英王室を離脱したヘンリー王子が、「盗聴」などの違法な取材手法に対して地元メディアなどを訴えている裁判で証言をしました。
英王室メンバーが法廷に立つのはエドワード7世以来132年ぶりとあって、「異例の事態」に各国メディアは大わらわ。2日間でのべ8時間に及んだ尋問の一問一答を、まるでサッカーワールドカップの決勝戦のようにタイムラインで速報していました。
学生時代から「盗聴」され続けてきたと主張するヘンリー王子と「証拠を出せ」と詰め寄る相手方弁護士との対決は、まるでドラマのよう。「法廷の獣」と「セレブ御用達」、双方弁護士の対決も見どころがいっぱいです。
果たして、勝利の女神はどちらに微笑んだのでしょうか?
ヘンリー王子「僕の人生はずっと盗聴され、人間関係をズタズタにされてきた」
ヘンリー王子が「ボイスメッセージを盗聴された」として訴えているのは、大衆紙ミラーなどを発行している新聞社ミラーグループ・ニュースペーパーズ(MGN)です。
ヘンリー王子は、1996年から2010年にわたって、MGNが出した約140の記事が違法な手段で入手した情報をもとにしていると主張。先日、裁判に出廷して証言をしました。
Prince Harry was cross-examined over phone hacking claims in UK
(ヘンリー王子が英国で、電話の盗聴について厳しく追及された:米CNN)
cross-examine:厳しく追及する
今回、各国メディアが注目しているのは、ヘンリー王子が法廷で自分の主張を訴えるだけではなく、相手方弁護士から「cross-examined」(厳しく追及される)という、異例の事態になっていることです。王室を離脱したとはいえ、現国王の次男が「尋問される」ことは、歴史的に見ても相当レアなケースでしょう。132年ぶりというのもうなずけます。
報道によると、ヘンリー王子はイートン校在学中にサッカーで骨折したことや、当時のガールフレンドとの交際をめぐる話題はごく限られた人しか知りえない情報であり、MGNが報じた記事は「電話を盗聴した情報に基づいている」と主張。
さらに、「携帯電話を持ち始めたころから、ずっと盗聴され続けてきた」「親しい人との人間関係も、メディアのゴシップ記事でズタズタにされた」など、メディアによって人生がゆがめられてきたことを生々しく語ったそうです。
こうしたヘンリー王子の証言に対して、MGN側の弁護士アンドリュー・グリーン氏は、「誰の電話が盗聴されたのか?」など、証拠の提出を迫る手法を展開。「わからない」と答えるヘンリー王子に向かって、「それでは答えになっていない」「完全な憶測の世界だ」と、詰め寄ったとも報じられています。
また、なぜ、今になって裁判に踏み切ったのかという尋問に対して、ヘンリー王子は「メーガン妃とのバカンス中に、弁護士のデヴィッド・シャーボーン氏に偶然会ったから」と、その理由を語ったそうです。シャーボーン氏は、ダイアナ元妃やトニー・ブレア元英国首相らをクライアントに持つ「セレブ御用達」で知られる弁護士です。
MGN側のグリーン氏は、シャーボーン氏と出会った経緯を法廷でつまびらかにすることで、ヘンリー王子が「バカンス先で偶然会った」セレブ弁護士に「そそのかさされて」、「証拠不十分なまま」裁判に踏み切った、という印象を植えつける戦術だったのでしょうか。
少なくとも、シャーボーン氏と出会う前のヘンリー王子は、メディアを訴えることも弁護士を雇う準備もしていなかったことが明らかになりました。
こうしたまるでドラマのような法廷論争を、米CNNテレビは「The courtroom saga」(法廷の大河ドラマ)と称していますが、ヘンリー王子の戦いはどのような結末を迎えるのでしょうか。
ヘンリー王子は、他にも「メディア王」ルパード・マードック氏が率いるニュースグループに対しても訴訟していますから、当面の間戦いは続きそうです。各国メディアがネタに困ることだけはないでしょう。
「ヘンリー王子をずたずたにしてやる!」双方弁護士の「キャラ立ち」がすごすぎる?!
