の進行度や完成度に対する脅迫的な意識を和らげる効果があるという。慣れたら、「時間を10分に、あるいはそれ以上に延ばしなさい」と専門家は勧めている。
理性と直感の両方を混ぜ合わせた「意思決定」の方法
意思決定の方法について、さまざまな考えを紹介したうえで、心理学者たちが提案している「理性と直感の両方を混ぜ合わせた」手法を勧めている。それは......。
【問題の大小によって選択する】大きな決定を下すときは直感による意思決定が最適であり、理性による意思決定は比較的小さな決定に向いている。結婚や転職といった重要な選択の場合、理性に頼った分析はかえって問題を複雑にしかねない。また、潜在的な重要検討事項を考慮し忘れる可能性があり、その他のことを過剰に重要視したり過小評価したりする危険性もあるからだ。
【言葉に表せない感情に焦点を当てる】コインを1枚取り出し、裏表双方にそれぞれ別々の選択肢を割り当て、放り上げる。ただし、結果をすぐ見てはいけない。その代わり、自分の感情の動きに注意を払う。表か、裏か、どっちが出て欲しい? その答えに本心を見ることができるという。
【最初は理性的に、途中から直感的に】まず目標、選択肢、あり得る結果を詳しく書き出す。それらをしっかりと検討。そして、その後は直感で行動する。いつでも適切な判断が下せる地盤を理性的な方法で準備するのだ。
物事を決断する方法として、「5-3-1」という方法も紹介している。
2人の間でレストランや映画を選択する際に頼りになる方法だという。まず、1人が5つの選択肢を選び、もう1人がそれを3つに絞る。そして最初に選んだ人が3つの中から最後の1つを選ぶというものだ。
「徹底的な節度」と「不完全さの魅力」
さて、自己啓発本には数字をタイトルに掲げたものが少なくない。なかでも、「7」という数字に着目している。「個人的なルールを定めるのに超自然的な理由を求める必要などない。ただ定めたルールがあなたに行動を促すことになれば、それで十分なのだ」という。
評者が個人的に共鳴したのは、「徹底的な節度」と「不完全さの魅力」という言葉だ。
前者は自己啓発本に出てくる、極端なやり方は通用しないということを指している。7日間で人生を変えることなどとうていできないが、「徹底的な節度」によって、物事を悪化させることなく、少しずつでも良くしていくことができる――そんな中庸の考え方だ。
また、後者は日本の「侘び寂び」に通じるもので、不完全さそのものが重要だという考え方だ。
本書で批判の対象となっているのは、100冊以上の自己啓発本であり、そのほとんどが邦訳されていることにも驚いた。著者は自説を展開するのに、多くの作家、心理学者、評論家から文献を引用している。
まさに、「広大で時には迷いそうになる自己啓発の世界を旅するときのロードマップ」として役に立つだろう。(渡辺淳悦)
「HELP! 『人生をなんとかしたい』あなたのための現実的な提案」
オリバー・バークマン著、下隆全訳
河出書房新社
1780円(税込)