ものすごい勢いで進化を遂げている人工知能(AI)。チャットGPTの出現で一気に身近になったAIですが、「約3億人の職が奪われる」「人類の滅亡につながる」など、マイナス面を警告する報道が相次いでいました。
そんななか、先日、「次世代のAI活用」を感じさせる2つのプロジェクトが発表されて話題になっています。AI技術を用いて英ロックバンド・ビートルズの曲を完成させたり、漫画家・手塚治虫さんの代表作「ブラック・ジャック」の新作を創ったり...。
ほぼ同じタイミングで公表された日英AIプロジェクトは、AI活用の新しい扉を開けるのでしょうか。ワクワクする気持ちを押さえつつ、詳細を追ってみました。
ポール・マッカートニー氏「古いカセットテープからジョンの声を『救出』できた!」
伝説のロックバンド・ビートルズのメンバーだったポール・マッカートニー氏が、英BBCラジオのインタビューで、AIを活用してビートルズ「最後の曲」を完成させたと明かし、話題になっています。
世界中にセンセーションを巻き起こし、今でも世界中で多くの人に聴き続けられているビートルズですが、メンバーのうち2人が亡くなっているため、「復活」は不可能だとされてきました。突然の「ビートルズ復活」のニュースは、音楽業界を超えて瞬く間に世界中で報じられました。
Sir Paul McCartney says artificial intelligence has enabled a 'final' Beatles song
(サー・ポール・マッカートニーが、人工知能がビートルズ最後の曲を可能にした、と語った:英BBC)
enable:可能にする、できるようにする
「Sir」(サー)は、英国の叙勲者に与えられる称号です。マッカートニー氏は故エリザベス女王から複数の名誉勲章を授与されていることから、海外メディアは「Sir」をつけて紹介しています。
マッカートニー氏によると、AIを用いて古いカセットテープの音源からジョン・レノン氏の声を「extricate」(救出)。不可能だと思ってあきらめていたことが、AIの技術で可能になったと語っていました。
私も、BBCのウエブサイトで公開されているインタビューを聴きましたが、終始、淡々と落ち着いたトーンだったマッカートニー氏が、AIでレノン氏の音声を「救出」できたことを告げる時、興奮を隠し切れない様子だったことが印象に残りました。まるで、新しいおもちゃを見つけた子どものように、ワクワクする心の動きが声から伝わってきたのです。
この音源は、1980年にレノン氏が亡くなる直前に作ったカセットに収録されたもので、マッカートニー氏は夫人のヨーコ・オノ氏からこの曲のデモを受け取っていたそうです。
ところが、このカセットは、環境が整った音楽スタジオではなく、自宅でピアノの前に座りながらラジカセで録音したものだったため、音質が悪く、そのせいで未完成のまま40年以上も日の目を見ることがなかったようです。
過去にも、レノン氏の残された音源を活用しようと試みたそうですが、元メンバーのジョージ・ハリスン氏が「レノンの声の音質が『ボロボロだ』」ととして反対。また、自宅アパートの「electricity circuits」(電気回線)などの雑音が多すぎて、泣く泣く断念したとのこと。
今回、AIの技術を用いることでようやく雑音を取り除き、レノン氏の声をクリアにできたことから、マッカートニー氏が「extricate」(救出した)という単語を使った気持ちがよくわかります。「ようやく、やっとのことで取り出すことができた!」というニュアンスが伝わってきます。
さらに、「enable」(可能にする)のワードからも、「AIがこれまでできなかったことを可能にしてくれた」という想いがひしひしと伝わってきます。BBCは「マッカートニー氏は、『最後のビートルズの曲』を創るためにAIを『employed』(雇った)」という表現を用いていましたが、あくまでもマッカートニー氏が主役で、AIを使いこなしている、という関係性が読み取れます。
マッカートニー氏は、AIの活用に懸念を示しながらも、「AIを使うのは少し怖いけど、エキサイティングだ。なぜなら、未来だからだ。AIがどこに向かうのか、私たちはじっくり見届ける必要がある」と語っていました。
「For Paul」(ポールへ)と書かれた幻の音源をようやく復活できたマッカートニー氏。今回の例は、人間がAIに使われるのではなく、AIを使いこなす好事例になるのではないでしょうか。