学び直しを意味する「リスキリング」の必要性が、最近よく聞かれる。しかしながら、日本の社会人のほとんどは、学びへの意欲が極めて低いと、本書「リスキリングは経営課題」(光文社新書)は指摘する。
それは決して個人の「やる気」不足のせいではなく、日本企業の働き方やキャリアの仕組みによるものだ、と説明する。日本企業がリスキリングを通じて生まれ変わる方法を提言している。
「リスキリングは経営課題」(小林祐司著)光文社新書
著者の小林祐司さんは、パーソル総合研究所上席主任研究員。上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、現職。専門は人的資源管理論・理論社会学。著書に「早期退職時代のサバイバル術」がある。
「リスキリング」ブームはなぜ起きた?
「リスキリング」ブームはなぜ起きたのか。
1つ目の理由は「DX」、つまりデジタル・トランスフォーメーションの潮流だという。デジタルを活用したビジネスモデルの転換を意味する「DX」は、新型コロナウイルスの猛威によって一気に不可逆的な流れとなった。
以前から必要性を説かれていた「デジタル化」「IT化」とひっくるめて「DX」の名のもとにまとめられ、同時に推進されようとしている。それを担う人材が不足しているため、リスキリングの必要性が上昇した。
これに、もう1つの世界的な流れが合流した。「人的資本開示」だ。
これは、個人が持っている知識やスキル、能力や資質などを、経済的な付加価値を生み出すための資本とみなす、という考え方だ。そして、企業の「人的資本」の状況や育成方針を投資家など企業の外部へと開示することが求められ、多くの企業の経営課題として浮上している。
ところが、日本は先進国の中でもGDPにおける人的投資の規模が極めて小さい。
世界中でDXの波が起こり、就業者のリスキリングの必要性が叫ばれているのに、企業の人への投資が全く伸びていない。この状況に危機感を抱いた政府は、企業に対して賃金を含めた人材投資への圧力を強めている。
岸田政権が、リスキリングを強調するのは、そうした背景があるからだ。
パーソル総合研究所で小林さんが行ったリスキリングについての定量調査によると、全国の正規雇用者全体で、一般的なリスキリングの経験がある人は3割程度。一方、デジタル領域のリスキリングはぐっと低くなり、全体で2割程度になる。
業種別では、情報通信業、教育・学習支援業、金融業、保険業、電気・ガスなどインフラ業で高く、建設業、運輸業などで低い。
「工場モデル」との決別が必要
本書がユニークなのは、リスキリングの発想の転換を求めていることだ。
「未来に必要なスキルを明確化し」→「そのスキルを新たに身につけて」→「ジョブとマッチングする」という線的なモデルに基づくことを、「工場モデル」と批判している。
小林さんは、工場モデルは、「個」にフォーカスし過ぎており、「組織的視点」が介在せず、「学ぶ人しか学ばない」という学びの偏在性を解決できない、と指摘する。
本書の大きな方針は、「個人のやる気」頼みのリスキリングをやめ、リスキリングのための動機づけを「仕組み化」することだ、と宣言している。
社外学習・自己啓発、何もやってない人が5割
そこで浮上したのが、「世界で最も学ばない日本人」の実態だ。
社外学習・自己啓発を「何もやっていない」人の割合は、日本は52.6%とダントツに高い。ちなみに中国は20.6%、米国15.7%、インド3.2%(同研究所調べ)。小林さんは、「日本人は、学ぶ意欲があるのに何かの障害があるわけでもなく、『学ばないぞ』と主体的に選んでいるわけでもなく、『なんとなく』学んでいない」と説明する。
それは、「学ばせたくない」企業と「学びたくない」国民の共犯関係だとも。「研修は新人が受けるもの」であり、多くの従業員にとっては関係のないもの。そもそも人材投資額が極めて低い日本企業が、その投資先を正規雇用の「新人」と「管理職」にばかり振り分けたからだという。
小林さんは「働かないおじさん」問題について、研究し、解決策を提案してきたが、当事者たちの「他人事」感を問題だとしている。
実際に日本の現場で目にするのは、キャリアの主導権を企業に握られつつも、「なんだかんだ、そこそこ楽しく」働いている多くの会社員の姿だという。
「学びたくもないし、転職もしたくないし、勤め続けたくもないし、企業とも交渉したくもない」という中途半端な状態こそが、世界一学ばない社員を生み続けるというのだ。
続く章では、「変わらなさ」の根本原因を探り、変化を抑制するメカニズムを論じている。
リスクリングを支える3つの学び
さて、後半、いよいよリスキリングを支える3つの学びが登場する。
1つ目として、新しい仕事のやり方やスキルを獲得するために古いやり方を捨てる「アンラーニング」を挙げている。だが、これには抵抗もあるようだ。修羅場を経験するなど「限界」を感じることが、アンラーニングを進めるという。
2つ目は、「ソーシャル・ラーニング」。人を巻き込む学びのことだ。他者と真似し合い、教え合い、創り合い、高め合う。「やる気」は外からやってくる、と説明している。
3つ目はラーニング・ブリッジ。社会ネットワークでつながる「知」だ。ここでは、「世界で最も治安が良く、最も他者を信頼しない」という日本の特徴を論じている。それでは社会開拓力が育たない。「孤独」が学びを遠ざけているのだ。
リスキリングを単なる「お勉強」のように考えていた人には、ショッキングな内容だろう。
小林さんは、教育による「インプット」にばかり注力しても、職場でのスキル発揮という具体的な「アウトプット」は導かれない、と断言している。
そして、「工場モデル」ではなく、スキル獲得を通じて「変化の創出」を最大化するための仕組みを「変化創出モデル」と呼び、どう作るかを解説している。端的に言えば、社内のジョブ・マッチングの仕組みが大切だということだ。
「企業をキャリアの学校にする」。リスキリングは、単なる「お勉強」ではない。だからこそ、企業にとっての経営課題であるわけだ。(渡辺淳悦)
「リスキリングは経営課題」
小林祐司著
光文社新書
1012円(税込)