AIがもたらすのは支配?それとも自由?

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   Web3とかメタバースと聞いても、ピンとこないかもしれない。しかし、フェイスブックやアマゾン、グーグルなど「ビッグテック」と呼ばれる超大手ネット企業による最新技術が、わたしたちを支配し、自由を奪っているのだろうか? と問いを立てると、賛否が分かれるだろう。本書「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)は、こうしたテクノロジーと人間との関係を掘り下げた本である。

「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(佐々木俊尚著)KADOKAWA

   著者の佐々木俊尚さんは、毎日新聞社などを経て独立した作家・ジャーナリスト。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルまで幅広く取材、執筆している。著書に「キュレーションの時代」などがある。総務省情報通信白書編集委員でもある。

そもそもDXとは何か?

   最近、よく聞くDX(デジタルトランスフォーメーション)の本質を理解していない人のために、DXの良いケースを紹介している。DXは単なるデジタル化ではない。たとえば、アパレル業界で使われている「スタッフスタート」というサービス。店舗スタッフが自分をモデルにしたコーディネート写真をショッピングサイトなどに投稿でき、その写真経由で商品が購入されると、店舗スタッフの評価が上がるしくみになっている。

   LINEとも連携できるので、お客さんはお気に入りの店舗スタッフからコーディネートのアドバイスを個人的に受けることもできる。トップクラスになると、ひとりで月間1000万円近くも売り上げるという。まさに店舗スタッフのDXの例だと称賛している。

   もう1つは、日立製作所のデータサイエンティストが開発している「ハピネスメーター」という機器だ。加速度センサーや通信機能を搭載しており、首からぶら下げるIDカードのような形をしている。

   あるホームセンターで実験したところ、店内の特定の場所に店舗スタッフがわずか10秒立っているだけで、顧客単価が175万円も増えていることがわかった。その「特定の場所」に何の意味があるのか、店舗スタッフにもさっぱりわからなかったという。

   さらに、その場所に滞在する時間を1.7倍に増やした結果、店全体の顧客単価が15%増という劇的な業績効果があったそうだ。

   佐々木さんは、「現在のAI(人工知能)のすさまじい破壊力」だとし、このようにAIのパワーによって、従来のビジネスの考え方や本質が根底から変わる可能性があると評価している。

AIと人間との関係

   AIは人間に自由をもたらすものなのか? ビッグテックの発達の歴史を振り返っている。パーソナルコンピューターの発明は、コンピューターの解放だった。1990年代にはインターネットの波が押し寄せた。まさに「アンチ支配」の象徴だった。

   ところが2000年代なかばに入ると、検索エンジンとSNSの進化と普及により、ネットの「隠れ家」感は急速に薄れ、すべてが可視化されるようになった。さらに、プラットフォームという概念が登場。情報のやりとりが完全な「双方向」に変わった。この変化は当時、「Web2.0」と呼ばれた。情報の流通が「垂直統合」から「水平分離」へと移行したのだ。

   マスコミによる垂直統合は破壊され、個人が自由に発信できる時代になったと歓迎されたが、2010年代にAIが急速に進化すると、AIによる新たな「垂直統合」が起きた、と指摘する。

   わかりやすい例が、動画配信サービスのネットフリックスだ。

   AIとデータによって「どんな作品がどの利用者に好まれるか」を分析し、練り上げた作品について、それを好むであろう利用者に送り届けるというビジネスは、「下からの垂直統合」だという。フェイスブックも同様の構造だと説明している。つまり、「Web2.0」は、いまやプラットフォームによる「支配と隷従」になったと。

「Web3」は自由をもたらすと期待されたが...

   この「支配と隷従」に対抗しようとしたのが、「Web3」の動きである。ビットコインで有名な技術、ブロックチェーンを中心に考えられている新たなインターネットである。

   ブロックチェーンというのは、「あらゆる取引が記録されている台帳」である。「台帳を独占管理している企業が存在しない」「台帳の改ざんがほとんど不可能」という特徴があるので、自由をもたらすものと考えられた。

   しかし、2022年現在の「Web3」は、「山師」たちの単なるお祭り騒ぎにすぎない、と批判している。コピー可能なデジタルデータを、資産としても扱えるとして話題になったNFT(非代替性トークン)は、高騰したがすぐに暴落。ビットコインなどの暗号資産も投機的な金融商品の域を出ない。

   まだ「山師たち」が跋扈している混沌とした現状だが、「Web3」の持つ概念そのものは大いなる可能性を持っており、一般社会で人と人が関係し承認されるためのテクノロジーとして使われるようになると期待している。

   それは、カネ儲けのためだけに人と関係するのではなく、より精神的な「関係したい」「承認されたい」という人間の本能に根差した欲求があるからだ、と説明する。

   さまざまなテクノロジーは、この方向に寄り添っていくと予想。たとえば、自動運転が地方都市の形態を変えると期待している。公共交通システムとしての自動運転が広まれば、ショッピングモールには巨大な駐車場は要らなくなるという。自宅からモールの入り口まで公共の自動運転車で行き、帰りも同じように帰宅すればいいからだ。

   その結果、自動運転が普及した地方都市で、できるだけ歩かなくてすむようにするには、店から店へとクルマで移動できる、昔の駅前商店街のような形になると予想している。

   自動運転車は店の前まで行き、買い物が終わるとどこからともなくやってきて、自宅に連れ帰ってくれる。ほとんど歩かなくてもいい。街の形態も「集中」から「分散」へと変わる。

   AIとビッグテックによる「監視資本主義」批判への理論的な検討を経て、佐々木さんは、「支配と隷従」から「関係と承認」という新たなシステムが社会に根付くと期待している。たいへん刺激的な論考の書である。(渡辺淳悦)

「Web3とメタバースは人間を自由にするか」
佐々木俊尚著
KADOKAWA
1650円(税込)

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