「育休中に、私が積み上げてきた功績を後任に横取りされた。上司に抗議したい!」という女性の投稿が炎上気味だ。
産休に入る前、自分が主導してきたプロジェクトが社内コンペで優勝し、栄誉はすべて後任の手に。女性は社内コンペがあったことさえ知らされなかった。
「めちゃくちゃ悔しい」という女性の投稿に、「そんなに大事なプロジェクトなら、休みを取らなければよかった」という批判と、「職場が冷たすぎる。これでは女性が子育てしながらキャリアを積むのは無理」という共感が錯綜する。専門家に聞いた。
「妊娠や育休取得を批判する声は、人権侵害や差別につながる」
<「産休前に手がけた企画の功績を、後任に横取りされた」上司に抗議したいという女性の投稿が炎上!「だったら育休取るな」「職場が冷たすぎる」大論争...専門家に聞いた(1)>および<「産休前に手がけた企画の功績を、後任に横取りされた」上司に抗議したいという女性の投稿が炎上!「だったら育休取るな」「職場が冷たすぎる」大論争...専門家に聞いた(2)>の続きです。
―― 一方では、そんな職場の「冷たさ」にも同情が多く寄せられました。上司やかつての仲間、後任からグランプリ受賞の連絡があってよかったのではないか、という意見です。あるいは、育休中だからと気を遣ったのかもしれませんが。
川上敬太郎さん「職場側の事情も確認してみないとわからない面はありますが、少なくとも投稿者さんが不満を感じたことは事実です。実際には、プロジェクトに対する投稿者さんの貢献はそれほどではないと思われていたり、社内コンペでグランプリを受賞するに至ったのは、後任の方の功績が決め手だったりした可能性もあります。
ただ、社員が不必要に不満を感じてしまうことにならないよう、職場としての対応に不備がなかったかについては、検証する余地はあるように思います」
――そのとおりですね。女性と同じように、会社から賞を受けたプロジェクトにたずさわったが、産休育休のために抜けた人から、「表彰パーティーに呼ばれた」とか、「上司から花が贈られてきた」という体験が寄せられました。
川上敬太郎さん「産休育休取得者も当然ながら会社の一員です。休業に入る直前まで携わっていたプロジェクトが評価されたとなれば、表彰パーティーに呼ばれたり、花を贈ってもらったりするようなこともあるのだろうと思います。
そのような職場からは、社員一人ひとりの気持ちを大切にしているという優しさや温かみがあるような印象を受けます」
――マミートラックの問題に戻りますが、女性に対する共感・同情で多かったのが、「『妊娠を調整すべきだった』とか『育休をとるべきではなかった』という批判が多いことに衝撃を受けた。それでは、女性が家庭と仕事の両立をはかることなど、とうてい無理ではないか」という意見です。
川上敬太郎さん「いずれも、投稿者さんが感じている不満の感情に寄り添った意見だと感じます。妊娠や産休育休の取得を批判する声については、人権侵害や差別につながる印象さえ受けます。
男性の育休取得も進めていこうとしているなかで、マイナスにこそなれ、決してプラスにはならないと思います。妊娠や産休育休の取得を批判する声に対して疑問を投げかける回答者の方々の意見に、私も賛同します」
「周りがどう思おうが、プロジェクトに一所懸命取り組んだ事実は変わらない」
――川上さんなら、ズバリ、女性にどうアドバイスをしますか。上司に抗議をしますか? 多くの回答者が勧めるように、後任やかつての仲間に「賞のこと聞いたよ。よかったね」とさりげなく声をかけるのがよいでしょうか?
