円安が止まらない。2023年5月25日(現地時間)のニューヨーク外国為替市場では、一時、昨年(2022年)11月以来となる1ドル=140円台に下落した。
今年3月には円相場は1ドル=130円台で取引されていたから、ここ2か月で10円近く円安が進んだことになる。
円安は今後、どこまで進むのか。日本経済はどうなるか。エコノミストの分析を読み解くと、カギを握るのは植田和男総裁が率いる日本銀行のようだ。
1ドル=140円台半ばになると、「悪い円安論」再燃
こうした円安の再加速、エコノミストはどう見ているのだろうか。
ヤフーニュースコメント欄では、時事通信社解説委員の窪園博俊記者が、こう説明している。
「急速な円安となったのは、最新週の米新規失業保険申請件数が市場予想を下回ったほか、1~3月期の実質GDP改定値が速報値から上方修正されたからです。いずれも景気の良さを示す内容であり、これを受けてFRB(米連邦準備制度理事会)が追加利上げに動くとの観測が一段と強まり、米長期金利が3.8%台に上昇しました。日米金利差の拡大観測からドル買い・円売りが強まり、140円台に乗せる展開となりました」
そのうえで、
「ただ、このところのドル円の上昇ペースは速いほか、米国は債務上限問題が解決するかどうかはまだ予断を許しません。目先は、このまま一方的に円安が進む、というより、むしろなお波乱含みであると警戒したほうがよさそうです」
と、今後は不透明だとした。
同欄では、第一生命経済研究所首席エコノミスト永濱利廣氏が、5月25日に行われた植田和男・日本銀行総裁のインタビュー(編集部注:日本経済新聞、朝日新聞ら報道各社とのインタビュー)に触れて、
「(インタビュー)では、金融緩和を続ける方針を改めて強調する中でも、物価上昇の基調を重視し、インフレ目標未達でも緩和を縮小する可能性があることについて言及したことには注意が必要です」
と、円安再加速を受けて、植田日銀の今後の政策姿勢に注目した。
「こうした発言は、金融政策の変更に対して自由度を高めることを意図したものと受け止められますが、6月6日に厚生労働省から公表される毎月勤労統計では、今年の春闘を反映した賃金データが初めて公表されます。このため、仮に強めの賃金データが公表されれば、6月の日銀金融政策会合に向けて一気に政策修正の期待が高まり、円買いが意識される展開になるかもしれません」
いずれにしろ、1ドル=140円台半ばにまで向かえば、物価高による国民生活の圧迫が意識され、「悪い円安論」が再燃するかもしれない。金融緩和継続中の日日本銀行としても、政策修正に触らざるを得なくなる可能性があるというわけだ。
昨年の円安はFRBの責任、今年の円安は日本銀行の責任
「急速な円安の進行は、それに伴う輸入物価の上昇もあり、国民の円安アレルギーは強くなっており、日本銀行への風当たりは強くなる」と予想するのは、第一生命経済研究所の主席エコノミスト藤代宏一氏だ。
藤代氏はリポート「経済の舞台裏:日銀を揺さぶる円安 そして今年の円安は違う」(5月26日付)のなかで、今後の日本銀行の政策修正の動きに注目する。
まず、5月25日に行われた植田和男総裁のマスコミ各社のインタビューに触れて、こう指摘した。
「記者会見の発言は新味に乏しく、示唆的なメッセージはなかった。ただし、ドル円相場が140を超えたことで、日銀内部では緩和修正に向けた議論が慌ただしくなっているかもしれない」
それは、昨年(2022年)の円安と、現在の円安の理由が違うからだ。
昨年の円安は、FRBの急激な金利引き上げを背景とする「ドル高」によってもたらされたが、日銀は金融政策(引き締め)で食い止めようとせず静観し、最終的に政府(財務省)が為替介入で対応した。
ところが、現在の「円安」は4月に発足した植田日銀が、大幅な金融緩和策を継続していることによって起こっている。【図表1】は、ドル円相場(USD/JPY)と、ドルの強さを表わすドル指数を示した為替相場のグラフだが、足元ではドル円相場とドル指数の乖離(かいり)が目立っている。
「換言すれば、円安要因として日銀の金融緩和の存在感が増しているということであり、これは為替対応を巡る政府と日銀の議論において、日銀に緩和修正を促す方向に作用するとみられる」
そのうえで、こう予想する。
「ドル円相場が140を超えて輸入物価への上昇圧力が高まると、日銀は現行の緩和策を維持することの説明が難しくなる。植田総裁が円安とどう付き合っていくのか未知数の部分は大きいが、いずれにせよ6月と7月の金融政策決定会合はYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)の修正機運が高まる可能性がある」
円は今年末までに、1ドル120円台まで巻き戻される?
第一生命経済研究所の藤代宏一氏と同様に、昨年の円安は米国側の要因だったが、現在の円安は日本側(日本銀行)の要因が背景にあると指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「1ドル140円が目前に:日銀の政策修正観測の後退で円安が進む。中期的には行き過ぎた円安の修正局面」(5月25日付)のなかでこう説明する。
「(昨年は『ドル独歩高』の様相だったが)足もとは、ドル高よりも円安の性格が強い。3月末以降、円は対ドルで6%程度下落しているが、ユーロは同時期に対ドルで1%程度しか下落していない」
「4月に就任した植田総裁が、予想外に政策修正に慎重な姿勢を見せたことで、早期の政策修正観測は一気に後退している。その結果、日米金利差拡大観測が再び強まるなか、円安ドル高傾向が為替市場で強まったのである」
そして、金融市場では6月か7月に、YCC見直しなどの政策修正が行われるとの観測が燻(くす)ぶっているが、仮に政策修正が見送られれば、円安が一気に進み、140円台半ばから後半まで上昇する可能性があるという。
その後は、どうなるのか。
現在の状態は、10年前に日本銀行が異次元の金融緩和に踏み切って以来、実質実効円レート(それぞれの国の通貨の実力に見合った為替レート)を下回る円安水準が続いているという。そして、実質実効円レート推移の【図表2】を示しながらこう説明する。
「他方で、年後半に入り、急速な金融引き締めと銀行の貸出抑制の影響から、企業部門を中心に米国経済が悪化、金融不安が再燃し、FRBの早期利下げ観測が強まれば、リスク回避傾向と日米金利差縮小観測が重なる形で、円が急速に巻き戻される可能性がある」
「(今年後半に)米国経済が本格的な景気後退に陥り、金融不安が顕著に広がる場合には、円は年末までに1ドル120円台まで巻き戻される、と見ておきたい」
「植田総裁のもとで、金融政策の修正が進めば、行き過ぎた円安も修正されていくと考えられる。この10年移動平均値を円の均衡水準と考えれば、ドル円レートの均衡水準は1ドル109円程度、となる計算だ【図表2】」
「植田総裁は早期の政策修正には慎重であるが、2024年後半以降には、副作用を軽減することを狙った『金融緩和の枠組み見直し』を相当進めていくことが予想される。その結果、向う数年を視野に入れれば、1ドル109円程度まで円高が進み、異例の金融緩和が作り出した、行き過ぎた円安が解消されていく、とみておきたい」
(福田和郎)