新年度がスタートした2023年4月3日、多くの企業で入社式が行われた。
ウクライナ危機、世界的なインフレと景気後退リスク、さらにAI(人工知能)時代の到来という未曽有の歴史の大転換のさなかだからこそ、多くの社長が心の底から新入社員を歓迎し、「一緒にこの危機を乗り越えていこう!」と熱いエールを送った。
J‐CAST 会社ウォッチ編集が、「心を震わす社長の挨拶」を独断で選んでみた。
クルマ屋トヨタの合言葉「もっといいクルマをつくろうよ」
ビジネスで一番大切なことは、仕事を好きになること。それを熱く語る社長が多かった。
トヨタ自動車の入社式会場には、経営陣が普段ハンドルを握る愛車の数々が並んだ。4月に就任したばかりの佐藤恒治社長は、かつてチーフエンジニアを務めた愛車「レクサスLC」の前で新入社員に呼びかけた。
「改めて今日から、皆さんの『クルマ屋トヨタ』での日々が始まります。私が、まず皆さんに感じてほしいのは『クルマづくりの楽しさ』です。今ここに、世の中にないものを、自分の手で仲間とともに創る」
「クルマづくりは、チームプレーです。クルマを開発する人、工場で生産する人、営業や人事、経理の仕事をする人、そして仲間の命や健康を守る人など、全員が、それぞれの役割でクルマづくりに関わっています」
「トヨタにはクルマづくりのブレない軸があります。『もっといいクルマをつくろうよ』という軸です。『もっといいクルマづくり』にゴールはありません」
そして、クルマづくりの仲間に加わった新入社員に2つの言葉を贈った。
「1つめは『百折不撓』(ひゃくせつふとう)です。『何度失敗しても、諦めず、信念を持ってやり続けなさい』という意味の言葉です。(トヨタグループの創始者である)豊田佐吉さんの大切にされた言葉です。私自身、これまで数多くの失敗を経験してきました。しかし、失敗を恥じたことはありません。99の失敗の先に1つの成功がある。そう信じて挑戦し続けたからこそ生み出せた『もっといいクルマ』がたくさんありました」
「2つめの言葉が『一期一会』です。これから皆さんは、いろいろな人と仕事をしていきます。クルマをつくるのは人です。ひとりではできないことも、仲間と一緒に夢に向かって挑戦すれば、きっとできるようになる。一度しかない人生です。ぜひ、トヨタで夢を語り合える仲間をたくさんつくってください。そして、どんどん挑戦してください。これから一緒に、クルマの未来を変えていこう!」
出光興産の木藤俊一社長は、論語にある言葉を贈った。
「皆さんに向けて古代中国の孔子の『知・好・楽』(ち・こう・らく)という言葉を贈りたいと思います。知る、好き、楽しい、の頭文字です。仕事に当てはめると『仕事を知っていること、知識を持っていることは素晴らしいことだが、好きだと思ってやっている人には勝てない。さらに楽しんでいる人にはとても敵わない』ということになります」
「積極的に物事に取り組み、多くの人との出会いを大切にして、職場内で可愛がってもらい、先輩たちから多くのことを吸収してください。そのようにして学び、経験し、一歩一歩乗り越えていくことで、仕事を『好き』になり、『楽しい』と思えるようになるのです」
若き稲葉NHK会長、総理を相手に犯した大失敗エピソード
「心配を恐れず、チャレンジしろ」とエールを贈る社長が多かったが、実際に具体的な体験談を語る人は稀だった。そんななか、元日銀マンの稲葉延雄NHK会長は自らの失敗談を赤裸々に語った。
「恥ずかしいですが、私の失敗談を1つ、ご紹介します。日銀時代に、総理大臣官邸で日銀総裁が出席する会議に同行して、議事録を取るという仕事を任されたことがありました。朝食の時間帯に会議が開かれる予定だったのですが、会議の前日に上司から急ぎの仕事を命じられました」
「必死に取り組み、夜遅くに終わらせて満足して帰宅したのですが、そのせいか次の日の朝、いつも通り日銀本店の自分のオフィスに行ってしまったのです。日銀に着いてから、官邸の会議に行くのを完全に忘れていたことに気が付きましたが、当時は携帯電話もないので総裁に連絡のしようもありません。これはもう辞職ものだと自席でひどく落ち込んでいたら、後ろからポンポンと肩を叩かれました」
「気が付くと総裁が後ろに立っていて、『君の代わりにメモをとっておいたよ』と議事録を渡されました。私の代わりに、総裁自らメモを取ってくれていたのです。怒られなかった分、余計に深く反省して二度と同じ失敗をしないようにしようと心に固く誓った記憶があります」
そして、こう結んだ。
「多少の失敗をしても気にしすぎる必要はありません。必ずフォローをしてくれる人がいるはずです。そして、失敗したときは、同じことを繰り返さないようにすることが肝心です。とはいえ、世の中そう簡単ではなく、たいていの場合2回目の失敗をしてしまうものです。どうすればよいかというと、その時3回目はもう決してしないと、気持ちを強く引き締めることです」
エアコンメーカーのダイキン工業(大阪市)の十河政則社長は、エアコンのように温かい言葉で励ました。
