コロナ支援が終わり、今後、中小企業の倒産が激増する恐れがある。本書「地銀と中小企業の運命」(文春新書)は、危機をチャンスに変えるべく奮闘する地方銀行と中小企業の成功例を提示したものだ。
「地銀と中小企業の運命」(橋本卓典著)文春新書
著者の橋本卓典さんは、共同通信社編集委員。2006年入社、経済部記者として大手銀行、金融庁を担当。2016年に「捨てられる銀行」(講談社現代新書)を刊行、ベストセラーとなった。
「ゼロゼロ融資」の返済が本格化
コロナ禍において、国は中小企業の資金繰り対策として2020年3月から実質無利子・無担保融資(「ゼロゼロ融資」)を打ち出し、融資実績は40兆円超にも積みあがった。無利子期間が終わる2023年5月以降、一部返済が始まる。
1社ごとの債務は数千万円から1億円前後で、「額」は問題ではなく、恐ろしさは「社数」にある、と指摘する。コロナ関連の保証協会の保証承諾件数は約195万件、日本政策金融公庫の融資は約97万件。仮に返済困難になる企業が1割であっても、20万~30万社と膨大で、事業再生に金融機関が対応できるのか、疑問視している。
橋本さんは、廃止されたはずの「金融検査マニュアル」が銀行をダメにし、企業支援の足かせになっている、と見ている。金融庁(当時は金融監督庁)が銀行に対して行う「検査の手引書」として導入した「検査マニュアル」が、金融機関と企業の関係を一変させ、金融機関の存在意義や価値を変質させたというのだ。
検査マニュアルの弊害で「担保・保証」に依存した融資になれきった銀行員は、「簿価」でしかビジネスを考えることができない。「時価」の可能性に気がつかず、自ら企業再生を困難にしているという。
地域金融は「農耕型金融」を目指せ
地域金融がどう変わるべきなのか、豊富な事例を紹介しているのが、本書の読みどころだ。
山形大学大学院(理工学研究科)の小野浩幸教授は、2007年から、県内金融機関の職員を対象に、企業支援に必要な目利き、分析、解決を研修し認定する「産学金連携コーディネータ研修」を続け、2022年8月までに総受講生は750人を突破した。年間最大2000件近い企業相談に応じているという。
小野教授の「人口減少で持続可能性が問われる時代に必要なのは、闇雲に大規模な資金を貸し出す『狩猟型金融』ではなく、中小企業に付加価値をもたらし、課題解決や生産性向上に取り組み『農耕型金融』です」という言葉を、本書は紹介している。地銀と中小企業が連携した例がいくつも出ている。
たとえば、山梨県の中央本線小淵沢にある駅弁屋・丸政は経営不振に陥っていた。山梨中央銀行の小淵沢支店長はストップウォッチを手に弁当工場に乗り込み、生産ラインごとの作業時間を計測した。改善指導の結果、生産能力は3倍に向上した。従業員もコスト意識を持つようになり、最新の解凍機を導入、東京の百貨店への出店が可能になった。
地域にはファミリー企業が多い。日銀支店長のキャリアを捨て、ファミリービジネスを総合的にサポートする「フィーモ」を立ち上げた大澤真さんの取り組みも興味深い。
創業家の場当たり的、属人的な意思決定を防ぐために、「家族憲章」を制定してもらう。富山銀行とともに永続企業支援サービスを行った富山県のアルミ加工会社が将来を「見える化」した例が参考になる。
地銀において、金融庁が示した「リレーションシップ・バンキング」の概念による顧客への密着取引は困難だ。担当者1人につき、200社弱という地銀もある。これでは、数カ月に1回も訪問できない。
業況の厳しい企業を中心に、企業のサービス、商品の販路を開拓して、売上の増強を支援する、大分県の豊和銀行の「Vサポート」は、預金、融資と並ぶ「第3の本業」と位置づけられている。あえて対象支援を100アイテムに限定、95.9%が販路を拡大させている。
異次元での改革を進め、いちはやく旧来の銀行像から「卒業」しようとしているのが、北陸3県を地盤とする北國銀行を傘下に持つ北國ファイナンシャルホールディングスだ。
2021年5月には、勘定系システムをマイクロソフトのクラウドサービスに移行した。メガバンクを含めて初めてだ。しかも自前の開発部隊で実行、システムコストは数十分の一になったという。60歳までの出向延長と給与保証を行い、地域貢献の人材を輩出しようとしていることを評価している。
金融庁「業種別支援の着眼点」を徹底解説
金融庁は2022年12月、コロナ禍、資源高で苦境にある中小企業に対し、金融機関が取り組む際の「業種別支援の着眼点」(試行版)を発表した。その詳細な解説を特別付録として収めている。その原案作成に関わった北門信用金庫(北海道滝川市)の企業支援室長、伊藤貢作さんに取材したものをまとめたものだ。
たとえば、建設業では、外注か自社工事施工か、集権型か分権型かなどを見極め、苦手意識を持たないことを求めている。
飲食業では、店の適正面積、適正人数、常識的な原価率を知り、訪問時には「従業員の役割分担まで突き詰めて、適正賃金バランスを見直すのが「支援」だとしている。
このほか、小売業、卸売業、運送業について解説している。
伊藤さんが説く「経営改善計画」のつくり方が参考になりそうだ。
ポイントは「企業経営者が自らの言葉で計画を説明できるまで腹落ちしているかどうか」だそうだ。なぜなら、行動変容につながらない計画は無意味だからだ。
曜日・時間ごとの売上、原価、費用をどう見込んでいるのかといった、できるだけ具体的なものが望ましいという。真のバンカーとは「必ずなんとかする人間」だという。そんなバンカーが何人も登場する本書を読むと、勇気が湧いてくるかもしれない。(渡辺淳悦)
「地銀と中小企業の運命」
橋本卓典著
文春新書
990円(税込)