「自己啓発本」読み過ぎの人に解毒剤 ネガティブ思考のススメ

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最悪のシナリオを意識的に取り上げる「悪事の熟考」

   最悪のシナリオを意識的に取り上げ、正面から取り組む手法をストア哲学者は、「悪事の熟考」と呼んでいる。これには、いくつか効能がある。

   「自分にとって価値ある物はやがてなくなるだろう」と考えてみると、人間は今の人生を精いっぱい楽しもうとする。これを繰り返すことで、何度も人生の喜びをかみしめることができるという。

   また、不安や心配な気持ちを鎮める「解毒剤効果」もある。物事が悪い方向に進んだとしても、恐れているほど悪くはならないものである。

「平静心は、われわれの不合理な判断を合理的な判断に置き換えることによって生じる。最悪のシナリオをあれこれ描いてみること、つまり『悪事の熟考』はこの目標を達成するためにも最上の方法であることが多い」

   こうしたストア哲学を現代心理学に応用した、アルバート・エリスという心理療法士の教えに従い、著者はロンドンの地下鉄で「恥かき訓練」という奇妙な体験をする。電車が駅に近づき、自動アナウンスが流れる前に、大声で駅名を叫ぶというものだ。

   最初の駅では吐き気を催すほどだったが、次第に慣れた。「恐れているほど悪くはならない」という真実に向き合った、と書いている。

   このような体験取材の成果をいくつか披露している。

   禅の瞑想センターでは、40人の見知らぬ人たちと一緒に、1日約9時間の瞑想をして1週間を過ごした。4日目の終わりにあらゆるネガティブな思考と感情に襲われ続ける、拷問のような思いをした。後にそれは伝統的に瞑想者がかならず通過する「悟りへの初期段階」であることを知ったという。

   「森田療法」を確立した、日本の心理学者、森田正馬のことばを借りて、「私の心の動きは何であれ、すべて単なる精神的事象にすぎず、判断や裁定の対象ではないことに気づき始めたからだ」と書いている。

   以下の章では、目標を立てることの難しさを説き、ジェネラル・モーターズ(GM)の失敗例を挙げている。

   GMは2000年代、シェア「29」%という目標を掲げ、あらゆるところに「29」という数字があふれた。しかし、業績は悪化。09年に倒産。最終的には連邦政府の緊急救済措置を受け、生き延びることができた。このほか、成功体験があてにならないことを論じている。

   最後に、19世紀の英国の天才詩人ジョン・キーツが手紙に書いた「消極的能力」ということばを紹介し、本書で論じてきた、幸福への「ネガティブな道」との類似性を指摘している。

「人間の才能の中でももっとも価値のあるのは、『急いで結論を求めようとしない能力』であり、完全や確実や快適を望む気持ちはあっても、それらをやみくもに追求しないでいる能力である」

   人生の不条理さや不確かさを含む混沌の中を歩むことが、「真の幸福」ではないか、と結論づけ、安易なポジティブ思考が提供する表面的な幸福とはまったく異質だとしている。

   「良き旅人は計画を持たず、行先に執着しない」という中国の老子のことばで結んでいる。

   本書が言及するアメリカの自己啓発本のほとんどが邦訳されている。自己啓発本を読み過ぎているかな、と自覚した人には「解毒剤」になるかもしれない。(渡辺淳悦)

「ネガティブ思考こそ最高のスキル」
オリバー・バークマン著、下隆全訳
河出書房新社
1958円(税込)

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