ホンダが、自動車レースの最高峰であるフォーミュラ・ワン(F1)に2026年から復帰する。これまで参戦・撤退を繰り返してきており、今回は5回目の参戦になる。
F1はマシン性能に関するルールが時代とともに変遷し、メーカーは対応に追われる宿命がある。今回は脱炭素に向けたルール変更を受け、復帰を決めた。
ホンダの狙いはどこにあるのか、そして課題はなにか。
英「アストン・マーチン」チームに、動力源パワーユニットを供給
2023年5月24日、三部敏宏社長が記者会見して発表した。英国の自動車メーカー「アストン・マーチン」が率いるチームに、動力源となるパワーユニット(PU)を供給する。
前回の撤退発表からは3年足らずしかたっていない。20年10月に、F1から21年までで撤退する発表した時、八郷隆弘社長(当時)は「燃料電池車や電気自動車(EV)に経営資源を重点的に投入していく必要がある」と説明していた。
ただ、F1と完全に縁を切ったわけではなかった。
ホンダの撤退で、搭載するPUがなくなる「オラクル・レッドブル・レーシング」と兄弟チームに、22年以降も、モータースポーツ活動を行う子会社のホンダレーシング(HRC)を通じてPUの技術支援を継続してきた。
そのレッドブルが26年に向けPU開発を続け、フォードとのパートナーシップを結んだ。ホンダとしては25年を最後に、完全にF1を離れるか、関わりを続けるかの分かれ道に立っていた。
F1は新技術開発の「孵卵器」 電動化の技術開発を促したい狙い
今回の復帰の理由について三部社長は「小型軽量モーターや高性能車載電池の開発から得られる知見は、量産電動車の競争力に直結する可能性を秘める」と述べた。
もともと、F1は自動車メーカーにとって、新技術開発の「孵卵器」という側面がある。ホンダの場合、最初の参戦(1964~68年)の延長上に、1970年代、厳しい米国の排ガス規制をクリアする画期的なエンジン「CVCC」の開発につなげたことは有名だ。
今回の復帰も、同様の狙いがある。
F1は2030年に温暖化ガス排出の実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指し、26年からPUなどに関する規定を刷新した。出力に占める電動モーターの割合を従来の2割から5割に高め、内燃機関と半々にするとともに、バイオマス由来など再生燃料の使用割合も増やすといった内容だ。
つまり、モーターやバッテリーなどを制御する技術の重要性が増すということで、ホンダはEVの技術につながると判断した。
そもそも、2020年に撤退を決めたのも、新型コロナ禍による業績不振で、「金食い虫」のF1への社内の風当たりが強まったためといわれ、F1へのホンダの思いは生き続けていた。
社内の若いエンジニアの間では、F1復帰を熱望する声が絶えなかったという。レッドブルとのかかわりを維持してきたことは、経営陣も復帰のチャンスをうかがっていたことの証だろう。
ホンダの稼ぎ頭・米国でF1人気が上昇 フォードが26年からF1復帰、GMも参入検討か
F1復帰の大きな狙いは、もう一つある。ホンダの稼ぎ頭である米国市場で、F1人気が上昇していることだ。
2回目の参戦となった1983~92年、マクラーレンにエンジンを供給し、アイルトン・セナ(ブラジル)が年間チャンピオンになるなど黄金期を築いた。これが、ホンダの世界的なブランド力の原点だ。
F1などモータースポーツといえばヨーロッパだったが、2017年米メディア企業「リバティ・メディア」がF1の運営会社を買収して、全レースの生配信を開始。ネットフリックスのF1を扱ったドキュメンタリー番組が話題になるなど、北米でF1人気が高まっているという。
こうした流れを受け、米フォード・モーターが2026年からF1に復帰するほか、米ゼネラル・モーターズ(GM)も参入を検討していると伝えられる。
ホンダにとって、世界販売の3割を占める北米市場でのブランドイメージ向上の意味は大きく、三部社長は「マーケティング、ブランディングにも最大限生かしていこうと思っている」と語る。
内燃機関が半分残るF1カーへの投資、問われる費用対効果
もちろん、費用対効果は厳しく問われることになる。
ホンダは2040年までに新車販売をすべてEVにするという「脱ガソリンエンジン」を掲げている。22年4月には、30年にEVの年間生産目標を200万台超に設定し、そのために開発や生産設備に計5兆円を投じる、と発表している。(J-CAST 会社ウォッチ 2022年5月3日付「ホンダの新EV戦略...2030年までに30車種、年間200万台超生産へ 相次ぐ自動車大手の大型投資でEVシフト加速」参照)
電動化の技術開発の加速はF1復帰の大きな狙いだが、内燃機関が半分残るF1カーへの投資は、EV化の方針と整合するのかという疑問は消えない。
少々の批判、不満を吹き飛ばすためにも、復帰後のF1のレースでの活躍もさることながら、四輪事業の利益率0.4%(23年3月期)にとどまる本業の稼ぐ力の回復こそが、当面の待ったなしの課題だ。(ジャーナリスト 済田経夫)