「想像以上のハト派」「愚直に黒田路線を続ける気?」――。日本銀行は2023年28日、植田和男総裁が就任して初めての金融政策決定会合を開き、従来の大規模な金融緩和を続けることを決めた。
これは金融市場の大半が予想していたことだった。また、これまでの金融政策のレビュー(検証)を始めると決めた。これも予想の範囲だった。しかし、市場を驚かせたのは、「1年から1年半」もの時間をかけて検証することだ。
これでは、「黒田緩和」の政策修正が始まるのは、いつになることやら。もっとも、市場は歓迎、即座に1ドル=135円台後半にまで円安に振れた。エコノミストの分析を読み解くと――。
デフレ時代から続いた25年間の金融政策を検証
政策決定会合では、長期金利の変動幅もプラスマイナス0.5%程度に維持し、YCC(イールドカーブ・コントロール)を行なわないことを決めた。
また、1990年代後半以降、約25年間続けてきたさまざまな金融緩和策について、1年から1年半程度をかけてレビューを行うことを決めた。日本でデフレが長期間続いた原因や、金融緩和策の効果、それに副作用などについて時間をかけて検証する。
一方、市場が注目していた今後の経済状況を予測する「展望レポート」を発表、最新の物価の見通しを公表した。2023年の生鮮食品を除いた消費者物価指数の見通しは、政策委員の中央値で、2022年度と比べてプラス1.8%と、これまでのプラス1.6%から引き上げた。
今回の結果、エコノミストはどう見ただろうか。
ヤフーニュースコメント欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏は、
「植田総裁は就任前から金融政策の修正には慎重な見方を示していたうえ、いったん強まった金利上昇圧力が落ち着いていることや、急速な円安が一巡しているという追い風もあり、今回の修正は事前の予想通り見送られました。過去の緩和策の影響をレビューするとしていますが、期間は1年から1年半程度の時間をかけるとしており、金融政策を修正するにせよ、ゆっくりと進めていくとの意思表示ともとれます」
と、当分、金融緩和が続くと指摘。そのうえで、
「一方、同時に発表された経済・物価情勢の展望では、消費者物価指数(コア)の政策委員見通しの中央値が、2022年度の前年比プラス3.0%に対し、2023年度にプラス1.8%に鈍化した後、2024年度にはプラス2.0%とインフレ目標に達するとされており、次第に引き締めの環境が整うことが想定されています。いずれにせよ、修正が引き締め方向であることに変わりはなく、市場の機能麻痺や歪みといった問題が生じれば、タイミングが早まる可能性があります」
と、タイミングを見て、金融引き締めに動くだろうと予想した。
「思ったよりも黒田路線、声明文の行間を読むのに苦労する」
金融正常化を急がないことがうかがえて、「思ったよりも黒田路線だった」と指摘したのは、第一生命経済研究所の首席エコノミストの藤代宏一氏だ。
藤代氏のリポート「経済の舞台裏:やはり『思ったよりも黒田路線』」(4月28日付)では、声明文に「経済・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、『2%の物価目標の安定』を持続的・安定的に実現することを目指していく」という表現が加わったことに注目した。
「従来に比べて物価と賃金の連関が強調された点が特徴的です。2022年以降、輸入物価主導で消費者物価が上昇し消費者の負担が増したことで、日銀の物価目標についてその意義を問う声が一部にあるので、そうした疑問や批判に対応する意図が読み取れます」
そう分析する。
一方、25年間にわたり続いてきた金融緩和策について、「『1年から1年半程度』の時間をかけて多角的にレビューを行う」との記載については、疑問を投げかけた。
「政策変更の布石としては何とも微妙な時間軸で、『行間』を読むのに苦労する。早急な政策変更はしないという含意があるようにも思えるが、一方で『毎回の金融政策決定会合で点検を実施する』という従来からの表現の言い換えに過ぎないとも感じる」
藤代氏がもう1つ注目したのが、「展望レポート」の物価見通しだ【図表】。
「展望レポートの物価見通し(除く生鮮食品)は2023年度がプラス1.8%、24年度がプラス2.0%、今回新たに発表された2025年度はプラス1.6%であった。生鮮食品とエネルギーを除いたベースは2023年度がプラス2.5%、24年度がプラス1.7%、2025年度はプラス1.8%であった。
一部の観測報道では2024~25年度にかけて2%近い予測値が発表されるとされていたが、それに比べるとやや控えめな印象であった」
こうしたことから、藤代氏はこう結んでいる。
