岸田文雄政権の「次元の異なる少子化対策」のたたき台がまとまり、各政策の優先順位や財源を議論する「こども未来戦略会議」(議長・岸田首相)もスタートした。
だが、たたき台では統一地方選などを意識して「拡充」「負担軽減」など国民にアピールする単語のオンパレードになり、肝心の財源は早々に「本丸の増税」を封印し、社会保険料引き上げなどでつじつまを合わせる流れができている。
若い世代が子育てに希望を持てる社会に向かうのか、心許ないというほかない。
3本柱は「経済的支援の強化」「子育てサービスの充実」「働き方改革」 金額面の見直しも
2023年3月31日、岸田政権は「たたき台」を公表した。24年度からの3年間に集中的に取り組む施策を示すものだ。
4月7日に初会合を開いた「こども未来戦略会議」は子育て当事者、経済、社会保障の専門家、経済団体、労働組合、自治体の代表者らを加えた計29人で構成された。
今後に向けて「必要な政策強化の内容、予算、財源についてさらに具体的な検討を深め、6月の骨太方針までに、将来的なこども・子育て予算の倍増に向けた大枠を示す」(岸田首相)という。
たたき台は「経済的支援の強化」、「子育てサービスの充実」、「働き方改革」の3本柱だ。
経済的支援では、児童手当の支給期間を、現在の中学生までから高校生までに延長し、所得制限は「撤廃」と明記。多子世帯への加算を念頭に、金額も見直すとした。学校給食費の無償化は「課題の整理を行う」との表現にとどめた。
高等教育費については、低所得世帯向けの給付型奨学金の対象を、現在の世帯年収380万円未満から、多子世帯や理工農系については同約600万円まで拡大することなどとした。多子世帯の住宅ローン支援の充実も盛り込んだ。
子育て家庭へのサービス拡充では、保育士配置基準を改善し、1人あたりが見る子どもの数を、1歳児は6人から5人、4~5歳児は30人から25人に減らす。親が働いていなくても保育所を時間単位で利用できる「こども誰でも通園制度」の新設を検討する。
働き方改革では、「男性育休は当たり前」の社会実現を掲げ、男性が「産後パパ育休」を取得した場合は、28日間を限度に育児休業手当の給付率を夫婦ともに手取りの実質10割に引き上げる。
中小企業での育休取得を後押しするため、育休中に業務をカバーする同僚に手当を支給する場合の助成措置を強化する。
先送りされ続ける財源議論...実現性に疑問符つく施策も 「児童手当」拡充には1兆円超必要だが...
メニューをこのように並べると、盛りだくさんで思い切った施策が並んでいるように見える。
ただ、政策と財源は、表裏一体。その財源について、首相が年明けに「異次元の少子化対策」を表明した段階で数兆円規模が必要になることはわかっていたのに、4月の統一地方選や衆参両院補欠選挙を控えて、国民の「負担増」に直結する議論を開始することに、与党内で警戒感が拡大した。
このため、岸田首相は「まずは内容の精査」として、財源論議を封印してきた。したがって、メニューの議論のタガが緩み、与党の要望を並べる色彩が強まった。
それでも、必要な施策なのだからいいかといえば、財源も含めて考えると、効果や実現性に疑問符が付くものも多い。
たとえば大きな焦点になった児童手当は、支給対象児童数が約1600万人(2021年度)、給付総額は約2兆円に上り、拡充には少なくとも1兆円超の財源が必要とされ、対象や給付額の決め方次第ではさらに膨らむ。
所得制限は「撤廃」と明記したが、現在は不支給の高所得世帯(子ども2人のモデル世帯で年収1200万円以上)、月5000円の特例給付のみの世帯(同960万円以上)にまで支給することには、慎重論は根強い。
4月7日の「こども未来戦略会議」の初会合でも経済界の委員から「国の財政は非常に苦しい。所得制限撤廃というのはいかがなものか」などの声が出た。
保育士配置基準の改善も、保育士を多く配置しようにも、保育士不足が続く中で人材を確保できずに、むしろ運営できなくなる施設が出る懸念も指摘される。
首相肝煎りの男性の育児休業取得促進策も、実施時期は財源次第になる見込みで、「24年度中は難しいのでは」との声が早くも政府関係者から聞かれる。
医療保険の保険料への上乗せが有力? ただし、中・低所得者ほど負担が重く 企業の拠出金増で「賃上げ機運」に影響も
さらに、肝心の財源だが、岸田政権は2022年末、防衛費の増額を決めたが、歳出削減や資産売却で捻出できる財源は防衛費に充てることを決定済みだ。
一方、首相は少子化対策のための当面の消費税などの増税を否定している。このため、財源は、社会保障費の中でのやりくりや、医療保険など社会保険料への上乗せが有力視されている。
なかでも、すでに既定路線化しているのが、医療保険の保険料に少子化対策分を上乗せして徴収する案だ。
年金は働く世代が保険料を払い、すでに払い終わった高齢者に支給する仕組みで、その保険料に上乗せするのは働く世代に負担が偏る。介護保険料も40歳未満は納めていないため、負担の偏りが避けられない。
その点、医療保険料は現役世代から75歳以上の後期高齢者まで幅広い世代が負担しているから、少子化対策を「全世代で支える」のにふさわしいという理屈だ。
ただ、そもそも「保険とはリスクに備えるものだが、子育てはリスクではない」(土居丈朗慶応大教授)。社会保険料は所得が増えても上限があるため、累進課税の税金に比べ中・低所得者ほど負担が実質的に重くなる逆進性がある。
現実の問題として、保険料は労使折半の負担で、企業にとっては拠出金が増え、経営の重荷となり、従業員の賃上げ機運に水を差す恐れがある。
経済同友会の桜田謙悟代表幹事は4月4日の記者会見で「また社会保険料か。どうして消費税が出ないのか、正直に言って、個人的には非常に疑問。財源は税というかたちで持続可能性を求めていくべきだ」と述べた。
ちなみに、防衛費の増額の一部は増税を充てることになっており、年末の税制改正までに具体化することになっており、ここでも法人税などが候補と目され、経済界は警戒している。
政局の不透明感も懸念材料 動向次第では、財源議論はさらに先送りも
政局の不透明感も、財源論議の懸念材料の一つだ。
与党内では、5月の主要7か国首脳会議(G7広島サミット)などを経て「内閣支持率が上昇したら解散はありえる」との見方が根強い。
増税であれ、社会保険料の上乗せであれ、負担増を掲げて選挙はできないのが政界の常識。だとすれば、「政局の動向によっては少子化対策の財源の議論は先送りにされる可能性もある」(大手紙政治部デスク)。
今度こそ、と考える国民も多い少子化対策だが、順当にまとまるのか、予断を許さない。(ジャーナリスト 白井俊郎)