東芝の再建問題は、ようやくクライマックスを迎えたようだ。
東芝は2023年3月23日、取締役会を開き、国内投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)を中核とする企業連合の買収提案を受け入れることを決めた。JIP側は総額2兆円規模の株式公開買い付け(TOB)を7月にも実施する。
名門企業の足掛け9年にわたる迷走劇は、株式上場廃止を回避するための増資で誕生した物言う株主との軋轢の末、上場廃止を選択するという皮肉な結果で、ひとまず幕を引くことになる。
TOBは7月下旬を目指す 買い取り価格は1株当たり4620円
東芝は2015年の不正会計が発覚して以降、迷走を続けた。その経緯は文末の年表の通りで、J-CASTニュース、会社ウォッチも、末尾のバックナンバーのように繰り返し報じてきた。
2016年には米原発事業での巨額損失も発覚し、2017年に債務超過による株式上場廃止を回避すべく実施した6000億円の巨額増資でアクティビスト(物言う株主)と呼ばれる海外ファンドが大株主に名を連ねる事態を招くかたちとなった。
経営陣はそうした株主との対話に失敗し、紆余曲折の末、海外ファンドが株を売り抜けられる非上場化=第三者による買収の方針に転換。2022年秋、JIP陣営を優先交渉先に指名し、条件を詰め、今回の決定に至った。
TOBは7月下旬の開始を目指す。JIPは3分の2をTOBの成立要件とした。買い取り価格は1株当たり4620円で、3月23日の終値と比べて1割ほど上乗せした計算になる。
JIP側にはオリックス、半導体大手のローム、中部電力、ゆうちょ銀行など約20社が計1兆円を出資。加えて三井住友銀行、みずほ銀行、三井住友信託銀行など銀行団が最大1兆4000億円をJIPに融資する(買収後の運転資金として2000億円の融資枠も含む)。
約3割の議決権を握るとされる「物言う株主」海外ファンドの影響力、再建の足かせに
東芝は買収受け入れを決めた3月23日夜に公表した資料で「当社の事業環境や経営課題の解決に資するもの。安定した経営基盤を構築し、株主からの統一的な支援を得ることができる」と説明したように、「株主からの統一的な支援」が、今回の買収劇のポイントだ。
物言う株主の海外ファンドが現在でも合わせて議決権の約3割を握るとされ、そことの関係がぎくしゃくし、再建の障害になってきた。
2020年7月、定時株主総会で大株主のファンドが提案した独自の取締役の人事案は否決された。だが、ファンド側の意向で設置された調査委員会が「(東芝の経営陣が)経済産業省と一体となって複数の株主に圧力をかけた」などと認定。21年の総会では、会社側が提案した永山治取締役会議長(当時)ら2人の再任人事案が否決された。
22年には経営再建に向けた会社の2分割案を経営陣が出したが、臨時株主総会で否決。6月の定時総会ではファンド出身者2人が社外取締役に選ばれるなど、12人中6人がファンド側と関係があるという取締役構成になった。
TOBに株主の3分の2以上が応じて成立すれば、最終的に100%をJIPが握り、唯一の株主となる。JIPは意思決定を速めて経営改革に乗り出す。
いうまでもないことだが、物言う株主のファンドは短期の収益を優先し、株主への利益還元策(配当増など)の強化を求めるとともに、早急に高値で売り抜けることを目指している。非上場化は、そもそも、ファンドが求めてきたことだ。
総額2.5兆円規模とされた買収額...事業環境の悪化などから、結局は2兆円規模に
では、TOBは成立するのか。最大の問題はTOB買収価格だ。
TOB価格の4620円は3月23日の終値(4213円)を1割程度上回り、直近6か月の平均(4683円)とほぼ同じ水準で、これをどう評価するかということになる。
最初の買収提案が明らかになった2021年4月以前の6か月の平均株価は3195円、提案発覚直前でも3800円台だったのが、一気に4500円台に急騰。その後、4000~5000円で推移した後、2022年に非上場化へ向けた動きが強まると騰勢を強め、22年6月には5938円をつけた。
ところが、東芝を取り巻く事業環境が悪化する。
特に痛手だったのが、データセンターに使われる大容量のハードディスクドライブ(HDD)の需要の落ち込みだった。このほか、発電システムの製品不具合による品質保証引当金の計上、グループで唯一上場している子会社東芝テックの株価低迷による評価損の計上も余儀なくされた。
22年5月時点の2023年3月期の営業利益予想は1700億円だったのが、23年2月時点では950億円まで下方修正された。
株価は昨秋からジリジリ値を下げ、JIP側との協議の中で買収価格も切り下げられていった。昨秋のJIPに優先交渉権と報じられた時点で総額2.5兆円規模というのが「常識」だったが、結局、2兆円規模になった。
TOBが失敗したら?...JIPに代わる国内連合の再構成は容易でない
もちろん、このTOB価格でも、長期的に保有している株主は売却益が出る。一方、短期保有で22年の株価が高いときに取得した株主は損失を被る。
焦点の物言う株主のファンドは、2017年の増資時点のコストが現在の株価に換算して2600円程度で、十分利益が出る計算。米通信社ブルームバーグは、東芝株の9.9%保有する筆頭株主エフィッシモ・キャピタル・マネジメントは1000億円近くの利益を確保する可能性があると報じている。
さらに、東芝は国が経済安全保障上重要と位置付ける「コア事業」に該当する原子力事業などを抱え、外国為替及び外国貿易法(外為法)で買収には国の重点審査が必要とされることも、買収先選定の大きな要素だ。
資金力がある海外ファンドにとっても、外為法の壁は厚い。「国内連合」であるJIP陣営のTOBが仮に失敗した場合、これに代わる国内連合の再構成は容易でなく、経営の混迷が続く中で一段と企業価値が低下する懸念が強い。
こう考えると、買収価格に不満はあっても、TOB不成立のリスクの方が大きいと判断する株主が多いと見る向きが多い。
カーブアウト(事業分離)に強み持つJIP 企業価値を高め、「再上場」を果たせるか?
