「またもサプライズか!」ウォール街に衝撃が走った、と思われた......。
FRB(連邦準備制度理事会)2023年6月13日~14日、FOMC(連邦公開市場委員会)開き、昨年3月に利上げを開始して以降、初めて利上げの見送りを決めた。
これは事前の予想通りだったが、予想外だったのは年内2回分の追加利上げが示唆されたこと。市場では「年内利下げ」をもくろんでいたため、ダウ平均株価は一時400ドル以上下落、ドル円相場も一時、1ドル=140円台にまで円安に振れた。
いったい、米国経済はどうなるのか? 日本経済への影響は? エコノミストの分析を読み解くと――。
FRBはいったん利上げを見送り、経済の動向を見極めたい
FOMCでは、参加者18人による政策金利の見通し(ドットチャート)を示された。2023年末時点の金利水準の中央値は5.6%で、前回(今年3月)に示した5.1%から0.5%引き上げられた。1回の利上げを0.25%とすると、年内にあと2回想定される内容だ。
また、2024年末時点の金利水準の中央値も4.6%と、前回(3月)の4.3%から0.3%引き上げられた。これは「高金利政策がより高く、より長く続く」ことを意味する。
会合後の記者会見でFRBのパウエル議長は「インフレ率はいくぶん落ち着きつつあるが、インフレ圧力は引き続き高く、物価目標である2%までの道のりは遠い」と述べた。
また、「インフレ率を目標の2%に戻すのに、さらなる政策が必要かどうか決定するため、追加の経済データと金融政策の影響を評価できるよう金利据え置きを判断した」と説明した。
今回のFRBの利上げ休止決定、エコノミストはどう見ているのか。
ヤフーニュースコメント欄では、ソニーフィナンシャルグループのシニアエコノミスト渡辺浩志氏が、
「金融の安定とインフレ抑制の二兎を追うFRB。いったん利上げを見送り経済・物価の動向を見極める一方、インフレの粘着やインフレ期待の上振れを警戒し追加利上げの余地を広げた格好です(タカ派姿勢を示すことで、市場の楽観を鎮める狙いも)」
と、FRBの狙いを説明。市場の動揺については、
「利上げ長期化が意識され、NYダウは7営業日ぶりに反落し、前日比232.79ドル安(マイナス0.7%)。一方、ハイテク株中心のナスダック指数は、金利敏感にも関わらず5日続伸し、前日比53.16ポイント高(0.4%)。生成AIなどをテーマにハイテクセクターの期待成長率が高まっていることが背景にあるようです。なお、米国株の恐怖指数(VIX)は低下し、14ポイントを割りました。市場は金融政策を巡る不透明感がいくぶん後退したと受け止めた模様です」
と、まちまちの反応を示し、さほどショックを受けていない様子を伝えた。
FRBのタカ派ポーズを、半信半疑で受け止めた市場
FRBがドットチャートを高く設定し、追加利上げ2回を示唆したのは、「市場に前のめりになるなよ」とタカ派を演じえみせたのでは、と見るのは、第一生命経済研究所主席エコノミストの藤代宏一氏だ。
藤代氏はリポート「経済の舞台裏:ドットチャートは『疑寄り』の半信半疑で眺める必要 確信犯的な『外し』」(6月15日付)のなかで、FOMC参加メンバーのドットチャートのグラフを示しながら、こう指摘した【図表1】。
「利上げが最終局面に差しかかっているとの現状認識が広く共有される中、Fed(連邦準備制度)は、金融市場参加者が前のめり気味に利上げ停止を織り込まないよう、ドットチャートを上方改定することでタカ派的な姿勢を演じた。FOMCを通過し、FF金利先物は7月の利上げ(0.25%)を約6割の確率で織り込んだ」
タカ派的なポーズは一定の効果があったわけだ。しかし、と藤代氏は続ける。
「タカ派的なドットチャートの形状は多くの市場関係者を驚かせたが、市場参加者がそれを真に受け止めたかは別問題であり、実勢としては『疑寄り』の半信半疑だろう。FF金利先物は相変わらず12月FOMCにおける『利下げ』を約3割の確率で織り込み、2024年1月FOMCまでに利下げが実施される確率を75%程度とみている。追加利上げはせいぜい1回で、その後は比較的早期に利下げに転じるという市場参加者の共通認識に大きな変化はない」
そして、今後の展開を藤代氏はこう結んでいる。
「パウエル議長はタカ派的な発言をしたが、一方で『7月の決定は全てのデータや状況の変化を見て下す』、『政策金利は十分抑制的な水準に近づいた』などと利上げ見送りが有力な選択肢であることも示唆しており、バランスを取っていた。結果的に、ドットチャートが示した政策金利水準(5.75%)には到達しない可能性が濃厚であると筆者(=藤代氏)は判断している」
