2022年3月、多くの大学で卒業式が行われて、卒業生たちが巣立っていった。
ウクライナ危機、人口爆発、気候変動、さらにAI(人工知能)時代の到来という未曽有の歴史の大転換のさなか、それぞれの大学の学長・総長たちは、社会の荒波に飛び込んでいった若者に激励のエールを贈った。
どう社会と向き合い、どうやって生きていくか。教え子たちを思う熱情にあふれた言葉の数々。J‐CAST ウォッチ編集部が、独断で選んでみた。
『星の王子さま』のピュアな心を生涯持ち続けて
<大学卒業式「心を震わす学長の挨拶」はコレ!会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【3:AI時代、キミたちはどう働くか編】>の続きです。
大学卒業後、社会に出れば、「生き方の羅針盤」が必要になる。ちょっと難しく言えば、「自分や周りに人への愛」「哲学」ということになるだろうか。やわらかい、しなやかな言葉で、噛んでふくめるように教え子たちに諭す学長・総長が多かった。
同志社大学の植木朝子(うえき・ともこ)学長は、『星の王子さま』のピュアな心を生涯持ち続けてほしいと語った。
「皆さんは、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの書いた『星の王子さま』をご存知でしょうか。サハラ砂漠に不時着した飛行士は、ちいさな星からやってきた王子と出会います。王子は一輪のバラの花を大切に世話していましたが、気持ちのすれ違いがあり、その花を残して星を旅立ちました」
「王子は、そのバラへの責任を果たすために、黄色い毒蛇に身を噛ませます。明くる朝、王子のからだはどこにもありません。飛行士は、王子が自分の星に帰ったことを確信し、夜空を眺めては、王子とバラの花に思いを馳せるのでした」
「この寓意に満ちた物語は、ナチスドイツがパリに無血入城した1940年に渡米した作者が、フランスの団結を呼びかける中で書かれました。王子の星にある、成長が早くて星を破裂させかねない恐ろしい3本のバオバブの木や、掃除を怠ると噴火する火山が、全体主義国家や戦争の比喩になっているという見方もあります。そのような不穏な時代の中でも、目に見えない真理や愛の尊さを静かに語りかける作品です」
「星の王子さまの純粋さや誠実さは、コロナ禍により、社会の分断や不寛容、差別の問題が顕在化した今こそ、そして、痛ましい戦禍によって大勢の人々が苦しんでいる今こそ、真に求められるものではないでしょうか」
そして、卒業生にこう語りかけた。
「皆さんは、本学で目に見えない真理を追求し、良心をもって誠実に生きることをも、きっと学ばれたはずです。卒業後、それぞれが赴かれるそれぞれの場所で、どうか良心に恥じぬ生き方を貫いてくださいますよう、心から願っています」
「幸せは香水のようなもの、人にふりかけると自分にも」
信州大学の中村宗一郎(なかむら・そういちろう)学長は、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者、キング牧師の言葉を読み上げた。
「Darkness cannot drive out darkness; only light can do that.
Hate cannot drive out hate; only love can do that.