TOBが成立しても、東芝の衰えた「稼ぐ力」を取り戻せなければ、衰退の道を転がるだけだ。
経営危機に陥って以降、東芝は目先の資金確保のため家電、医療機器、フラッシュメモリーなど、優良事業を次々に売却して急場をしのいできた。売上高は15年3月期の6.6兆円から、23年3月期見通しは3.3兆円に半減。残る事業の半分を占める産業インフラ(発電機器、エレベーターなど)は収益率が低い。
それでも、JIPは少なくとも現在の事業を手元に残す方針とされる。
再建計画の検討過程で、一度は売却対象になった東芝テックなど、事業の切り売りもストップし、「データを起点に事業の価値を深掘りする」(島田太郎社長)という現経営陣の方針が踏襲される見込みだ。東芝テックのPOS(販売時点情報管理)、エレベーター、鉄道などのビッグデータを活用した事業などが有力候補になる。
そこでは、発電機器のユーザーである中部電力、パワー半導体という同業を手掛けるロームなど、買収するJIP陣営の出資者でもある企業との協業も重要になる。
他方、物言う株主が去っても、多様な出資者の存在は迅速な意思決定の妨げになる可能性もある。
JIPは2002年に設立され、国内企業を対象に事業の一部を切り出す「カーブアウト(事業分離)」に強みを持つ投資ファンドで、ソニーのパソコン事業を買い取り、14年に「VAIO(バイオ)」を設立するなど、個別事業での実績はある。ただ、東芝ほどの巨大企業を丸ごと再生させた経験はないだけに、どう仕切っていくかも大きな注目点だ。
何年か先、経営を立て直し、企業価値を高めたうえで再上場というのがJIP陣営のシナリオだが、思うようにいかなければ、今度こそ切り売り・解体の道しかなくなるだろう。(ジャーナリスト 済田経夫)
<東芝年表>
2015年 4月 不正会計が発覚
2016年12月 米原発事業での巨額損失を公表
2017年12月 6000億円の第三者割当増資
2020年 1月 子会社で不正会計が発覚
2021年 4月 英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズによる買収提案が判明/車谷暢昭社長辞任、綱川智会長が社長に復帰/CVCが買収提案を事実上撤回
2021年 6月 20年の株主総会の運営が不公正だったとの調査報告書公表/株主総会で永山治・取締役会議長らの取締役再任否決
2021年11月 会社を3分割する方針を公表
2022年 2月 3分割計画を2分割に修正
2022年 3月 綱川智社長が事実上引責辞任、島田太郎氏が後任に就任/臨時株主総会で2分割計画否決
2022年 5月 再建計画の提案締め切り、非上場化8件などの提案
2022年 6月28日 定時株主総会でファンド幹部2人を含む13人の取締役を選任
2022年 7月19日 国内ファンドなど4陣営が2次入札に進む
2022年 10月 JIPに優先交渉権
2023年 3月23日 JIPの買収提案受け入れを取締役会で決定
<J-CASTニュース バックナンバー>
「東芝」経営再建、JIP中核とする国内連合と「優先交渉」...最大の焦点は、資金調達できるかどうか?(2022年10月26日付)
「東芝」経営再建...「物言う株主」経営陣入り、非上場化の流れ加速か 企業価値高める「最善策」の模索続く(2022年07月3日付)
「東芝」経営再建、投資家から8件の「非上場化」提案...このまま買収の方向で進むのか? 今後を左右する3つの「論点」とは(2022年06月12日付)
いばらの道続く「東芝」経営再建の行方 「2分割」「非上場化」否決...またも戦略練り直し急務(2022年4月3日付)
可決するか? 東芝「2分割」案 臨時株主総会に向けて続く関係者間の激しい駆け引き(2022年2月22日付)
株主が「ノー」前代未聞の異常事態! 東芝経営に「救世主」は現れるのか?(2021年7月4日付)
混迷続く東芝、「過保護」の実態が明るみに 経産省が「物言う株主」に圧力(2021年6月21日付)
社長辞任、CVC買収断念... 混迷の東芝はどこへ行くのか!?(2021年4月24日付)
東芝2兆円買収 CVCキャピタルの提案は「混迷」から脱出するチャンスなのか?(2021年4月13日付)
東芝経営陣の正念場 「物言う株主」が揺さぶる「不利益な議決権行使」の実態解明のゆくえ(2021年3月27日付)
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