川上敬太郎さん「投稿者さんは『抗議』という言葉を使っているので、いまは怒りの感情が強い状態なのだと思います。まずは一度冷静になって、何に怒りを感じているのか、何が問題なのかを整理したほうがよいのではないでしょうか。
一時の感情だけで抗議してしまうと、投稿者さんの想定とは異なる何らかの事情が判明した際に、軽率な行動だったと後悔するようなことになる可能性もあります。
怒りを感じてしまうのは、思いを込めて取り組んだプロジェクトへの貢献が認められていないことに対してだと思います。しかし、周りがどう思おうが、プロジェクトに一所懸命取り組んだ事実は変わりません。そのプロジェクトがグランプリを受賞したということは、プロジェクト自体は評価されたということです。それは、十分誇れることだと思います。
プロジェクトを主体として考えると、後任の方がしっかり引き継ぎ、社内コンペに応募し、グランプリを受賞できたことはとても喜ばしいことなのではないでしょうか。それは、後任の方がいたからこそ得られた成果であり、プロジェクトのことを第一に考えるのであれば、感謝すべきことのように思います」
――上司に対しては、どう行動したらよいでしょうか。
川上敬太郎さん「一方で、あくまで冷静なスタンスで臨むことを前提に、投稿者さんが感じた不満については、率直に上司に伝えてよいかもしれません。ただ、抗議というかたちで怒りの感情をぶつけるというよりは、自分はそう感じてしまったという事実を伝えたうえで、実際に上司や会社は投稿者さんの貢献についてどう見ているのかを確認することを目的にされてはどうかと思います。
ご自身がどう感じたかを率直に伝えることで、何らかの誤解があるのなら説明を聞く機会が生まれます。それで誤解がとける可能性もありますし、ご自身のほうが何らかの誤解をしていたのであれば、気づきの機会になります。
一方で、単に上司や後任の方の配慮が足りないだけだったのであれば、投稿者さんが感じた気持ちを伝えることで、今後、産休育休を取得する人に同じような思いを抱かせてしまうことを防げるかもしれません」
「なぜ女性にグランプリ受賞が伝わらなかったのか、明らかにしよう」
――仕事に復帰した後は、どんなことに気をつけたらよいでしょうか。
川上敬太郎さん「それらのやり取りをしたうえで、わだかまりがとけるのであれば、気持ちよく復帰できることと思います。逆に、わだかまりがとけず、むしろ会社と投稿者さんの間に決定的な価値観の相違があると判明するのであれば、今後の身の振り方などを考える踏ん切りがつけやすくなるのではないでしょうか」
――投稿者の上司や後任にはどうアドバイスをしますか。
川上敬太郎さん「投稿者さんは携わったプロジェクトがグランプリを受賞した際に、ご自身の貢献について一切触れられていなかったことに不満を感じています。上司や後任の方にとって、その状態が想定したものであるなら、何らかの意図があってのことなのかもしれません。
ひょっとすると、投稿者さんはプロジェクトをしっかり引き継いだつもりだったものの、引き継ぎ後の運営が大変な状況で、後任の方が一から作り直したことでグランプリを受賞できた、などという経緯があるのかもしれません。
一方で、もし投稿者さんが不満を感じたことが想定外だったのであれば、それは配慮が足りなかった可能性があります。ただ、いずれにせよ、投稿者さんが不満を感じてしまう状態自体は決して望ましいことではないはずです。
同じように産休育休を取得した人が、休業期間中に何らかの不満を感じてしまうことがこれからも起こるとしたら、どこに問題があるのか、何を改善すればよいのかについて検討し、適宜対応する必要があると思います。それは、産休育休取得者の業務をカバーする同僚たちをケアする意味でも必要なことではないでしょうか」
「優しさは人にとっても職場にとっても、大切なキーワード」
――何よりも、産休育休を取った人が気持ちよく休業期間を過ごし、明るく復帰してくる環境を整えることが大切ですね。
川上敬太郎さん「そのとおりです。ただ、あくまで投稿内容の範囲での印象になりますが、投稿者さんにも、会社側にも、『優しさ』を感じないことがとても気になりました。
投稿者さんが思い入れを持っていたプロジェクトであればあるほど、そのプロジェクトを引き継いで運営した後任の方に、相当の負荷がかかった可能性もまたあると思います。それが社内コンペでグランプリを受賞したということは、後任の方たちがしっかりと引き継いで運営してくれた証拠です。
しかし、投稿者さんのカキコミを見る限りでは、残念ながらそんな頑張りをいたわったり、思いやったりする優しさを感じません」
――たしかに、双方がトゲトゲしている印象を受けますね。大企業だからでしょうか。
川上敬太郎さん「ただし一方で、上司や後任の方、社内コンペを運営している関係者などの会社側からも、投稿者さんの気持ちに寄り添う優しさを感じません。優しさを感じない職場は、ちょっとした歪みが殺伐とした空気に直結しがちです。
そんな職場で、もし投稿者さんが復帰早々上司に抗議して感情をぶつけることになれば、もっと殺伐とした空気が生まれることになるのではないでしょうか。職場はあくまで仕事をするための場所に違いありません。
しかし、そこに集い、仕事するのは人間です。優しさは人にとっても職場にとっても、大切なキーワードだと思います」
(福田和郎)