闇で闇を追い払うことはできない。
光だけがそれを可能にする。
これはマーティン・ルーサー・キング・ジュニア、キング牧師の残した言葉です。私は、この言葉を家族、仲間、地域社会、国家、ひいては地球全体が幸せでなければ、個人の幸福とは言えない、と捉えています」
「ウェル・ビーイングとは、まさにそのような生き方、生きざまではないでしょうか。折に触れ、家族、仲間、地域、社会、さらには世界にも想いを巡らし、『個人と社会の幸福の循環システム』の構築の一翼を担っていただければと思います」
「『幸せは、香水のようなものである。人にふりかけようとすると、知らないうちに、自分にも二、三滴ふりかかってしまう』のだそうです。
どうか初心を忘れず、ピュアな気持ちを持ち続け、そして、こころ豊かな人生をお送りください」
立命館大学の仲谷善雄(なかたに・よしお)学長は、「卒業式特別サイトSpring 2023」のなかで古代中国の思想家・荘子の言葉を贈った。
「自分の道を切り拓くのも、社会を変えるのも、皆さんの意志、『こころざし』です。これは私の信条である『逍遥遊』(しょうようゆう)と同じです。『逍遥遊』とは荘子の言葉で、とらわれのない自由な心のありようのこと」
「これは決して、自己中心的、独善的に行動してよいという意味ではありません。様々な考慮、配慮をしたうえで、最後は自分のこころに素直に従って行動しようということ。『こころざし』を持って、挑戦し続けてください」
大いに書物を読むだけでなく、生涯書くことが大切
大いに書物を読み、勉強を続けてほしいと呼びかける学長が多いなか、文章を書くことの大切さを訴えたのが、臨済宗立の花園大学(京都市)の磯田文雄(いそだ・ふみお)学長だ。
「このような時代に当たって私は皆さんに言いたい。困ったことがあったら書を読もう。学問をしよう。学問は研究を通してそれまでの命題を批判的に検討し、新しい枠組みを提案する普遍性を有しています」
「大学で学んだ書を引っ張り出して読み直してください。また、新しい学問を紐解いてください。迂遠なようですが、学問が皆さんをこの『人類の歴史の大波』から解放してくれます」
そして、こう強調したのだった。
「学問をするため、そして、社会で活動するため、皆さんにお願いしたいことがあります。それは『書くこと』を一生涯学び続けていただきたいということです。話すのは得意なのだが、書くのは苦手という方がいます。しかし、しっかりとした文章が書けない方は、話すことも不十分です。短い時間で簡潔に説明できる人がいますが、その人はしっかり書くことができます。書くことは人間の活動の基本です。ぜひ書くことを学び続けてください」
人生の嵐には立ち向かうな。避けろ。逃げて生き抜け!
京都大学の湊長博(みなと・ながひろ)総長は新たな旅立ちへのワクワク感をこう表現した。
「皆さんへの卒業のお祝いの最後に、モンゴメリー夫人の『赤毛のアン』ことアン・シャーリーの言葉を、皆さんに贈りたいと思います。
原文では"I love bended roads. You never know what may be around the next bend in the roads."
私はこれを、『私は曲がり角のある道が大好きだ。次の角を曲がったら、一体どんな景色なのか、どんな人と出会いどんな出来事が待っているのか、わくわくする』という風に解釈しています。
この大河小説の底流に一貫しているのは、人生と自然への自由で尽きない好奇心と他者への限りないエンパシー、そして底抜けに明るい楽観主義です。
これから先の皆さんの人生には多くの『曲がり角』が出てくると思いますが、曲がった先には、思いも掛けぬすばらしい出会いや出来事が待っているかもしれません。それらを大切にして、力強く羽ばたいていかれることを心から期待をしています」
一方、別の表現で旅立っていく卒業生にアドバイスを贈ったのが金沢星稜大学の大久保英哲(おおくぼ・ひであき)学長だ。
「皆さんが船出すると、嵐や台風にぶつかるかもしれません。危険や困難もあることでしょう。でも若者には夢と冒険が似合います。きっと打ち勝つことができます。ただ、1つ覚えておいてほしいことがあります。これまで長い間、私たち日本人は、例えば北に進路を定めたら、目標に向かって一直線。ともかくがむしゃらに突き進むことがよいと考え、またそのように教わってきたように思います」
「しかし、フランスのドゥルーズという哲学者は、世界にはもっと多様で柔軟な生き方が必要なのだと説きました。目の前に嵐や台風が迫っているなら、一直線だなどと言わず、さっさと避けなさい。逃げなさい。命があれば、どれだけ回り道をして時間がかかろうと、いつかは目的地に到達することができるのだと言います」