FRBのタカ派姿勢と裏腹に、利上げが最終局面にある「証拠」
藤代氏と同様に、「タカ派」に見えるFRBの姿勢とは裏腹に、実質FF金利(政策金利)のメカニズムからみて、利上げは終了段階に来ていると指摘するのは、野村アセットマネジメントのシニア・ストラテジスト石黒英之氏だ。
石黒氏はリポート「FRBは利上げ見送りも年内の追加利上げを示唆」(6月15日付)のなかで、実質FF金利と米自然利子率との関係を示すグラフを紹介した【図表2】。
自然利子率とは、景気の影響が緩和状態にもなく、引き締められた状態にもなく、景気に中立的な状態にある実質利子率のこと。このような実質利子率が中長期に続く状態だと、潜在的成長利率と類似してくる。その状態のまま経済が安定しているといえるという。
そして、潜在成長率並みの経済成長を持続的に達成するためには、実質利子率を自然利子率に一致させるような金融政策が望ましいとされている。
そこで、石黒氏はこう説明する。
「FOMC後の記者会見でパウエル議長は、『インフレ圧力は高い状態が続いており、インフレ率を2%に戻すプロセスにはまだ長い道のりが残されている』と語るなど、FRBは『高い』金利水準を『長期間』続けることで、インフレ抑制を図る方針のようです」
「もっとも、実質FF金利(政策金利)と米自然利子率の関係からみると、利上げ終了時期は近いといえます。自然利子率とは、インフレ率を目標水準で維持し経済を完全雇用状態に保つような、緩和的でもなく引き締め的でもない実質金利です。あと2回の追加利上げで実質FF金利が米自然利子率を上回る水準に達します【図表2】。過去も同様の状態になったところで、FRBは利上げを停止してきました」
その状態とは、【図表2】の2007年と2019年の長方形の点線で囲った箇所だ。両方とも実質FF金利と自然利子率が接近している。そして、現在、両者がかなり接近しつつあることがわかる。石黒氏はこう結んでいる。
「今回のFOMCはタカ派的な内容だったといえますが、市場はFRBの金融政策姿勢を冷静に受け止めています。利上げ停止時期が近づくなかで、リスク資産が買われやすい環境は今後も続きそうです」
予想外の日本株高「終わりの始まり」、どうする日銀?
さて、最終局面に近づいてきたFRBの金融政策。日本銀行の金融政策にどんな影響を与えるだろうか。
金融市場は「オーバーキル」(過剰な景気引締めで経済が悪化すること)を意識し始めてきた、と警告するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「利上げ停止の後に年内2回の追加利上げを示唆したFRB」(6月15日付)のなかで、こう述べている。
「今回のFOMCで示された年内の追加利上げ幅は事前予想を上回ったが、それに対する金融市場の反応は複雑であった。ダウ平均株価は大幅に下落した。先行きの金利見通しの引き上げによって株価のバリュエーションの調整が生じた、との解釈もできるが、他方で金利による敏感なナスダックの株価は上昇している。この点から、ダウ平均株価の大幅下落は、追加利上げによる景気悪化を警戒したものと考えられる」
「2年国債利回りは前日から0.1%ポイント程度上昇した。他方、10年国債利回りは逆に0.2%ポイント程度低下し、逆イールドが一段と進んだ。これも、追加利上げによる景気悪化懸念を反映したものだろう」
「このように金融市場は、FRBの利上げによって景気が悪化するオーバーキルのリスクをより意識したように見える。実際、あと2回の利上げが実施されれば、実質金利(FF金利-中長期の予想物価上昇率)は3%台半ばと、リーマンショック前の3%程度を大きく上回ることになり、オーバーキルのリスクは高まるのではないか」
そして、木内氏はこう結んでいる。
「こうした点を踏まえると、日本銀行の緩和継続観測とFRBの追加利上げ観測によって1ドル140円まで進んだ円安ドル高の流れも、そろそろ一巡するのではないか。それは、予想外の日本株高を演出してきた大きな要因が薄れることを意味しよう」
FRBがタカ派姿勢を強めたことを受け、6月15日の東京株式市場ではバブル後最高値を更新し続けてきた日経平均株価は5営業日ぶりに反落した。
折しも6月16日には、「植田日銀」の金融政策会合の結果が発表される。市場では、「大幅金融緩和策の維持」という見方が大半だが、こちらでも「サプライズ」はあるのか?(福田和郎)