世界最大規模の自動車関連展示会「上海国際自動車ショー」が閉幕した。
日本の自動車大手が新型EV(電気自動車)を初披露し、急成長するEV市場での巻き返しをアピールした。また、中国のEV大手の比亜迪(BYD)はハイエンドEVをラインアップするなど、世界中が「EV」への足場固めを急ぐ情勢が読み取れる展示会となった。
もっとも、一方では独BMWの「アイスクリーム炎上事件」が勃発するなど、話題に事欠かなかった。
そんな上海モーターショーに先駆け、日本アイ・ビー・エム(IBM Institute for Business Value)が電気自動車(EV)に関する最新の調査レポート「持続可能なモビリティー社会の実現を目指して:EVシフトが加速する」(日本語版)を2023年4月12日に発表。調査によると、消費者の50%が今後3年以内にEVの購入を検討していることがわかった。
急速に進みつつあるモビリティーの電動化
脱炭素社会の実現に向けて、自動車産業を見る世間の目が厳しくなっている。世界各国は温室効果ガスの排出量を大幅に削減するため、自動車メーカーに対する積極的なEV(電気自動車)の販売目標を設けている。
米国は2030年までに販売台数の50%をEVに、日本や中国、EU(欧州連合)、英国は、まだ一部流動的ではあるものの2035年までに100%にすることを目指している。
その一方で、消費者は来るEV時代を受け入れようとしているものの、価格や充電設備の設置の遅れに懸念も抱いている。
IBM Institute for Business Value(IBV)は、自動車業界が「EVへの全面移行を本当に考えているかどうか」を確認するため、9か国1501人のエグゼクティブ(経営幹部)を対象にインタビューを実施。また、消費者に「EVを受け入れる準備があるか」を把握するため、7か国の1万2663人を対象に、消費者調査を実施した。
「2030年までに自国のEV充電インフラが整う」と予想した経営幹部はわずか13%
調査によると、再生可能エネルギーの生産技術の進歩や、コスト削減と走行可能距離の伸長を実現したバッテリー技術の革新や政府による財政的な支援によって、2020年以降、EV販売は急増を続けている。
自動車所有に関する将来の見通しは国によって大きく異なるものの、クルマを運転する消費者の概ね50%が、今後3年以内に自家用車としてEVを所有するつもりであると答えているという。
一方、消費者のEVの需要は高まっているものの、「2030年までに自国のEV充電インフラが整う」と予想した経営幹部はわずか13%で、EVへの移行にはまだ障壁があることがわかった。
IBVはレポートで、充電設備の利用の可能性や信頼性、EVとエネルギーのコストといった要因が、EV導入に影響を与えているとしている。消費者の需要の高まりとインフラの必要性に応えるため、企業や政府は早急な対応が求められているという。
EVシフトは今まさに転換点を迎えている
EV時代の到来に、自動車メーカーの経営幹部は2030年までにEVへの支出は61%増加し、販売シェアは40%になると、同レポートは予測する。
また、2030年までに内燃機関(ICE=ガソリンなどを燃焼させて発生したガスを用いて機械を動かす仕組み)車への支出は半減し、2041年までにその販売が終了するだろうとしている。
調査データをみると、持続可能な移動手段の未来像として、EVへの移行は十分なペースで進んでいるようだ。
IBVによると、経営幹部の多くは、EVは企業戦略の中で重要な地位を占めていると考えており、「現在、EVは戦略的領域ではない」と回答した経営幹部は1501人中わずか4人に過ぎなかった。
さらに注目すべきは、今後数年のうちにEVへの投資額がICE車への投資額を上回るという予測だ。【図1参照】
2030年までに、EVへの投資額は現在より61%増加し、ICE車への投資額は半分になると見込まれている。
IBVは、「もっと驚くべきは、2041年以降に内燃機関車の販売を想定している幹部は皆無で、62%が2035年ごろまでにICE車の販売はすべて終了するだろうと予測していることだ」と指摘する。
ところが、自動車業界の野心的な2030年のEV販売目標(欧米や中国では、販売台数のおよそ50%から80%)を、実際に達成可能だと考える幹部は44%に過ぎないという。
EV普及の決め手は社会インフラとしての充電設備
一方、今回の調査でEV変革を進めるに当たって対処すべき課題がいくつか浮き彫りになった。
