上場企業の財務諸表から社員の給与情報などをさぐる「のぞき見! となりの会社」。今回取り上げるのは、日本初の「宇宙開発上場企業」となることが予定されているispace(アイスペース)です。
ispaceの源流は、「Google Lunar XPRIZE」(GLXP)に参加するために、代表取締役CEOの袴田武史氏が2010年に設立した会社です。GLXPとは、米Googleがスポンサーとなり、Xプライズ財団によって開催、運営された世界初の民間月面探査レースのことです。
GLXPは2007年から2018年にかけて開催され、ispaceも日本唯一の参加チーム「HAKUTO」として2015年に中間賞を受賞しましたが、最終的に参加チームのすべてが期限内の打ち上げを達成できずに終了しました。
その後もispaceは事業を続け、月着陸船(ランダー)開発のための資金調達などを行っていましたが、2023年4月12日に東証グロース市場に上場を果たしました。上場初日は買い注文が殺到、売買は成立しませんでした。
2023年3月期は113億円の最終赤字見込み
それではまず、ispaceの近年の業績の推移を見てみましょう。なお、2020年3月期までは単体、それ以降は連結。2018年3月期の業績は2017年9月から半年間の業績です。
ispaceの売上高は10億円未満と額が大きくないものの、ここ数期は増加傾向にあります。一方で赤字の額は大きく、売上高の5~6倍の規模にまで増えています。
2022年3月期は、営業外収益として為替差益が6600万円あまりあったものの全体への影響は小さく、当期純損失は年々大きくなっています。2023年3月期の当期純損失(予想)は、100億円を超える見込みです。
これだけ見ると、財務上の安全性は大丈夫なのかと気になりますが、2022年3月期の資本剰余金は127億5929万円あり、自己資本比率も70.68%と危機状況にあるとはいえません。2022年3月期の現金及び現金同等物の期末残高は、63億3254万円です。
これは、2017年12月から2018年2月にかけてシリーズAとして国内最高額、また、宇宙分野のシリーズAとして世界過去最高額(いずれも当時)となる103.5億円の新株発行による資金調達をはじめ、いくつもの資金調達(含借入)に成功しているためです。
上場後の2024年3月期(予想)の売上高は、61億9600万円と前期比6倍超と一気に増加し、当期純損失は78億8900万円に縮小する見込みです。
月に荷物を輸送する「ペイロード」で売り上げ
このように大きな赤字を生みながらも上場するispaceの将来性はどこにあるのでしょうか。そもそも、どのようにして売上をあげているのでしょうか。
ispaceは「月面開発事業」の単一セグメントですが、自社で開発中のランダー(月着陸船)およびローバー(月面探査車)を用いて、以下の3つのサービスを提供することをビジネスモデルとしています。
1つ目は「ペイロードサービス」で、顧客の荷物を自社ランダーやローバーに搭載し、月まで輸送するサービスのことです。ロケット打ち上げ1~2年前の本契約から、ランダーが月へ到着しミッションを完了させるまでの期間にわたって売上計上がなされます。
なお、ミッション1の「打ち上げ」は2022年12月11日に成功し、2023年3月21日にはランダーが月周回軌道に到達したことが発表されました。これは4月下旬ころを予定している月面着陸、着陸後の安定状態の確立までを10段階としたときの7段階目にあたります。
2つ目は「データサービス」で、顧客や自社の機器を利用してデータ収集を行い、地球へ送信するサービス。現時点では売上計上の開始には至っていませんが、将来的には主要サービスのひとつとして提供する予定とのことです。
3つ目は「パートナーシップサービス」で、ispaceの活動をコンテンツとして利用する権利や広告媒体上でのロゴマークの露出、データ利用権等をパッケージとして販売しています。現在「HAKUTO-R」スポンサーとして、日本航空、三井住友海上、日本特殊陶業、シチズン、住友商事、スズキ、高砂熱学、Sky、三井住友銀行が参画。メディアパートナーとして、TBS、朝日新聞、小学館が参画しています。
2023年3月期のサービスごとの売上高(予想)は、ペイロードサービスが前期比78.7%増の3.96億円、パートナーシップサービスが同0.3%増の2.81億円、その他として受託研究売上が同78.3%の3.07億円となっています。
また、2024年3月期の同売上高(予想)は、ペイロードサービスが前期比1282.5%増の54.75億円、パートナーシップサービスが同147.7%増の6.96億円、データサービスが2500万円を見込んでいます。
平均年収866万円、エンジニアの約半数は外国籍
ispaceの単体従業員数は、2017年8月期の28人、2018年3月期の43人から、63人、92人、104人と順調に増加しており、2022年3月期には121人となっています。
連結では、2021年3月期には120人、2022年3月期には164人に達しています。このうち約140人はランダー開発エンジニアおよびオペレーション専門のエンジニアで、約半数が外国籍とのことです。
2023年3月8日付けの業績予想によると、2024年3月末に向けて324人への大幅な増加を目指しており、積極的な採用を行っています。
ispaceの平均年間給与(単体)は、2023年1月末時点で865万9549円となっています。平均年齢は41.4歳、平均勤続年数は2.18年です。
ispaceの採用サイトを見ると、「ACCOUNTING」「BUSINESS MANAGEMENT」「GENERAL AFFAIRS」「HR」「IT」「LEGAL」「R&D」といった幅広い職種で募集が行われています。
米コロラド州デンバーのispace Technologies(連結子会社)の「Assembly, Integration, and Test Manager」は米国市民、国民、または永住者のみが応募可。想定報酬は「Competitive annual salary from $130k+」で、1ドル134円として1700万円超となります。
Thermal Engineer(熱設計エンジニア)などの東京勤務の求人には、想定年収は明記されていませんでした。
4月下旬予定の「月面着陸」の可否に注目
ispaceの事業については悲観的な見方もあり、直近の資金調達時の時価総額から8割安となるダウンラウンドIPOとなることに、ネガティブな声も少なくありません。
一方で、宇宙開発事業には未知数の可能性がある、と期待する声もあります。2021年6月には「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」(宇宙資源法)が国会で成立し、同年12月に施行されています。
この法律は、日本の民間事業者が宇宙資源の探査および開発に従事することを認めるもので、同様の法律を制定した国としては、米国、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦に続く世界4番目となります。
ispaceはこの法律に基づいて内閣府から「宇宙資源の探査及び開発の許可」第一号案件として許可を取得しており、ミッション1の運用およびNASAとの月資源商取引契約が日本政府許可のもと行われることになります。
株価が化けるか否か。当面の動向は、4月下旬頃に予定されているミッション1の最終段階にあたるSuccess9「月面着陸の完了」およびSuccess10「月面着陸後の安定状態の確立」が実現するかどうかにかかっています。(こたつ経営研究所)