岸田文雄政権が掲げる「新しい資本主義」が目指す将来像が明らかになってきた。このままいけば、将来、待ち受けるのは欧米型の弱肉強食の社会となりそうだ。
「分厚い中間層」育成を狙う 改定案で退職金「優遇制度」見直し...多くの人には「不利」な内容か
政府は2023年6月6日、「新しい資本主義」実行計画の改定案をまとめた。
目玉は「三位一体の労働市場改革」だ。国内の構造的な賃上げを進めることなどを通じ、海外企業との賃金格差を埋めて「分厚い中間層」を育成する狙いがある。
しかし、その具体策を見ると、どうにもきな臭い。長く日本社会を支えてきた雇用制度を破壊しそうな危ない内容のオンパレードなのだ。
その象徴ともいえるのが、退職金に対する優遇制度の見直しだ。
現在の退職金制度は同じ企業に20年を超えて勤めれば、退職金をもらう際の税負担が一気に軽くなる仕組みになっている。終身雇用の日本型雇用に合わせたものだ。
ただ、勤続20年を前に自己都合で退職すると、税負担の軽減幅は一気に縮小する。転職すると勤続年数がゼロに戻ってしまい、「現状の退職金制度が雇用の流動化を阻害する要因になっている」と批判されていた。
岸田政権は、ここに目をつけた。
「成長分野への労働移動の円滑化」を実現するための具体策として、改定案で退職金の優遇制度の見直しを打ち出したのだ。
見直しに当たっては「制度変更に伴う影響に留意」するとしているものの、多くの人にとっては不利な内容になる可能性が高い。
詳細を検討する政府税制調査会(首相の諮問機関)では、2022年段階から一部委員から見直しに前向きな意見が出ていた。優遇制度の「縮小」は規定路線のようにも見える。
岸田政権がこだわる「ジョブ型人事」 人材獲得の面で、日本企業の国際競争力を高める狙いだが...
「退職金が実質、減額になるのでは」。突然の政府方針にサラリーマンからは不安の声が続出している。
優遇制度が縮小になれば、老後のプランが瓦解してしまうケースも考えられ、制度の「改悪」につながりかねない状況だ。
「改悪」は退職金制度だけにとどまらない。
改定案で、岸田政権が異様なこだわりを見せたものがある。それは、「職務給(ジョブ型人事)」の導入だ。
複数の企業の先行例を示すなどジョブ型人事に紙幅を割いており、産業界には「これを参考に早急に導入せよと言わんばかりの書きぶりだ」と困惑が広がる。
従来の給与体系は年功序列が色濃く、高い能力(スキル)をもつ人物を高給で迎え入れることが難しかった。
これに対し、ジョブ型は年齢や勤続年数ではなく、職務に応じて給与を払う制度。
ジョブ型を普及させることで、人材獲得面でも日本企業の国際競争力を高める狙いがあるが、政権の思惑通りに進むかは不透明だ。
ジョブ型が普及する米国で明らかになったデメリットとは? 雇用の不安定化に懸念も
不安なデータもある。日本に先駆けてジョブ型の普及が進んだ米国では、デメリットも次々と明らかになっている。
たとえば、ジョブ型雇用は、あらかじめ「職務記述書」で仕事の範囲と目標を設定するため、社員は職務記述書にない仕事に従事する必要がない。
仕事がなくなれば部門ごといっせいに解雇し、新たな仕事が発生すれば必要な人材を集めるのが米国流だ。これが日本でも広がれば、国内の雇用が一気に不安定化する恐れもある。
ジョブ型では既に同業他社で一定の経験を積んだ経験者の雇用が優先され、ノウハウを持たない新卒者の就職の門戸が狭まるという問題もある。
日本企業は長く新卒採用を重視し、自社で必要な人材を育成しながら欧米企業と戦ってきた。
ある経済人はこうクギを刺す。
「欧米流を追うだけでは国際競争を勝ち抜けない。岸田政権には日本の強みをさらに生かす戦略を打ち出してほしい」
「新しい資本主義」が日本企業の強みをも減退させることにならなければいいが......。(ジャーナリスト 白井俊郎)