「声明文の変更が比較的軽微だったことや、レビューの期間が長かったことを踏まえると、早々にYCCが修正される可能性はやや低下した印象がある。もちろん次回(6月16日)会合までの間に長期金利の上昇圧力を強めたくないとの思惑もあるだろうが、それを踏まえてもやはり『思ったよりも黒田路線』という印象が強い」
日銀と市場の「時間軸」には、「数年先」と「数か月先」のズレがある
「植田総裁は予想以上にハト派だ。多くの人が考えているより、政策修正は先になる」と辛口のコメントをするのは、第一生命経済研究所の首席エコノミストの熊野英生氏だ。
熊野氏のリポート「植田総裁の初会合、2023年4月会合~黒田緩和の刷新はせず」(4月28日付)では、こう指摘する。
「金融政策運営のレビューをするときに『1年から1年半程度の時間をかけて』行われると記述されていた。この記述をみて多くの人が驚いた。これでは、日銀はすぐに政策修正をしないと見られてもおかしくはない。総裁会見では、『レビューは目先の政策変更に結びつけない』と明言した」
「従来の就任会見などで語っていた『物価安定は積年の課題』としてきた発言とはかなり温度差がある」
「発表文では、指値オペの方針はそのままで、『必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる』という文言も黒田時代と全く変わっていなかった。どうも黒田時代の政策運営は、当面は刷新される訳ではなさそうだ」
そして、熊野氏はこう批判する。
「植田総裁の言葉にはやや曖昧すぎるところがある。今回の発表をみる限りは、植田総裁の政策の時間軸は極めて曖昧だ。レビューについて、『1年から1年半程度の時間をかける』というのは、時間のかけすぎだ。これでは、1年後(2024年度)から1年半後(2024年度後半)まで大掛かりな政策修正をしないという情報発信に聞こえる」
「多くの人は、点検や再検証とは黒田緩和の弊害を是正するためにやるのだと考えていた。しかし、今回はデフレに陥った1990年代後半以降の25年間を対象にするという。そんな長期間をかけて構造分析をする必要性はない。ここは、黒田緩和の是正を期待する人々の思惑とは完全にすれ違っている」
熊野氏は、以前から日本銀行の「時間軸」と、マーケットが認識する「時間軸」には、「数年先」と「数か月先」といった相当なずれがある、と批判したうえで、こう結んだ。
「今回の会合でかなりはっきりしたことは、目先、YCCの見直しはしないという姿勢である」
「当面の政策運営はYCCを撤廃したり、有名無実化するようなことはすぐには実施されず、しばらくは愚直に黒田時代の枠 組みを維持することになるだろう」
「1年から1年半のレビュー」には、植田色がにじんでいるのか?
一方、「1年から1年半程度の時間をかけて、多角的にレビューを行うこととした」という声明文の箇所には「植田色を滲(にじ)ませた」と評価するのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
木内氏はリポート「植田日銀総裁は初回の会合で政策変更を見送り:フォワード・ガイダンスを修正、1年から1年半で政策レビューを行う」(4月28日付)のなかで、こう指摘する。
「この文言は、政策の見直しは直ぐには実施されない、というメッセージを金融市場に送る狙いもあるのだろう」
「植田総裁は、当面は金融緩和状態を維持する考えであるが、その中で、異例の金融緩和(非伝統的な金融緩和)がもたらす副作用を減らすような枠組みの見直しは実施するとみられる。それは、ここでいう『レビュー』を踏まえて実施されるのだろう」
「筆者(=木内登英氏)はマイナス金利解除、YCC廃止などの本格的な金融緩和の枠組みの見直しは、2024年後半以降になると考えている。ここでいう1年から1年半程度という時間軸は、それと整合的であるようにも思える」
そして、今後の日銀の動きについてはこう予想する。
「『レビュー』で政策の副作用、問題点を洗い出し、金融緩和状態を維持しつつも副作用を軽減する形で、金融緩和の枠組みを見直していく、というのが植田総裁の向こう5年の基本的な姿勢になるのではないか」
「ただし、1年から1年半後に政策の副作用、問題点を一気に総括する、ということにはならないだろう。その場合には、枠組みの見直しが一気に実施されるとの観測から、金融市場が混乱するリスクが高まるからだ」
「日本銀行は、個々の政策の枠組みについて随時レビューを行い、枠組みの見直しを、相応に時間をかけて段階的に行うことになるだろう。過去に日本銀行が行ってきた『検証』、『点検』などと同様に、『レビュー』の結果が示される際には、それは政策の修正がほぼ同時に実施されることになるのではないか」
(福田和郎)