「皆さんはダイキンの成長・発展の『原石』ともいえる人材です。皆さんには、常に挑み続ける人『チャレンジャー』であり、新しい風を吹き込む人であってほしいと思います。当社は出る杭を認め、前向きな失敗はとがめない社風を誇りにしています」
三菱商事・中西社長「大谷翔平のマンダラチャートに学ぼう」
時節柄、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での日本チームの大活躍を引き合いに出す社長も目立った。
三菱商事の中西勝也社長もその1人だった。中西社長は「プロフェッショナルを目指せ」と「未来のビジョンを持とう」と熱く呼びかけた。そして、「未来のビジョンを持つ」ことについては、WBCでMVPを取った大谷翔平選手を取りあげた。
「将来のことは誰にもわかりませんが、『分からない』と言っているだけでは、成長することはできません。『こうなりたい』『こうあるべきだ』という高い志から、湧き上がるビジョン・目標を持つからこそ、そこに向かって動き出すことができます」
「大谷翔平選手も、高校時代に自らの将来をマンダラチャートと呼ばれる目標達成シートで構想し、その目標に向かってやるべきことを1つ1つ地道に積み上げていったからこそ、大成功を収めることができたのだと思います」
「未来志向をもって、将来を一定の幅で想定し、そこから現在の課題と打つ手を深堀する。ぜひ、皆さんもビジョン、目標を設定し、社会人としてのスタートを切ってもらいたいと思います」
丸紅の柿木真澄社長は、ビジネスで最も大切な3点を強調した。
「1つ目は、『スピード感をもってチャレンジする』ことです。どんどん新しいことにチャレンジして下さい。変化の激しい時代においては、知識やスキルも直ぐに陳腐化してしまいます。皆さんの上司はもちろんのこと、私と経営陣は、皆さんがチャレンジ出来る環境を用意することをお約束します」
「2つ目は、『好奇心を持ち続ける』ことです。自分の担当範囲から外れたことや、隣の人の仕事に興味を持ち続けてほしい。入社1年目は特に、日々の業務に忙殺され、周りに目を向ける余裕がなくなるかもしれません。それでも、隣の課の人たちが何をやっているのかに関心を持ち続けてください。組織の壁を打ち破り新たな価値を生み出す『横連携』は、こうした小さな好奇心がきっかけとなって始まると思うのです」
「3つ目は、『現場を大事にする』ことです。オフィスにいるだけでは、現場の課題、社会やマーケットの変化を見つけることは出来ません。皆さんもぜひ足しげく現場に通って、先輩たちのやり方を観察し、顧客の話に耳を傾け、今そこで何が起きているのか、本当の課題は何か、常に五感を研ぎ澄ませて感じとってください」
長瀬産業・上島社長「初めは誰でも雑草だ」
京都市の化学系専門商社、長瀬産業の上島宏之社長は、「初めは誰でも雑草だ」と強調した。
「君たちは雑草です。私も入社した時、雑草でした。雑草とは、その美点がまだ発見されていない植物のこと。私はイキがった雑草でした。どんな大学を出ようと、どんな家庭に育とうと、どんなにスポーツができようと、社会に出れば皆ただの雑草。人から美点を見つけてもらって初めて植物になれます。皆さんのそれぞれのステークホルダーに美点を見出してもらってください」
「そのためには『一灯照隅』(いっとうしょうぐう)です。1つの光で隅を照らす、最初は小さな光でも集まれば大きな光になる、という意味です。自分に与えられた仕事に誇りを持って、きっちり自分の仕事を全うしてください。そのために、もう1つ付属のアドバイスとして、子どものようにいつも『なぜ?』と疑問を持ち、遠慮なく人に聞くようにしてください」
ヤマト運輸・長尾社長「考えるドライバーになりなさい」
ヤマト運輸の長尾裕社長は、経営理念と社訓から説き明かした。
「『ヤマトは我なり』は、自分事として仕事を考える。『運送行為は委託者の意思の延長と知るべし』は、単に物を運ぶだけではなく、その荷物を運んでほしいと依頼された方の思いも一緒に運ぶことを表現しています」
「『思想を堅実に、礼節を重んずべし』は、常に正しい考えのもと、礼儀・礼節を重んじた人間関係を構築する。これは社会人として意識すべき非常に大切なことです」
現在、運送業界は物流量が増える一方なのに人手不足など、厳しい労働環境にある。そんなことも意識してか、長尾社長はこんなお願いの言葉で締めくくった。
「ぜひ、さまざまなことに関心を持ってください。これからの社会人人生では、多くのことを経験、体験し、見聞きする機会があります。その時に、素直に受け止めることも大事ですが、『何故』『どうして』と疑問や好奇心、興味を持ってください。それを続けることで、皆さんの視野が少しずつ広がっていくと思います。時には目の前の仕事で精一杯になってしまう時があると思います。その時は、一息ついて、顔をあげて周りを見渡して、視野を広げてみてください」