「若い頃には、その考え方は逃げ腰で、あまり潔くないように思えたのですが、今は社会の多様性を維持していくには、そちらのほうが、はるかに合理的で、勇気が要ることなのかもしれないと考えています。大事なことは、『生きて幸せになること』です。人間は幸せになるために生きるのです。ぜひ、このことを覚えていてください」
そして、最後にこう呼びかけた。
「さあ飛び立ちなさい!」
国籍、女、男、言語...みんな等しく認め合う社会に
東京外国語大学の林佳世子(はやし・かよこ)学長は、世界の人々の多様性を認める「大きな心」を持ってほしいとエールを贈った。
「今となっては笑い話ですが、Zoomでの授業が始まった頃は、本当にいろいろなことがありましたよね。Zoomに先生が入ってこないとか、映らないとか、映ってはいけないものが映ったとか。そんなドタバタも懐かしい思い出です」
「コロナ禍は、社会全体に対しても大きな傷跡を残しました。社会の断絶が深まったことも憂慮されることのひとつです。ちょっとした意見の違いから人格全部を否定する傾向、失敗を許容しない社会、あるいは、自身の意見を力で押しとおそうとする傾向が、私たちの身近なところでも、世界全体でも、強くなっているような気がしてなりません」
「しかし、本学で学んだ皆さんは、その対極にあります。社会にはさまざまな要素があり、世界は、そうした多様性からなっており、それぞれに等しく価値があり、対話により人と人は寄り添えることを、皆さんは体感され、それを普通のことだと思っていると思います」
そして、多様性を認め合う社会をつくるために頑張ってほしい、と呼びかけた。
「ただ、皆さんが、これから生きていく社会は、それが普通ではないところかもしれません。どうか、それぞれの居場所で、東京外大で培われた皆さんの属性、つまり、国籍による区別もなく、女も男もなく、多様な言語には等しく価値があり、互いを学びあうことで近づくことができることを、社会のなかで、体現していってほしいと思います」
「卒業したあと、あれ、自分と似た人がいると思ったら、東京外大卒のひとだったという話はよく聞きます。今日から、東京外大卒業生に仲間入りをするわけですが、その一人として、これからの社会を変えていく力となり、活躍されることを、心から祈っています」
「明日この世がなくなってしまっても、僕は今日もリンゴの木を植える」
「人のために尽くす仕事」とはどう行うべきか。優れた医療福祉スタッフの育成を使命にする新潟医療福祉大学の西澤正豊(にしざわ・まさとよ)学長は、「共感できる能力」から話し始めた。
「優れたQOL(生活の質)サポーターとなるためには、他者に共感できる能力が必要です。誰かの役に立とうと志す背景には、その人のことを気遣い、慮(おもんばか)る気持ちが存在するのです。このように他者を気遣うことを『他を利する』と書いて利他といいます」
「利他主義は、フランスのオーギュスト・コントが利己主義エゴイズムに対峙する概念として19世紀半ばに定義したとされています。わが国では、もともと仏教用語である『利他』と訳したのです。ということは、わが国ではコントが定義する1000も前から、利他という考えが存在してきたことになります」
「利他」には2つの考えがあった。天台宗を開いた最澄は「忘己利他」と教えた。「己を忘れて、他を利する」、つまり他を利するために、まず己を控える自己犠牲が求めたのだ。
しかし、真言宗を開いた弘法大師空海は「自利利他」と唱え、自らを利すること、すなわち自己を深めることと、他者を救済することは1つだと教えた。
そこから西澤学長はこう語った。
「自他ともに、一体として成就されるというのです。自分を大切にできない人は、他者を大切にすることもできないことになります。己を忘れるという利他主義に否定的な人たちも、これならば受け入れやすいと思います」
「クライアントを気遣うことは、自分にとっても喜びとなり、自己実現を果たすことに繋がります」
楽しみながら、人のために役に立とうと呼びかけたのだ。西澤学長は最後に、こんな「はなむけの言葉」を贈った。
「明日この世がなくなってしまうとしても、僕は今日もリンゴの木を植える」
(福田和郎)
「心を震わす学長の挨拶」シリーズ
▼大学卒業式「心を震わす学長の挨拶」はコレ!会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【1:熱き志で世界を救おう編】
▼大学卒業式「心を震わす学長の挨拶」はコレ!会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【2:ビジネスの巨人に学ぼう編】
▼大学卒業式「心を震わす学長の挨拶」はコレ!会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【3:AI時代、キミたちはどう働くか編】
▼大学卒業式「心を震わす学長の挨拶」はコレ!会社ウォッチ編集部が独断で選ぶ珠玉の言葉の数々【4:人生に愛と哲学を持とう編】