日本の電機産業が凋落した5つの大罪とは?

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慢心した日本企業

   第2の罪は、「慢心」の罪だ。日本の電機メーカーに巣くっていた技術開発力、生産技術力、ブランド力、営業力などに対する過剰な自負心が、外部環境の変化に対する感度を鈍らせたという。

   さまざまな製品カテゴリで韓国や台湾の新興勢力への対応が遅れ、シェアを奪われていったのも必然的だった、と見ている。

   かつての職場での会議の光景を紹介している。台湾製のCD-Rが低価格で出回ったことに対し、「ちゃんとした品質のモノは作れないから心配ない」という意見があった。だが、台湾は生産開始から5年ほどで世界の生産シェアの7割以上まで拡大させた。桂さん自身も記録メディア事業で日本企業が負けることを、まったく想像していなかったという。

   「サムスンというモンスターを育てたのはシャープ」と、刺激的なことを書いている。

   1983年に半導体事業への本格的な参入を宣言したサムスンは、スタートラインに立つために、シャープの技術指導を受けたそうだ。シャープの指導に含まれていた技術は、当時でも陳腐なもので、機密性や先進性に問題はなかったが、結果的にサムスンの半導体事業の急成長を助けたのは否めない、と見ている。

   当時、シャープで海外事業の責任者をしていた著者・桂さんは父に、当時のことを尋ねると、「いや、サムスンがここまで強なるとは、当時は誰も想像できんかったよ」と答えたという。

   「ジャパンアズナンバーワン」(1979年、エズラ・F・ヴォーゲル著)というタイトルは、多くの日本人の自尊心をくすぐり、「日本企業の敵は日本企業だけだ」というある種の「無敵感」に浸っていた。桂さん自身も、そう思っていたと振り返る。

   駆け足で、残り3つの罪にもふれよう。

   第3の罪は、円高とインターネットという2つの「隕石」に直撃され、「困窮」した罪だ。1円の円高が年換算で数十億円の為替差損を生み、ダメージを与えた。そして、インターネットへの対応に遅れた。

   さらに、2000年代に入り、「選択と集中」という間違った掛け声のもと、組織はさまざまな余裕を失い、イノベーションを起こす力も大きく損ねてしまった、と批判している。

   第4の罪は、雇用における「半端」の罪だ。雇用に競争原理が導入され、非正規雇用によって人件費の変動費化が図られたが、アメリカ流雇用の美点であった公平性や企業統治の厳格化は蔑ろにされ、ダイバーシティも進まなかった。

   また、人件費も上がらなかった。この中途半端さの結果、社員のエンゲージメント(組織への誇りや忠誠心)は高まらず、企業業績も回復しない、と分析している。

   第5の罪は、リーダーがビジョンを持たない「欠落」の罪だという。

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