英国で61社が参加した「週休3日制」の大規模トライアル。2022年6月から半年間、2900人が参加した「給料は据え置きで週3日休む」という夢のような実験の結果が公表されて注目を集めています。
「ストレスが減って生産性は向上した!」という、「従業員も企業もハッピー」な報告に、参加企業の92%が継続を決めたというのも頷けます。
ところが、そんな「いいことだらけ」な「週休3日制」を、あえなく断念した企業も。ハッピーな報告の影に隠れた本音から、「週休3日制」の課題が見えてきました。
休日を1日増やしたいけど「シフト要員が足りない!」
22年6月から12月にかけて行われた実験は、金融からデジタル機器製造会社、広告会社やコンサルタントファーム、ファストフード店など、さまざまな業種から61社、2900人が参加する「世界最大規模」となりました。
規模だけでなく、注目されたのは調査方法です。オックスフォード大学などのアカデミックグループが実験に協力。企業の生産性や従業員のストレスなどあらゆる局面から「効果測定」をすると関心を集めていました。しかも、ふたを開けてみれば参加企業の92%が「週休3日制」を継続するという、「overwhelmingly positive」(圧倒的に賛同を得た)結果となりました。
調査報告では、参加者のうち71%はストレスが減って体調が改善したと回答。1日増えた休みの日は、子どもと遊んだり、森林浴を楽しんだり、趣味の時間に費やしたりと、自己充実にあてた人が多かったと伝えています。
さらに、企業側にもメリットがあったようで、「退職者が大幅に減った」「求人が増えた」「合理化が進んで、生産性が上がった」というポジティブな報告が相次いでいます。
「いよいよ、週休3日制の時代か!」と思わせるような、希望に満ちた輝かしい調査結果がメディアを賑わせるなか、英BBC放送は「週休3日制」を断念した企業の本音を紹介していました。
少数派ではあるものの、「週休3日制」がすべての問題を解決する「夢の施策」ではないと報じています。
'We couldn't afford to give staff one day off every week' (「毎週、スタッフに1日多くの休日を与える余裕がなかった」) afford to ~:~する余裕がある
こう語るのは、「週休3日制」のトライアルに参加した電子部品を取り扱う企業のオーナーです。コロナ禍で商品需要が高まるなか、「at full tilt」(全速力)で稼働していた40人の従業員たちに休日を増やしてあげたいと思い、実験に参加。ところが、「週休3日制」を導入した直後に「人が足りない」という現実に直面したそうです。
休日を増やそうとしても、顧客からの注文が減るわけではありません。商品製造や梱包に関する問い合わせ対応で、現場は逼迫状態。やむなく、「週休3日制」をあきらめて、2週間に1日休日を増やす「隔週、週休3日制」に「トーンダウン」したものの、逆に現場の過重労働を招いてしまった、というのです。
オーナーによると、2週間で10日間働く代わりに、1日少ない9日間で業務をこなすために、1日あたりの作業量が増えて「激務」になってしまったそうです。
さらに、「機械を動かし、24時間体制で注文を受け付けて配送する部署は、現場に人がいないと商売にならない」ため、交代で休みが取れるようにシフトを組もうとしたが、「休日をカバーできるほどの要員がいなかった」とのこと。
そのため結局、「従業員のためにも、予定より2か月早く実験から離脱する」という判断に至りました。
「週休3日制」で1日多く休みを取るために、残りの4日間の仕事量が増えてストレスが生じている、という声は他にも指摘されていました。
There's generally more stress now during the week in order to have a longer weekend
(週末に1日多く休むために、平日にストレスが生じている傾向がある)
調査では、平均的な参加企業では1週間の勤務時間は減っているとしていますが、休みを増やした代わりに、勤務日に「しわ寄せ」が生じたケースも多いようです。「週休3日制」の課題の一つだといえるでしょう。
「コンタクトセンターは無理!」 職場による「週休3日格差」が発生
「週休3日制」をめぐっては、要員問題のほかに、職種による「格差」も指摘されています。
これまでの実験で、マーケティングやコンサルタントのような専門職は「週休3日制」を導入しやすいとされていました。プロジェクトベースで仕事ができ、スケジュール管理や締め切りに裁量がある部署は「週休3日制」に向いている、という共通項があるようです。
逆に、週7日間稼働しなければいけない業種、たとえば危機管理対応や公共交通機関、ロジスティック会社などは「『週休3日制』がなじまない」と報告されています。
That's not available to our contact center team
(コンタクトセンターでは、週休3日制は無理だよ)
また、会社内でも、職場によって「格差」が生じているようで、コンタクトセンターのような顧客対応の職場は「週休3日制に向かない」との事例が報じられています。多くのコンタクトセンターは月曜から金曜日の週5日稼働する必要があるため、フレキシブルな働き方が難しいという評価です。
同じ社内で、週に3日休んでいる部署もあれば2日しか休めない部署がある、という状況は、マネジメントに問題が生じることでしょう。
さらに、人によっては、週5日働くことを好む人や、残業代を稼ぎたい人もいると指摘されています。ある企業は、「週休3日制」を導入する代わりに、「週休2日制」のままで「1日当たりの勤務時間を6時間に減らす」という選択肢を用意したところ、非常に好評だったというレポートもありました。
また、「週休3日制」の継続を決めた企業でも、「半年で生産性を判断するには短すぎる。最低でも1年トライしてから判断したい」という「様子見」の企業もあるようです。
こうした事例を見ると、BBCが指摘しているように「週休3日制」がすべての問題を解決するわけではありません。それでも、社会全体がより柔軟な働き方に向かって動いていることは否定できない事実でしょう。実験で浮き彫りになった課題を一つひとつクリアすることで、「週休3日制」の実現が近づくのだと思います。
それでは、「今週のニュースな英語」は、「afford to」(~する余裕がある)を取り上げます。ビジネスの場面やTOEICでもよく使われる頻出表現の一つです。
Bob Dylan couldn't afford to live here
(ボブ・ディランは、このあたりに住むほどのお金がなかった)
Can people afford to pay for health care?
(人々は、ヘルスケアにお金を払う余裕があるのか?)
We can't afford to give employees a pay rise
(従業員の給料を上げる余裕がない)
今回の実験の「功績」は、休みを増やすためには要員計画や作業の合理化など、マネジメント側のスキルが求められる、ことを明らかにしたことでしょう。
ただ「1日多く休め!」と命じるだけでは「週休3日制」は浸透しない。一番プレッシャーを感じているのは、経営者たちかもしれません。(井津川倫子)