世界80億人はすべてドットでつながっている
点と点のつながりは、人間と人間のつながり、ひるがえってネットワークにもつながる、と西尾総長は強調した。
「皆さんには、社会の中にあっても、『Connecting the dots』を実践してほしいと考えています。社会はまさに、人と人、課題と課題、あらゆるドットを繋げることでネットワークが成立し、空間的、時間的な広がりを持ちます。そのネットワークから、今までになかったシステムやアイデアが生まれ、社会そのものが成長していきます」
西尾総長はその好例を、ジョブズに関するもう1つのエピソードで紹介した。西尾総長は約30年前、大阪大学の情報教育部門の責任者を努め、その部門のコンピュータを更新するタイミングとなった。当時は、1台の大型電子計算機に専用の利用者端末を繋ぐ、使い勝手の悪いシステムだった。
「私をはじめとする若手教員は、ジョブズが開発したマッキントッシュのようなユーザーフレンドリーなマシンを何とか導入できないか、と熱く語り合っていました。難しいコマンドを使わなくてもマウス1つでアイデアを可視化してくれる画期的なマシンは、情報教育改革を先導するに違いないからです」
そこで、導入マシンを決定する学内の重要な会議で、西尾総長はマシンの大変革期に来ている、すべての演習室ではなく1室だけでもよいからマッキントッシュを導入したいと思い切って訴えた。
「一瞬の沈黙の後、会議メンバーの1人の教授が、『若い教員たちが真剣に考えて、それほど良いと言うのなら、1室と言わず、全部そのマシンに入れ替えたらどうだ』と発言してくださいました。振り返れば、この瞬間が、我が国の大学における情報教育環境のあり方を一変させた重要なタイミングでもありました」
その頃、ジョブズはどうしていたのか。理想とするコンピュータへの強いこだわりからApple社を離れ、新たにNeXT社を立ち上げ、マッキントッシュの持つ機能に加え、グラフィックス機能の卓越性、音楽も扱える豊富なマルチメディア機能も備えた魔法のようなマシンを作りあげていた。
そして、大阪大学がこのマシンが400台、導入することになり、1992年7月、導入披露の式典にジョブズ本人が来日して記念講演をした。その内容は、将来のコンピュータ社会を予見する非常にインパクトのある講演だった。
西尾総長はこの壮大な物語をこう締めくくった。
「この一連の出来事は、機種更新の時期に遭遇したこと、当時の情報教育に携わっていた若手教員たちの熱い思い、貴重な発言をしてくださった教授、そしてジョブズの新たなマシン開発、さらにはその開発・販売に関連していた日本企業。それぞれの信念、熱意、信頼、決断などあらゆるドットが1つに繋がった好事例であると言えます」
「今や80億人となった地球上の1人1人が抱えている悩みや境遇、将来の夢や希望。これらのドットを適切に新たなドットと繋ぎ、社会の望ましいネットワークを形成していく人が、これからの社会では必要です。皆さんには、そういう人になってほしいのです」