2022年3月、多くの大学で卒業式が行われて、卒業生たちが巣立っていった。
ウクライナ危機、人口爆発、気候変動、さらにAI(人工知能)時代の到来という未曽有の歴史の大転換のさなか、それぞれの大学の学長・総長たちは、社会の荒波に飛び込んでいった若者に激励のエールを贈った。
どう社会と向き合い、どうやって生きていくか。教え子たちを思う熱情にあふれた言葉の数々。J‐CAST ウォッチ編集部が、独断で選んでみた。
AIとの違いは人間らしい失敗や逆転、そこにドラマがある
ついにAIが人間を超える「シンギュラリティ」(技術的特異点)が到来したのか――。2023年3月29日までに起業家イーロン・マスク氏ら1000人以上のテクノロジー関係者が、今後半年間、最先端のAIの開発を中止するよう求める公開書簡に署名した。
理由は、「人間と競合する知能を持つAIは、人類と社会に深刻なリスクとなりうる。統御する管理体制を先に作るべきだ」というものだった。
特に、質問を入力すると、まるで人間のように自然な対話形式で答える「ChatGPT(チャットGPT)」の出現は、今年の大学卒業式でも大きな話題になった。あらためてAI時代にどう生きるべきか、とくとくと語る学長・総長が目についた。
名古屋大学の杉山直(すぎやま・なおし)総長はこう語った。
「たぶん、皆さんの中にはチャットGPTを使ってレポートを書いた人もいるのではないか、と疑っています。(3月14日に)進化バージョンの『GPT‐4』も発売され、大学教育にとって、ますますまずい状況になっております」
こう述べると、学生の中から笑いが漏れた。
「私は、チャットGPTに完全にネガティブではありませんが、新しい発見とか主張は、AIは見つけてくれません。主張がなければ形は整いますが、空虚なレポートになります」
「そこで」と言葉を継ぎ、「今日の私の祝辞ですが、チャットGPTに任せるとこうなります」と言って、チャットGPTで作った式辞を読み上げた。
《みなさん、こんにちは。満開の桜のなか、名古屋大学の卒業式に参加いただき、ありがとうございます。この美しい景色とともに、皆さんの人生の新たなステージが始まります。......この大学でつちかった技能や知識、素質、そして仲間たちとの出会いによって生み出した絆を大事にして、自信をもって進んでください。最後に、この美しい景色のように皆さんの未来が輝かしいものであることを祈っております。》
式辞を畳むと、杉山総長は再び語りかけた。
「というわけで、何かそれっぽく聞こえませんか? 中身は極めて空虚ですが、このくらいはできてしまうのですね。私のこれからの挨拶もこうなったら、ゴメンなさい」
再び学生の間で笑いが漏れた。
「AIで思い出すのは将棋です。2010年頃からプロ棋士とAIソフトが戦い始め、人間が勝つこともありましたが、2016年になると、もはやプロが勝つことができなくなりました。これをもって将棋は人間の出る幕がなくなり、長い将棋の歴史も終わりかと思われたのですが、現在では藤井聡太さんの出現もあって空前のブームになっております」
そして、将棋のケースを引き合いにAI時代の生き方に迫った。
「今はAIと人が戦うのではなく、人間同士が戦うなかで、AIが形成判断や最善手を示し、周りで見ている人が、棋士が最善手を打つかどうか、ハラハラしながら見守るという楽しみ方になっています。人間らしい失敗や逆転、そこにドラマを見る仕掛けです」
「失敗を繰り返しながら新しい営みに挑んでいく。そんな人間の営みは、はたから見ると滑稽で悲惨なものかもしれませんが、だからこそ愛おしいとは思いませんか?」
最後はこう卒業生にエールを贈った。
「AI時代、AIにできることはAIに任せ、人は人にしかできないことに挑んでいくことが求められます。社会のあらゆる場所でチャレンジする、勇気ある知識人として活躍してください。期待しています」