米国が主導する新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」は2023年5月27日、米デトロイトで閣僚会合を開き、サプライチェーン(供給網)強化に関する協定の締結で合意した。
IPEFは貿易、供給網、クリーン経済、公正な経済の4分野で協議を進めており、いち早く関係国との調整が済んだ供給網に関して先行合意したかたちだ。
半導体や重要鉱物の調達で、特定の国に依存しすぎない供給網を作る狙い
2022年5月に発足したIPEFには日米のほか、韓国や豪州など14か国が参加している。このうち半数の7か国をインドネシア、タイなど東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国が占めている。米国はIPEFを通じて、台頭する中国を経済面でけん制したい思惑がある。
今回の合意を受け、レモンド米商務長官は会合終了後、「協定は労働者と企業を守るためのものだ」と意義を強調した。日本から参加した西村康稔・経済産業相も「サプライチェーンについて多国間の協定は世界初だ」と指摘し、「信頼できるパートナーとの間で、将来の成長を実現するための基盤になる」と胸を張った。
具体的には、半導体や重要鉱物などの重要物資を念頭に、調達を参加国間で多様化し、特定の国に依存しすぎない供給網を作るというものだ。東南アジアの新興国は、新型コロナウイルス禍で、半導体や医療品などの供給不足などに直面。このことから、安定供給の必要性を痛感したことが、今回の合意を後押しした。
互いの関税を引き下げは想定せず 「参加しても輸出増などは期待できない」の声
ただ、大はしゃぎする日米を尻目に、他国の目は冷ややかだ。
IPEFは、環太平洋経済連携協定(TPP)のように、互いの関税を引き下げることは想定していない。このため、ASEANなどの参加国から「関税引き下げを伴わなければ、参加しても輸出増などは期待できない」「米国に付き合って参加しているが、過度な期待もしていない」との冷めた声が漏れるのは当然と言えるだろう。
TPPをはじめとするこれまでの大型の経済圏構想は、米国という巨大市場へのアクセス拡大、つまり関税引き下げによる対米輸出増が最大の魅力だった。だからこそ、参加する途上国は貿易ルールなどで、外国企業を差別しないなどの苦い薬も飲んできた。米国市場へのアクセス拡大なきIPEFの限界は、発足当初から指摘されてきた。
実際、IPEFの前途は多難だ。
米国は今回のサプライチェーン分野での合意を糸口に、今秋のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに他の3分野でも合意を目指している。
ただ、たとえば貿易分野では、米国がデジタル経済の域内のルールの統一化、労働者の権利保護などで高いレベルの要求を各国に突きつけており、新興国側の警戒を招いている。
「サプライチェーンは参加国が最も合意しやすいテーマだったが、他の3分野の協議が同じようにスムーズに進むと考えない方がいい」
交渉関係者はこうクギを刺す。
アジア地域での影響力を拡大させる中国 ASEANなどは、表だった刺激は避けたい?
そもそもトランプ政権時代にTPPから一方的に離脱した米国にとって、IPEFはアジアでの経済的影響力の維持を狙った橋頭堡という位置づけだ。
一方で、ASEANなどが期待する関税の引き下げを伴う協定については、米国内の反対意見に押されて踏み込むことができずにいる。
バイデン政権は「関税引き下げ」という「えさ」なしに、高レベルの協定をまとめる無理筋に挑んでいることになる。
この間、IPEFで封じ込めを狙った中国は着々とアジア地域での影響力を拡大させている。
ASEAN各国にとって中国はすでに、米国をしのぐ最大の貿易相手国。中国内の巨大市場は各国の重要な輸出先となっており、輸入面でもレアアース(希土類)や工業製品など中国依存が高まっている。
「IPEFには参加しているものの、表だって中国を刺激することも避けたい。」これがASEAN側の本音だろう。
米国と新興国の間に立つ日本...IPEFにどこまで付き合う必要があるのか
米国と新興国――同床異夢の両者の間に立つのが日本だ。
「会合の中で日本として、『JAPAN WEEK』の開催を発表した」
5月27日の記者会見で西村経産相は、夏ごろをめどにIPEF参加国の交渉官らを東京に招き、日本のクリーン技術を紹介するイベントの開催を各国に提案したことを明らかにした。
米国を「援護射撃」する狙いがあるとみられるが、米国追随の姿勢がすぎれば、かえってASEAN諸国の反発を招きかねない。
経済連携協定としては中途半端なIPEFにどこまで付き合う必要があるのか。選択を迫られているのは日本も同様だ。(ジャーナリスト 白井俊郎)