エドワード7世以来とされる、ロイヤルファミリーをめぐる法廷劇。世界中の注目を集める「戦い」の主役は、ヘンリー王子だけではありません。弁護側と被告側、双方の弁護団を率いる辣腕弁護士も圧倒的な「キャラ立ち」で、「世紀の戦い」にふさわしいスケールの大きさを感じさせます。
英メディア・インディペンデントによると、MGN側の弁護士アンドリュー・グリーン氏は、「beast in court」(法廷の獣)の異名を持つ凄腕で、特に「a fearless cross-examiner」(恐れを知らない尋問者)として、パンチの効いた攻撃的な法廷スタイルで知られている、とか。
グリーン氏は、裁判の直前に行われたインタビューでも、「tear his case to shreds」(ヘンリー王子の訴訟を粉々にしてやる)と語ったそうですから、「法廷の獣」ぶりは健在のようです。
対するヘンリー王子側の弁護士、デヴィッド・シャーボーン氏もキャラの「強烈さ」では負けていません。シャーボーン氏は、ダイアナ元妃やポール・マッカートニー、マイケル・ダグラスらをクライアントにもつ「セレブ御用達」弁護士として知られており、王子と仲がいいとされるエルトン・ジョンも彼のクライアントの一人です。
メーガン妃と共に、エルトン・ジョン一家とフランスでバカンスを過ごしているときに会い、彼から自分の弁護士を雇うように勧められたそうですから、出会い方からしてゴージャスです。
シャーボーン氏は、これまでも英タブロイド紙と何度か対決をしてきました。勝ったり負けたり、ケースによって勝敗は異なるようですが、少なくとも「英タブロイド紙ビジネスの裏表」に一番詳しい人物の一人であることは間違いなさそうです。
「法廷の獣」と「セレブ御用達」弁護士の対決に、どういった判決が下されるのか。これまでの報道を見る限り、スキャンダラスな王室ネタはあまり報じられていません。その理由として、ヘンリー王子が法廷で、淡々と自身の苦悩を語る戦略を取っていることがあげられます。
複数のメディアが、当初は「法廷の獣」ことグリーン氏の激しい追及に緊張したり、不快な様子を見せたりしていたヘンリー王子が、セッションが進むにつれて自信を取り戻して、グリーン氏と衝突し、自ら質問を返すほどになった、と報じています。
また、英紙ガーディアンは、ヘンリー王子が「王家のルールを書き換えた」とする、好意的な見解を掲載しています。同紙は、38歳の王子が王室を離脱した理由の一つは、王室のモットーである「不平を言わず、説明しない」に従うことができなくなったから、と分析。
「公の場で興味深いことは何も言わない」というルールをヘンリー王子がすべて捨て去ったことに対して一定の評価をしつつ、「彼が向かう先は、誰も予測することができない」と結んでいました。
英タブロイド紙に代表される「過剰な取材」は、何度も社会問題になってきました。ヘンリー王子の「王室ルール破り」が、今後の英メディアに影響を与えるとしたら、まさに歴史的なできごとになることでしょう。
それでは、今週の「ニュースな英語」は、「tear to shreds」(ずたずたに引き裂く)を使った表現を紹介します。
The critics tore his performance to shreds
(評論家たちが、彼の演技をぼろくそにけなした)
My trousers were torn to shreds when I fell off my bike
(バイクから転んで、ズボンがボロボロに破れた)
尋問を終えて、弁護士から証言の経験について尋ねられたヘンリー王子。涙をこらえるような長い沈黙の後、「It's been a lot」(とても大変だった)と答えたそうです。メディアに共感が広がるなか、たとえ裁判に負けたとしても、ヘンリー王子が得るものは案外大きいかもしれません。「セレブ御用達」弁護士の戦術に、脱帽です。(井津川倫子)