「運ぶドライバー」でなく「考えるドライバー」であってほしいと望んだのだった。
ファミマ・細見社長「万国共通の鉄板...笑顔と挨拶で、信頼関係つくろう」
仕事のイメージを数字で表して「可視化」したのが、ファミリーマートの細見研介社長だ。
「皆さんがこれから働くファミリーマートの全体像は、間違いなく皆さんの想像を遥かに超えた大きなスケールで社会の維持発展を支えているのです」
次いで具体的な数字を挙げて、こう紹介した。
「店舗ネットワークですが、日本全国に約1万6500店、海外に約8000店舗、合計で約2万4500店舗を展開する世界有数のフランチャイズチェーンです。日本にある店舗を1日に10店舗訪問すると約4年半かかる規模です」
「国内売上高は約3兆円ですが、税金の支払いなど収納代行と言われるものが約3兆円別にあり、年間で約6兆円ものお金がファミリーマートに流入してきます。店舗のスタッフさんは全国で約20万人。1日の来店客数は約1500万人、年間累計で55億人ものお客さまが来店されます」
「店舗にフレッシュな商品を届ける物流ネットワークは、全国に約150か所の物流拠点と、約4500台のトラックにより構成され、最新のAIの活用も進めて最先端のロジステックス戦略が推進されています。SNSの1日平均のインプレッション数は約400万、ファミペイアプリダウンロード数は1500万を超えるなど、ファミリーマートが極めて大規模なビジネスを行っていることが実感していただけるかと思います」
そして、結びに大切な仕事のコツも伝授した。
「私が社会人生活37年を振り返って、これは鉄板だなと思うことをご紹介します。それは、笑顔と挨拶が世界の共通語だということ。私は商社マンとして世界50か国でビジネスをしてきましたが、どこの国においても満面の笑顔と大きな声の挨拶が周囲との信頼関係を作る最も大事なコミュニケーションであり、商売の基本であるということです。そしてそれは、皆さん全員がすぐにできることでもあります」
双日・藤本社長「会社にしがみつくな。どんどん起業しろ」
一方、新入社員に、のっけから「会社にしがみつくな。どんどん起業して会社を去りなさい」とハッパをかけたのが総合商社、双日の藤本昌義社長だった。
「皆さんには、会社にぶら下がるのではなく、自身で起業・独立する気概をもった社員になってほしいと考えます。ただし、常日頃、特に若い社員に言っていることですが、型破りと形無しは大きく異なります。型破りとは、ビジネスの基本を身につけた上で、変革していくこと。形無しとは、ビジネスの基本を知らない無礼者です」
「基本をないがしろにせず、まずは何でもチャレンジしてみる、経験してみることで、それが成功しても失敗しても必ず血肉となりますので、10年目線で基礎を固め、皆さん自身の型を築いていって下さい。フィールドを限定せずに挑戦しさまざまな経験を積んでいけることが総合商社の醍醐味です」
そして、フィリピンでパンの製造・販売事業に取り組んでいる現地スタッフを訪問した経験を語った。
「そこでは経験ある社員が経営や工場運営を担う一方で、若手社員がSNSやデータ分析を活用したマーケティング案を提案するなど、自身の担当分野で新たな取り組みに挑戦していました」
「(WBCの)栗山監督の言葉ではありませんが、どこの部署に配属されても挑戦を続けて下さい。ダメだと思った瞬間に終わりますので、自分を信じて挑戦し続けることが大事です。人生の中で双日というステージをどう位置付けるかは皆さん次第です。ビジネスの基礎、いろはをしっかりと学んでいただき、次の世界に飛び出していけるような人材になってもらいたいと思います」
そうエールを贈ったのだった。
新入社員に向けた熱いエールの数々......「心を震わす社長の挨拶」はまだまだあります。<入社式「心を震わす社長の挨拶」はコレ! 会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【2:熱き志で人々と社会に尽くす編】>もぜひどうぞ。
(福田和郎)
2023年度「心を震わす社長の挨拶」シリーズ
▼入社式「心を震わす社長の挨拶」はコレ! 会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【1:ビジネスで大切なこと編】
▼入社式「心を震わす社長の挨拶」はコレ! 会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【2:熱き志で人々と社会に尽くす編】
▼入社式「心を震わす社長の挨拶」はコレ! 会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【3:仕事と人生に哲学を持とう編】
▼入社式「心を震わす社長の挨拶」はコレ! 会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【4:AI時代、人間らしく働く編】