「言ってはいけない 残酷すぎる真実」(新潮新書)などのベストセラーで注目される、作家・橘玲さんの新刊「シンプルで合理的な人生設計」(ダイヤモンド社)が出た。最もシンプルな成功法則は「合理性」だというものだ。
とはいえ、「人生を合理的に生きなさい」という意味ではない。
そんなものは「マシン(機械)の人生」であり、いったん人生の土台を合理的に設計すれば、どのような人生を送ろうと自由だ。それがどんなに不合理なものであっても、あなたは「成功者」だ、とエンカレッジしている。
「シンプルで合理的な人生設計」(橘玲著)ダイヤモンド社
著者の橘玲さんは作家。2002年、金融小説「マネーロンダリング」でデビュー。「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」が30万部のヒット。前著「幸福の『資本』論」(ダイヤモンド社)で、幸福の土台を「金融資本」「人的資本」「社会資本」という3つの資本で分析。その土台を「合理性」という枠組みで詳しく見たのが本書である。
人生は、ありとあらゆるトレードオフ(選択)から構成
合理性とは「投入した資源(リソース)に対してより多くの利益(リターン)を得ること」と定義している。本書の前半は、理論編にあてている。そのエッセンスを抜粋すると、以下のようになる。
人生は、ありとあらゆるトレードオフ(選択)から構成されている。選択が少ない人生ほど、人生は豊かになる。よい選択とは、コストパフォーマンスとリスクパフォーマンスを最適化すること。満足度を最大化するのではなく、後悔を最小化する、などである。
近年の睡眠の科学を紹介したうえで、睡眠こそがもっとも効果の高い成功法則だとしている。さらに、毎日25分の散歩で長生きできるという、さまざまなデータを紹介している。
後半は、いよいよ実践編である。合理的に人生を設計するための戦略を論じている。
「幸福に生きるためにはどうすればいいのか」という問いに対して、脳科学・遺伝学からきわめて有力な説が、実験によるエビデンス(証拠)とともに現れたという。
1 幸福感には一人ひとりちがいがあり、それはおおよそ生得的に(遺伝+幼少期の環境で)決まっている
2 よいことがあれば幸福度は上がり、悲しいことがあれば幸福度は下がるが、長期的には、生まれもった幸福度に収斂していく
これはつまり、幸福度は「親ガチャ」で決まるということであり、人間について自然科学(現代の進化論)が明らかにした「不都合な事実」のひとつ。だが、だからといって絶望する必要はない。なぜなら、幸福度とは相対的なものだから、としている。
人生の8つのパターンとは
幸福の3つの土台(金融資本、人的資本、社会資本)から人生を8つのパターンに分類している。これがなかなかユニークだ。
1 貧困 金融資本、人的資本、社会資本がなにひとつない状態。幸福の土台がない。
2 プア充 生活は貧しくても、恋人・家族・友だち関係は充実。地方のジモティー。
3 ソロ充 収入はあるけれど貯蓄はなく、友だちもあまりいない。
4 孤独なお金持ち 仕事はしておらず、家族や友人もいないが、経済的不安はない。
5 リア充 バリバリ仕事をして、なおかつ恋人や友だちに囲まれている。
6 ソロリッチ 高い収入で資産形成に成功したものの、独身のまま友人もあまりいない。
7 マダム 働いていないけれど、お金はあるし友だちもたくさんいるタイプ。
8 超充 幸福の資本をすべてもっている状態。このレベルに至るのは難しい。
幸福の資本が1つしかないのは不安定な状態なので、幸福の資本を2つ、もてるようにするのが当面の目標になるという。
金融資本を充実する、お金持ちになる方法は、原理的にたった3つしかない。
資産形成=(収入-支出)+(資産×運用利回り)
この方程式から、収入を増やす、支出を減らす、運用利回りを上げる、という3つの方法しか、お金持ちになることはできないことがわかる。
コストパフォーマンス、タイムパフォーマンス、リスクパフォーマンスの3つの条件をすべて満たそうとすると、投資すべき金融商品は株式インデックスファンドしかない。それは1970年代にファイナンス理論として確立しているという。
具体的に投資対象は「MSCI-KOKUSAIインデックス(日本株を除く先進国の株式市場に投資)」やS&P500(アメリカ株)、NASDAQ100(ハイテク株)を挙げている。
インデックス投資のメリットは、どのように運用しようか考えなくていいことだ。余った時間は仕事や勉強、友だちとのつき合い、家族のイベントに使った方が、人生のコストパフォーマンスはずっと高くなる。「資産運用でもっとも大切なのは、資産運用を考えないこと」だという。
「日本人は合理性を憎んでいる。だからこそ、合理的に生きることが成功法則になる」
そのうえで、最強の資産運用は人的資本の活用である、と強くアピールしている。
人的資本の成功法則として重要なのは、「自分がもつアドバンテージをどのようにマネタイズするかだ」としている。「ゆっくり成功すればいい」というアドバイスが参考になる。大事なのは、「若くして成功する」ことではなく、「人生の最後に成功する」ことだからだ。
社会資本の成功法則について、「あなたは友だち5人の平均である」というネットワーク科学の常識を示したうえで、「最高のチーム」に参加したときに出会うのは、「友だち」ではなく、大きな人的資本と高い評判をもつ「仲間」だ、としている。
最後に、人生の優先順位を決め、それ以外のものをミニマリズムの手法で徹底的に合理化すれば、その分だけ大事なことに多くの資源を投入できる。
そのとき「成功」にとって重要なのは、「自分にはこれしかない」と結論を決めることなく、トライ・アンド・エラーを繰り返すことだ、という。
「日本人は合理性を憎んでいる。だからこそ、合理的に生きることが成功法則になる」という言葉に、納得した。
ほかにも、多くの科学者の知見をもとに自論を展開しているところも読みどころだ。「不都合な事実」から目をそらすことなく、徹底的に考える著者のスタンスは信頼できる、と思った。
「どれほど合理的に人生を設計しても、それでも不合理なことはしばしば起こる。それが人生だし、だからこそ面白いのだろう」という結びも、実に人間らしい。(渡辺淳悦)
「シンプルで合理的な人生設計」
橘玲著
ダイヤモンド社
1760円(税込)