(1)EVの購入動機、価格設定と所有コストについて、消費者の期待と業界幹部の認識との間に乖離があること
(2)EVが広く普及するために不可欠な、充電インフラとバッテリーのライフサイクルをサポートするためのエコシステムの連携強化が必要なこと
(3)自動車メーカーとして、新たにどのオペレーション領域を社内で強化し、どの領域を他社と協業すべきか、継続的に評価する必要があること
――がそれだ。
さらに、EV購入の意思決定に関わる要因について、自動車メーカーのエグゼクティブと消費者のあいだでは見解に相違があることもわかった。
調査によると、EVの購入価格は消費者にとって最も重要な要素の一つで、バッテリーの持続距離よりも重要視されていることがわかった。しかし、自動車メーカーの経営幹部の認識と消費者の希望は一致しない。
経営幹部は、EVの購入価格が同等のエンジン車と比べてプラス5%から8%であれば、消費者に受け入れられると想定している。一方、消費者のEVへの関心は約6万ドルを境に低下する。
IBVの分析によると、米国における現状のEVの価格プレミアム(顧客がブランドに対して他の製品より余分に支払ってもよいと考える価格)は16%。自動車メーカーはEVの価格を引き下げる努力を続けているものの、消費者とのあいだには明らかなギャップが存在するとしている。
さらに、自動車メーカーはインフラとしての充電設備の設置とバッテリー機能の向上に、まだまだ頭を痛めることにもなる。
今回の調査で、自動車メーカーの経営幹部は消費者のEV購入の動機として、「充電設備への容易なアクセス」、「環境に対する配慮」、「自宅で充電が可能」などを想定していた。
一方、消費者は「自宅で充電が可能」、「維持費が少なくて済む」、「燃料費が少なくて済む」ことを挙げた。消費者の半数以上が社会インフラとしての充電設備の不足を心配していることがわかった。
家庭での充電が主な充電手段になると予測する消費者は、約半数に過ぎない。そのため、EVの普及に伴い、職場や買い物先、旅行先などの目的地の充電スポット、自宅近くの共有型充電設備、走行途中に急速充電できる設備などバランスよく整備される必要がある。
消費者と、政府や企業がより持続可能な交通手段を整備する力とのあいだには大きなギャップがある。【図2参照】
バッテリーの性能アップ、リサイクル...課題は多く
ところで、バッテリーの持続時間はEVの充電事情にも関わる。
IBVの分析によると、ほとんどの消費者が300マイル(483キロメートル)を上回るEVの走行可能距離を求めているが、2021年の米国市場におけるその中央値は234マイル(377キロメートル)だった。
バッテリー性能は時間とともに低下し、それに伴い充電回数が増え、充電時間が短くなると、バッテリーの寿命やEVの残存価格に影響が及ぶ。また、発熱などの安全性の問題も気になるところ。
さらに、原材料の調達、製造過程で排出される温室効果ガス、廃棄バッテリーのリサイクルなどに伴う環境負荷といった課題への対応も考慮しなくてはならないと、指摘している。
EVの充電インフラの整備には多大な労力が伴うため、自動車メーカー幹部は、「当面は充電手段が十分な水準に到達するとは考えていない」としているが、回答した経営幹部の89%が、2040年までには自国のEV車向けの充電インフラが整備されると予測している。
ただ、「2030年までに、十分な充電設備が利用できるようになると予測する自動車メーカーの幹部は13%に過ぎない」と、IBVはみている。
なお、調査はIBMのシンクタンクであるIBM Institute for Business Value(IBV)が、世界9か国1501人の自動車業界のエグゼクティブへのインタビューと7か国1万2663人を対象とした消費者調査をオンラインで実施した。
経営幹部の内訳は、74%は執行役員またはシニア/エグゼクティブ・バイスプレジデントで、26%はディレクター。そのうち半数はグローバル統括担当で、半数は地域統括担当だった。また企業の内訳は、従来の自動車メーカー(22%)、EVメーカー/ブランド(17%)、部品サプライヤー(31%)、充電ハードウェア/ソフトウェアや充電スポットを扱うエコシステム内プレーヤー(30%)だった。職種は、戦略・統括経営、財務、研究開発、製造、調達、販売・マーケティング、カスタマーサービス・アフターセールス、IT、規制・サステナビリティーが含まれる。